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5話 新たな世界

俺達が巨大狼を倒し、グレイがその骸から《骨狼スカル・ウルフ》を作り出してから一週間後。

俺達は精力的に大型種を狩るようにし、土蜘蛛を二体倒していた。残念ながら巨大狼には会えなかったので狩れていない。

しかし、進化してからというもの、俺達のレベルアップは更に難しくなってしまっている。かなりの戦闘を経ているというのに、未だ俺のレベルが10、グレイのレベルが9、レフィスのレベルが3にしかなっていない。


そういうことなので、経験値の多い大型種を狙って今日もグレイが斥候スケルトンを派遣していたのだが、その斥候スケルトンが何か面白いものを見つけてきた。


「何て言えばいいのかな、凄く大きな建造物がこの先にあるみたいだ」


斥候スケルトンと視覚を共有しているグレイが言うには、この洞窟の一番奥深くだと思われる場所に石造りの建物らしきものがあるとのこと。


「建造物か、気になるな」


「……侵略する?」


レフィスが可愛く首を傾げた。可愛いのだが、言ってることはひどく物騒だ。流石は魔物。


「いや、侵略はしない。というかそれは誰かの所有物なのか?」


「僕が見た限り、誰もいないみたいだよ」


誰もいない建物を侵略はできまい。そういうのは占拠というのだ。


「……家、できる?」


「なんだレフィス。おまえ家が欲しいのか?」


「……うん。私とロストの愛の巣」


「それ、僕は入れないよね?」


困ったと頭蓋骨をかくグレイ。


「……飼い犬のポチ?」


「まぁ、それでもいいかな」


苦笑しながらポチの座を受け入れるグレイ。

おまえはそれでいいのか……。


それにしても、レフィスは相変わらずだ。しかし、レフィスの愛に俺は未だに応えられないでいた。というのも、レフィスのことは大事だし好きなのだが、それは家族愛のようなものなのだ。レフィスの求めているような愛情を今は持つことができない。そもそもその辺りの感情は残念ながら、俺の身体と同じように乾き切っているのだ。

それにレフィスの外見も問題がある。彼女の外見は人間で言えば13歳とかそこらである。俺の中の何かが、そんな外見の女の子を恋愛対象として見るのは間違っていると訴えてくる。俺は〝ロリコン〟ではないと主張するのだ。ロリコンが何なのか、俺には分かりかねるが、前世の俺の価値観では重要なファクターだったような気がする。

そんなこんなで俺はレフィスとの関係を曖昧なままにしていた。この関係とこの距離感が一番安心でき、落ち着ける、そんなのも大きな理由の一つになっていた。


いつか、俺の乾き切った身体を苗代にそんな感情が芽生えてレフィスの愛に応えりるようになればいいのだが。

そんなことを頭の片隅で考えていた。


まぁ、それは今は置いておこう。


「そのマイホーム案は後で検討するとして、その建物とやらには興味があるな」


この洞窟に今まで人工物は見られなかった。それにしては人間はよく入ってくるようだが、何を目的にしているのかはよく分からん。

もしかして、人間達はその建造物を目指してやって来ていたのだろうか?


洞窟の最奥にある建造物。それが何なのか自分の目で確かめる必要があるだろう。


それを家と定めるかどうかは見てから決める。寝る必要も休む必要もない俺達に果たして家が必要なのかは疑問だが、レフィスが欲しいというのなら用意するこもやぶさかではない。


俺もレフィスに甘いな。




――――




骨狼スカル・ウルフ》に三人で乗ってグレイの言う建物にやって来た。

その建物を一言で表すなら〝神殿〟と言うのが相応しいだろうか。まるで聖域のような厳かな雰囲気を撒き散らすその建物はしかしながらアンデッドたる俺達にとって不思議と不快なものではなかった。


