元老院とトラスティア
鉄騎士団管轄の軍事組織『白き女傑』、構成員はブリジット族の女性が大半を占めており、残りはブリジット族の男性やゴブティーン族等の参謀や裏方が担っている。鉄騎士団団長のメフレックスの下、『常に魂を高めるよう努めよ』『決してこそこそするなかれ』『弱者を慈しみ、心ある者を支えよ』の三大軍律による精強さと真摯さと優しさを兼ね備えた軍隊を目標に日々努力している。基本的な任務は要人護衛や哨戒を中心に、アヤカシや害獣駆除が多い。
白き女傑の訓練を済ませたメフレックスは鉄騎士団本部の自室で自分を逆さにして腹筋運動を造作もなくこなしていた。そんな彼女の身体から大量の汗が噴き出ている。自分は鉄騎士団団長だ。他の者以上に鍛錬をこなさねばならない。そんな重責はあるが、彼女には寧ろ誇りなのだ。彼女が鍛錬に勤しんでいる最中、扉をノックする音がした。
「団長、いらっしゃいますか?」
ノックする者の声はティーンの男性の物だった。
「わかったわ。ちょっと待ってて。」
メフレックスは炎の紋章の刺繍が施された赤いマントを着けて扉を開けると、大柄な彼女と対を為す程の小柄で褐色肌のブリジット族の男性だった。
「団長、焔の里のヴァリギッド様からELメールです。」
「ふふ…、どんな内容かしら?」
男性はメフレックスにELボードを渡した。メフレックスは胸を膨らませながら盤面に目を通した。
一方、トラスティア王城の謁見室では、モルガナ元老院の使者コンラッドから書状を受け取ったロイ王が神妙な面持ちで読んでいた。
(『貴公はアスティア王妃ヨシーナを人質に取っていると聞く。そうならば直ちにアスティア王スパイデルに身柄を直接お引渡し願いたい。この件について弁明があるならば直接スパイデル王に。』だと…。無い袖は振れぬ…。かといって弁明も出来ぬ…。手当たり次第他国を侵略するスパイデル王の事だ…。何をしでかすかわからぬ…。そもそも何故元老院がヨシーナ王女の事を知っているのだ…?何故元老院がアスティア、いやスパイデル王の肩を持つのだ…?まさか弱みを握られたのか…?)
ロイ王は元老院からの書状の内容に疑問を抱いていた。何より、元老院がヨシーナ王女の事を知っている事に不自然さを感じた。貴族と平民の折衝を務める筈の元老院が一方の味方をする事にも何か事情があると感じた。突然頭をよぎったのは、子と共にヨシーナ王女救出作戦で捕虜にするも解放したダッグの言葉だった。
(『あんた達にたっぷりとお礼してやんねえとなぁ…!』…、そうか…、あの賊か…!奴がアスティア王スパイデルにヨシーナ王女の居場所がこのトラスティアと…。そしてスパイデル王から元老院に…。)
ロイ王はダッグがスパイデル王にヨシーナ王女の情報を横流しにし、そしてスパイデル王からモルガナ元老院に伝わったのではと考えた。
「…コンラッドだったな…。貴殿はこの書状が何を意味しているかわかるか?この書状は明らかに何かある。何もなければこのような書状をよこす筈がない。貴殿も読んでみよ。」
「はい…。!!…なっ…。」
ロイ王はコンラッドに書状を渡した。コンラッドが書面を見てみると動揺するあまり書状を落としてしまった。
「コンラッドよ…。今の元老院にどこかおかしいと思った事はないか?些細な事でも構わぬ。」
ロイ王はコンラッドに現在の元老院について尋ねた。
「…元老院の娘が失踪して数日後…、元老院の方針が突然アスティア寄りになっていきました…。貴族と平民が手を携え合う世界