「凄いな」


「……ポチの家はあそこ」


そう言って神殿の外をさすレフィス。

ポチは涙目だ。いや、眼球がないから分からないが、多分そうだろう。


「アハハ、ちょっと固そうだけど悪くないかもね」


「グレイ、少しは反論してもいいんだぞ!?」


何がグレイをそこまで駆り立てるのか。

それともグレイは〝犬〟という立ち位置を本気で欲しているのだろうか……。

俺には彼が分からない。


「いやいや、レフィスの冗談にそんな本気で返すのも悪いだろ?」


「……私は本気」


「いやいやいやいや、え? 本当に僕は外で暮らすの?」


今度こそ、真面目に戸惑うグレイ。

レフィスが冗談なんて言わないことはコイツも知ってるだろうに。


「……八割くらい本気」


結構本気だったらしい。


「グレイも仲間なんだから、ちゃんと中に入れてあげようね」


レフィスの頭を撫でながら説得を試みる。

俺の経験上、頭を撫でながらお願いしてやれば、大抵レフィスは聞いてくれるのだが、今回はどうだろう?


「……分かった」


お、今回も成功したようだ。


「……腕だけなら入ってもいい」


つまり、身体の八割は入ってくるなと。

本当に八割方本気だったらしい。


「アハハ……、分かったよ。僕は《骨狼スカル・ウルフ》と外で暮らすことにするさ……」


声に元気のないグレイ。

これはいくら何でも可哀想な気がする。


「……グレイ」


「ん?」


「……冗談に決まってる」


無表情でそう呟いたレフィス。

レフィスの冗談は分かりにく過ぎる。おかげで戦闘もしていないのに無駄に疲れてしまった。



――――



レフィスの分かりにくい冗談で時間を取られた俺達だったが、早速、この神殿の中に入ることにした。

しかしながら、その神殿の入口である立派なドアの前で何者かの声が俺達の足を止める。


『魔物がこの地に辿り着くのは二百年ぶりかな』


その声は直接頭に響いた。


「――誰だ?」


慎重に辺りを見渡す俺達三人。

しかし、生き物らしいものの姿は見受けられない。


『ここだよ、ここ』


その言葉が頭に響いた瞬間、カサリと物理的な音が耳に入る。

その音の元へと目を向けてみるとそこには、本来動くはずのない悪魔を模した石像があった。

顔にはカラスのような嘴があり、背中には蝙蝠のような翼が生えたその人型の石像は、その眼のみが赤く輝いていた。


「俺達になんのようだ?」


『せっかちな奴等だ。俺は他人と話すのなんて二百年ぶりなんだぜ? もっと会話を楽しもうじゃねぇの、会話をさ』


そう言って石の身体を動かし、嘴をかく石像。


「貴方は石像だよね? 何で石像が話せるのかな?」


グレイが警戒しながらもいつも通りの軽薄な口調で石像に問う。


『おいおいおいおい、それをおまえたちが言うのかい? そこの嬢ちゃんは怪しいにしても残りの二人は骨と死体じゃねぇか。おまえたちが話せるのに石像が話せない理屈はないだろう?』


爆笑する石像。

確かに石像の言うことは一理あるが、ここまで笑われるとムカつく。


「おい石像。つまり、おまえも俺達と同じアンデッドという認識でいいのか?」


『いやいや。俺はアンデッドじゃねぇよ。似てるけど違う。俺はゴーレムの一種。動く魔像、〝ガーゴイル〟さ』


ガーゴイルは自身の正体を明かすと、急にふざけた雰囲気を霧散させ、俺達の方を一人一人見た。


『〝餓鬼〟に〝レイス〟に〝屍喰鬼グール〟か。今回の【魔王候補】は随分とアンデッドが多いのな』


ガーゴイルはそれだけ告げると、何かを考え始めた。

そして、長いこと沈黙が神殿を支配する。


『まぁ、俺から言えることは一つ。〝汝、力を求め王を目指し神を殺さんとするなら先へ進み試練を受けるべし。命惜しければ去るべし〟ってね。これを言うのが俺の存在意味であり、仕事なのさ』


再びガーゴイルは沈黙する。

俺達の答えを待っているのだろう。


今回、俺達が選ぶべきポイントは二つある。

一つはガーゴイルの言葉自体を信じるか否か。

そして、もう一つはここから先に進むか否か。


ガーゴイルの言葉からするに、ここから先には〝試練〟とやらが待ち受けているらしい。

それも、試練は命懸けであり、死にたくなければ去れと言う。


さて、どうしたものか。


「……私はロストに任せる」


「いや、自分で考えて自分の意見は決めるべきじゃないか?」


いつまでも、俺達に追従するままというのも駄目だと思う。

やっぱりレフィスにも意見を出してもらって、その上で検討するのがいいのではないだろうか。

特にこういう重要なことは。


「……私は決めてる」


「お、なんでもいいから言ってみ?」


どんなことでも良いからレフィスの意見を聞いてみたい。


「……私はロストとずっと一緒にいる」


「いや、それは嬉しいんだけど、意見としては、ありなのなかな?」


「アハハ。レフィスは本当に曲がらないね」


とりあえず、レフィスは中立の意見ということで無理やり納得しておいて、グレイと実際どうするか話し合うことにした。


「僕としては進みたいところだけれど、あのガーゴイルが気になることを言ってたんだよね」


「【魔王候補】ってやつだろ?」


ガーゴイルの口にした【魔王候補】という言葉は俺も気になっていた。そもそも、なぜガーゴイルがここにいるのかも怪しいところだ。


「おい、ガーゴイル。【魔王候補】ってなんだよ?」


分からないなら聞けばいい。

教えてくれるとは限らないし、よしんば教えてくれてもその情報が本当なのかも分からないが、それでも聞かないよりはマシだ。


『【魔王候補】かい? 【魔王候補】ってのはその名の通り、魔王になる候補さ。魔王ってのは元来、迷宮から発生するものなのさ。

いや、逆だな。魔王を発生させる為に迷宮があるんだ』


ガーゴイルがあっさりと答えてくれたのは驚きだが、その内容は今の俺達には実感の湧かないものだった。


まず、迷宮というのが、おそらくこの洞窟をさすというのは予想がつく。魔王というのが、魔物の王様的なポジションならば、俺達はその魔王とやらの候補、つまり【魔王候補】なのだというのも分かる。

だが、いきなりそんな事を言われても納得は出来ないし、理解も追い付かない。

正直、信じろという方が無理のある話しだ。


「魔王だってさ、グレイは興味あるか?」


「そうだね、ちょっと話が大きすぎて分からないや」


俺もグレイと同じような感想だった。


「でも、強くはなりたい。それはどうしようもない欲求としてあるよ」


「ああ。そうだな。それでこそ、魔物だもんな」


理性ではなく、本能で考えれば答えなんて決まっている。

俺はどうしようもなく、この先に進みたい。

この先にある試練を斬り殺してやりたい。


それが俺の本能の答えだ。

やっぱり、魔物が理性ぶっちゃいかんよ。ここぞというときは本能で動くのが魔物なのだから。


それに、正直な話、今の洞窟に俺達の糧となるような魔物は存在しない。より強くなりたいならば進むしか俺達に道はないのだ。


「答えは出た」


『そうか。で、どうするよ?』


「俺達は前へ進む」


「僕としても、もっと強力なペットが欲しいしね」


「……美味しい肉が食べたい」


『そうか、ならば進め。【魔王候補】よ』


ガーゴイルがそう言うと、扉が音を上げながら開いた。

そこから吹き出すのは神殿の厳かさとは正反対の禍々しい邪気。


その心地いい気を浴びながら、俺達は扉の中へと進んだ。




――――




神殿の中には見た目からは想像できない程の空間が広がっていた。

俺達が足を踏み入れたその空間は、よく見たら巨大な部屋のようだ。壁には今まで見たこともない壁画が描かれており、メッセージ性に富んだその壁画は俺達に大切な何かを伝えようにしているようにも思える。


暗黒が広がり、そこに光が生まれ、人が闇を払い、神が生まれる。大雑把に見た限りではそんな内容だろう。


それが何を意味しているのか判断は難しいが、普通に考えれば神話といった類いのものの可能性が高そうだ。


そんな広大な壁画を眺めていると、突如、部屋の真ん中に穴が空いた。

中身は見えない。漆黒しか存在しない暗黒の暗闇が部屋の中央に現れた。


「――何か、いる」


うなじの裏がチリチリと焼けるような緊張感が辺りに漂う。これまで感じたことの無い莫大なプレッシャー。それが目の前の漆黒から漂ってきている。


「これがあのガーゴイルの言ってた〝試練〟なのかな?」


グレイの言葉にも嘗てない程の緊張の色が現れている。隣を見ればレフィスも、いやレフィスは普段の無表情だった。こういう時、レフィスのマイペースさというか図太さというのは羨ましく感じる。


「おそらく、あの中にいる奴を倒せって話なんだろう」


何とも魔物らしい弱肉強食の試練であることよ。

寧ろ清々しいくらいに血生臭い試練だ。


呪妖刀【黒血刃】を構え、いつ敵が現れてもいいようにしておく。


漆黒の穴を睨み続けること数秒。

そいつは現れた。


まず見えてきたのは鋼の脚。

槍かと思えるほどに先の尖ったその脚に俺達は見覚えがあった。


「――土蜘蛛か?」


次に現れた蜘蛛の胴体。

そのフォルムは確かに俺達の知るものだったが、しかしながらその敵は俺達の知るものとは全くの別物だった。


俺達が闘った土蜘蛛よりも一回り大きな巨体に、それを支える鋼鉄の脚。肉体も鋼の鎧により守られており、その背中からは攻撃的で巨大な針が数十本と生えている。


さながら土蜘蛛の強化版〝鎧蜘蛛〟と言ったところだろう。


鋼蜘蛛がとうとう全身を現し、俺達の方をその青い八つの瞳で捉えた。


「キシャァァァァァァァァ!!!!」


岩さえ割れそうな咆哮。

不快なその金属音にも似たその声を俺達は無視して戦闘を開始する。


こちらの先鋒はグレイ。


グレイが生み出した《骨槍》が鎧蜘蛛の脚を串刺しにせんと迫る。その大きさは俺達が最初に土蜘蛛と闘った頃と比べて遥かに巨大であり、《大骨槍》と言うに相応しい技となっていた。


鋼鉄の槍とそれに迫る程の大きさの《大骨槍》の衝突。巨大な質量同士ぶつかったことにより、凄まじい音量が辺りに響く。

その衝突を経た後、砕けたのは《大骨槍》の方だった。


「ちょっと、硬すぎだよね!?」


グレイが驚くのも無理もない。

グレイの誇る《大骨槍》の破壊力は今では土蜘蛛程度ならば胸すら貫通する程の威力があるのだ。

それなのに、胸どころか、その脚にすら傷もつけられないなんて、理不尽にも程がある。


グレイの《大骨槍》が散っていく姿を見ながら、俺はコイツの弱点を探っていた。

脚は潰すのは無理だろう。グレイの《大骨槍》が敗れた時点で俺の刃が通る可能性は限りなく低い。

ならば、胴体は?

位置が高い上にその身体も脚と同じかそれ以上の甲殻で守られている。流石にアレを斬り裂くのは難しいと言わざるをえない。


脚も胴体もダメとなると、あと俺の刃が届きそうな場所というなら……


「体内に突き刺すしかないか」


鎧蜘蛛の巨大な牙がある口。そこの中なら俺の刃も通るに違いない。

まぁ、かなり大変そうだけれど、餓鬼となった今の俺ならいけなくもないだろう。


次に鎧蜘蛛と対峙したのはレフィスだった。


レフィスの槍と鋼蜘蛛の槍のような脚が交差する。

その巨体から繰り出される破壊力にレフィスの紅腕による【怪力】が乗った槍が迎撃。


レフィスの力は既に俺の遥か上を行く。

もし、レフィスと腕相撲なんかしたら一瞬でまけてしまうだろう。それほどに屍喰鬼(グール)となったレフィスの腕力は凄まじい。


しかし、その槍と槍の攻防も徐々にレフィスが不利な状態へとなっていった。

力は等しく力量はレフィスの方が上ではあるが、手数が圧倒的に違う。鎧蜘蛛は自重を支える為に使っている四本の脚以外の残り四本を全て攻撃に使える。対してレフィスの得物は一本のみ。

この数の差がレフィスを徐々に敗北へと導いていた。


そこに、グレイの《大骨棍》が迫る。

斬撃が効きにくいと悟ったグレイは骨で作った棍棒による打撃攻撃に切り替えたようだ。

そして、それは正解だった。


《大骨槍》ではビクともしなかった鎧蜘蛛の脚が《大骨棍》の直撃を受けて曲がったのだ。

だが、多少曲がっただけでは大したダメージとは言えない。現に鎧蜘蛛は歩き難くなったかもしれないが、曲がった脚は未だに問題なく動いている。


だが、これでグレイには攻撃手段ができた。

この状況に応じて変えられる適応力の高さは俺やレフィスにはないグレイの強みだ。



――グレイもレフィスも頑張ってくれてるし、俺も負けてられないな。



肉体のリミッターを外し、限界を越える【不死武道(イモータル・アーツ)】でもって急激な加速を行う。

大地を駆け抜け、大きく跳躍し、空中でもって身体を思いっきり捻る。


体内に溜まった力を一気に解放。

その力の本流を一身に受けた【黒血刃】で放つ渾身の突き。


刀は黒の流星となって鎧蜘蛛に衝突する。


「グルシャァァァァァァ!!!!」


口から緑の血を撒き散らしながら苦痛の叫びをあげる鋼蜘蛛。

口の中に刻んでやった《呪傷》はもう癒えることのない不治の傷。


これで時を待てば鎧蜘蛛は出血多量で死ぬのだから、俺達は逃げていれば勝てる。


「まぁ、そんなに上手くはいかないわな」


鎧蜘蛛の八つの眼が青から赤へと変わり、更に背中がパカリと割れた。

そこから現れる二本の脚。

いや、どちらかと言うと背中から生えた二本の腕か。

腕の先には大きなハサミがついており、その攻撃力は高そうだ。


「キシャァァァァァァァァァァァァ!!!!」


もはや蜘蛛ですら無くなった鎧蜘蛛。


「だけど、弱点が増えてるぜ?」


今まで鎧で覆われていた鎧蜘蛛の背中が、ハサミを展開したことにより肉が剥き出しとなっていた。

これを狙わない理由はあるまい。


再び足の脚力を爆発させ跳躍する。

狙うは勿論、鎧蜘蛛の背中。


「少し遠いな」


身体中の力を集めて投擲の準備。

そして力を爆発させようとした時。


「ロスト!!」


グレイの警戒音と俺の【直感】が反応を示したのはほぼ同時だった。

今までの攻撃が可愛く思えるほど凄まじい速度で鎧蜘蛛のハサミが空中の俺へと向かって迫ってくる。



――避けきれねぇ!?



【直感】と【見切り】を駆使してもその驚異的な速度で迫るハサミを回避する術は見つからなかった。

ならばと呪妖刀【黒血刃】を投擲することを優先する。


俺の手から【黒血刃】が放たれた刹那の後、ハサミが俺を殴り飛ばした。

視界がブレたと思った次の瞬間、俺は壁へと叩きつけられていた。


「グルァァァァァァ!!!!」


衝撃で視界が点滅する中、鎧蜘蛛の苦悶の声を聞く。

どうやら俺の放った【黒血刃】が鎧蜘蛛にダメージを与えたらしい。


「大丈夫かい? ロスト」


未だにボヤける視界にグレイと巨大な骨の狼、《骨狼(スカル・ウルフ)》が映った。

どうやら、俺のことを助けに来てくれたようだ。


身体が動きそうにないので正直、助かる。


グレイが召喚した《骨狼(スカル・ウルフ)》は俺をその牙に引っ掛け、自身の背中に乗せた。


「隙間が多いからしっかり掴まっててね」


グレイの言う通り、骨身である《骨狼(スカルウルフ)》の背中は御世辞にも乗り心地のよいものではなかったが、贅沢も言ってられまい。

しっかり骨に掴まっていれば、落ちることもないだろうし。


「それにしても、ひどくやられたね?」


「こんなにボロボロになったのは生まれて初めてだよ」


自身の身体に目を向けてみれば、そこには完全に潰れた下半身があった。足はあらぬ方向を向いている上に腰の骨は粉砕されている。

再生能力がいくら高いと言っても、ここまで酷いと再生には時間が掛かる。


まぁ、それでも三分もあれば完治してしまうのだが。

しかし、戦場での三分は命を刈り取るには充分過ぎる時間だ。もしも、グレイが俺のことを助けに来てくれなければ、俺は鎧蜘蛛に止めを刺されて一巻の終わりだっただろう。


それにレフィスにも感謝しなければ。

グレイが俺を助けようとしている間、鎧蜘蛛の注意を引き付けてくれていたのはレフィスだった。

四本の槍脚に加え、二本のハサミをひたすらにレフィスが捌いて時間を稼いでくれなければ俺はやはり死んでいただろう。


まったく、俺は本当に良い仲間に恵まれたよ。


「よし、そろそろいけそうだ」


俺と共に《骨狼(スカルウルフ)》に乗って逃げ回りながら、レフィスの援護もこなしていたグレイに自身の完治を告げる。


「勝算は?」


「あるさ」


既に奴の身体には口と背中の二ヶ所に《呪傷》が刻まれている。

だが、ここに来て出血死を頼りにするような闘い方ではあの鎧蜘蛛には勝てまい。

これは俺の【直感】だが、俺達アンデッドのように無限の体力というわけでは無いにしろ、あの鎧蜘蛛の体力も相当のものだ。

おそらく、奴の体力が尽きる前にグレイの力が枯渇し【骨生成(スカル・クリエイト)】や【骸骨兵(スカル・レギオン)】の援護が受けられなくなり敗北するだろう。


ならば、攻め続けるしかない。

大丈夫。奴のハサミの速さにも先ほどの攻撃で慣れた。


「――俺達は負けないぜ、蜘蛛野郎」




――――




鎧蜘蛛との闘いは今までに無いほどの長期戦となった。

奴の体力が尋常では無いというのがその大きな原因なのだが、こちらの攻撃に決定打が欠けていたというのも一因だろう。

鎧蜘蛛のその〝鎧〟は硬く、俺達の攻撃を寄せ付けない。唯一、グレイの打撃攻撃が効いていたが、それでも決定打にはなりえなかった。


俺が敵のハサミ攻撃を二度ほど失敗しながらも、最終的には掻い潜り、弱点となった背中にダメージを重ね、《呪傷》による出血とグレイの《大骨棍》で奴の機動力を割き、レフィスが奴の前に陣取り、その槍捌きでもって鎧蜘蛛の攻撃を往なす。


そんな攻防が永遠かと思えるほど長く続き、グレイはとうとう力が枯渇して、レフィスはその両足をハサミの不意討ちによって砕かれた。


無傷なのは、馬鹿みたいな回復能力を誇る俺だけ。


レフィスの傷も癒えるだろうが、彼女の場合、負傷したのが足だ。彼女のその紅腕ならともかく、足を負傷してしまっては治るのには結構な時間が掛かる。

おそらく、十分くらいは満足に動けないだろう。


「そういえば、土蜘蛛と初めて闘った時も最後は一騎討ちだったな」


あの時もグレイは力の枯渇で動けなくなり、レフィスは糸によって絡めとられてたんだっけな。

本当に懐かしい。



――なら、今回も俺はこの一騎討ちを制して勝つ。



既に全ての脚が正常では無い方向に曲がり歪んでいる鎧蜘蛛。その身体は自身の止まることのない緑色の血液で濡れている。

そんな鎧蜘蛛を見ながら、俺はコイツに最後の闘いを挑むことにした。


呪妖刀【黒血刃】を下段に構える。


そして駆けた。


――一歩目、肉体全ての筋肉を使い、爆発的な加速を得る。

筋が何本か千切れたが即時に再生。



――二歩目、更なる加速を加える。

疾走する俺目掛けて超高速で迫ってくるハサミ。



――三歩目、三度目の加速。

ハサミを置き去りにする。



――四歩目、速度を全て跳躍力へと変換。

空中の俺目掛けてハサミが再び迫り来る。



――五歩目、不意に訪れた自身の知覚が加速する感覚。超スローとなった視界の中でハサミを踏みつけ、最後の加速。



――六歩目、鎧蜘蛛の背を深く刻み命を斬り裂き、着地。

背後で鎧蜘蛛が倒れる音がするのと共に加速した世界が徐々にもどっていく。




――――




鎧蜘蛛を倒した俺達は、暫くの間、動けないでいた。


「あ~、頭痛が重い」


脳をスプーンで直接掻き回されたような感覚が俺の頭を襲っていた。

ミイラの身体である俺の頭にまともな脳味噌が入っているかは定かではないが、とにかく嫌な感じだ。かなり不快でもある。

アンデッド故に痛みこそ無いが、肉体が再生する時の若干のゾワゾワ感を百倍にしたくらいの感覚が頭の中にある。


この頭の症状は間違いなくあの加速した世界に入ったことへの代償だろう。そして、ここからは俺の仮説になってしまうが、おそらくあの加速世界は俺の脳味噌を容量無視して酷使した結果なのだと思う。言ってみれば肉体を酷使する【不死武道(イモータル・アーツ)】の脳味噌版みたいなものなのだろう。

とりあえず、【加速世界(アクセル・センス)】とでも名付けておくとして、この副作用は結構辛いな。


だが、もしも【加速世界(アクセル・センス)】を使いこなせれば、それは大きな武器となるに違いない。

これから、訓練していく必要がありそうだ。


頭の中の不快感は、身体の方が完治してからも長いこと続いた。

とりあえず、身体は動くようになったので、足の治ったレフィスと多少、力の戻ったグレイと合流し、鎧蜘蛛の肉を喰らうことにした。


鎧蜘蛛を倒したことで、この部屋に俺達が入ってきた入り口以外のもう一つの扉が突如として出現したが、それを調べるのは、目の前の肉を食ってからで良いだろう。


「……美味い」


さっそく一番乗りで肉に喰らいつくレフィス。その可愛い顔が緑の血と肉で凄いことになっているが、それもご愛敬。

やはり魔物たるもの、それくらい肉に貪欲でなければ。


「殻も土蜘蛛より上等だね。ロストとレフィスも食べない?」


レフィスに比べてグレイは何か草食系男子っぽいな。いや骨食系男子というべきなのか?


「……断固拒否」


「てか、グレイもいい加減その骨推しは諦めようぜ?」


甲殻に関しては骨ですら無いし。

そうこう言っている間に凄まじい勢いで鎧蜘蛛の肉がレフィスの腹の中へと入っていく。

俺はそこまで食べられる訳じゃ無いから全く構わないのだが、最初の頃の控えめなレフィスはどこに行ったのだろうと少し思う。

勿論、今のレフィスに不満があるわけではない。ただ、あの頃から比べると変わったな、と思っただけだ。


楽しい時間はあっという間に過ぎ、鎧蜘蛛の死骸は跡形もなく消え去ってしまった。大部分がレフィスとグレイの腹に収まったわけだが、彼らの肉体構造はどうなっているのだろう。


「でも残念だな。これが動物なら新しいペットにも出来たんだけどね」


甲殻種の鎧蜘蛛には骨はない。グレイの【骸骨兵(スカル・レギオン)】には骨しかその眷属に出来ないらしいので、鎧蜘蛛の死体を新なペットとすることはかなわなかった。

鎧蜘蛛という強力なペットがいれば、かなりの戦力増強にもなっただろうが、まぁ、無理なことをアレコレ言っても仕方あるまい。


「よし、じゃぁ先に進みますかね」


喰うもんも喰ったし、後は前に進むだけだ。

レフィスもグレイも喰って休んで全快している。この先、何があっても対象できるだろう。


緑の血で染められた床を歩き、俺達は次のステージへと進んだ。




――――




明らかに人工物である通路を抜けるとそこには、見慣れた神殿と見渡す限りの〝蒼〟があった。


入り口と同じような作りの神殿の出口を抜けると、そこにはもう〝蒼〟しか残っていない。

そこは蒼の洞窟。暗くジメジメしたこの場所はその色さえ省けば俺達がいた洞窟と何ら変わりは無さそうに見える。


「水が流れてるね」


グレイが洞窟の壁を触りながらそう言った。

確かに洞窟の壁にそって若干ではあるがチョロチョロと水が流れているのが分かる。

これは前の洞窟では見られなかったものだ。


慣れ親しんだ洞窟とは似ているようで違うこの蒼の洞窟をとりあえず、警戒しながらも進んでみる。

蒼の洞窟も構造的には前の洞窟と変わらず入り組んだ迷路のような形をしていた。

あのガーゴイルが言っていたが、この洞窟は迷宮らしい。そう言われれば確かにこの迷路のような構造にも納得がいく。


「何か来たか?」


最近、ますます精度が良くなってきた【直感】が何かの接近を感じ取った。


その呟きで残りの二人も既に臨戦態勢に入っている。


蒼の洞窟の曲がり角から現れたのは黒の靄。

いや、それは良く見てみればコウモリの大群だった。


百ではきかないコウモリの群れ。

一体一体は拳大の大きさしか無さそうだが、数が数だ。そう簡単に下せるものでもない。

だが、向こうから迫ってくる以上、逃げるという選択肢は俺達には無かった。


そして数分後、俺達の立つ蒼の洞窟の床にはまるで絨毯のようにコウモリの死骸が積まれていた。

一応、この黒いケダモノ達のことは〝軍隊コウモリ〟と名付けることにする。


「アハハ、最初から派手だね」


笑いながらコウモリを摘まみあげるグレイ。


「……いまいち」


そして、摘まみ上げるだけでなく、既に試食を済ましているレフィス。

急の襲撃で驚きこそしたが、この程度のことで動揺するような俺の仲間ではない。


蒼の洞窟の洗礼を軽く潜り抜け、俺達は更に歩みを進める。

途中、頭に角の生えた巨大蛙が出てきたが、三人で力を合わせて難なく撃破。大きさ的には大型種の魔物であったし、強さ的にも土蜘蛛レベルはあったが、如何せん、今の俺達には歯応えのない敵にしか映らない。

この鬼のような蛙は〝鬼蛙〟と呼ぶことにした。


その他にも、前の洞窟にいたスライムとは比べ物にならないほどの速さで移動し、何らかの方法で周りにあるものを探知している様子の攻撃的な赤いスライム、〝レッドスライム〟だとか、根っ子をウネウネ動かしながら歩く肉食花、〝アーミーフラワー〟だとか、体長二メートルはありそうな豚面巨人、〝オーク〟に出会ったり、殺したりして、蒼の洞窟を進んだ。


前の洞窟に比べて、魔物の強さも種類の多さも遭遇率の高さも遥かに蒼の洞窟の方が高かった。


そして、暫く歩いた後に、俺達は途方もなく広大な空間に立ち入った。

その空間は、地面を丸ごと何かでくり貫いたようなドーム状をしており、その壁にはいくつもの小さな穴が開いていた。

その穴の一つ一つが、今俺達のいるような洞窟の通路であり、ここはその洞窟の通路が集まる一種の中枢らしい。


俺達は頂上付近の穴におり、そこからドーム全体を見渡すような形になっていた。


その巨大なドームの床、地面の部分には洞窟の各地から集まった水が集結しているらしく、巨大な湖のようなものがいくつか点在している。

そして、その水辺には鬼蛙やら、ヤドカリのような生物やらが生息していた。中でも一際目を引くのは中央の一番巨大な湖で三体ほど泳いでいる巨大な漆黒の鰐。

距離があるので、詳しい大きさは分からないが、手前にいる鬼蛙の大きさと比較してみても十メートルは下らないだろう。


「……綺麗」


レフィスが思わずといった具合に呟いた。

確かに、ここから見る景色はひどく壮絶でひどく美しい。だが、それをレフィスの口から聞くとは驚きだ。

俺はてっきり、レフィスには食欲しかないのかと勘違いしていた。


「レフィスがそんな可愛いこと言うなんてビックリだね」


俺の気持ちを代弁してくれたグレイ。


「……グレイは失礼」


バキ。

グレイの足の骨がレフィスの槍によって折られた音だ。


良かった、余計なことを言わなくて。


「まぁ、綺麗なのは綺麗だけど、あの鰐はヤバそうな感じだぜ?」


俺の視線の先にいるのは超巨大鰐。

あの黒い鰐から感じるのはこの身が餓鬼となってから久しく感じることの無かった絶対強者の風格。

今の俺達では勝てないと見ただけで悟らせるほどの覇気。


〝ブラック・アリゲイター〟と呼称することにしたあの漆黒の鰐達は間違いなくこの空間における最強種だ。


「でも、ペットにするなら良い感じだよね」


「……とっても美味しそう」


「アハハ、レフィスは結局、花より団子なんだね」


バキバキバキ。

グレイの両腕と左足が折れた音だ。


「……グレイはとっても失礼」


この通り、いつものテンションで俺達の新な闘いは始まった。




次の更新は4月20日になります。

もしかしたら、早くなるかもですが、一応その予定です。

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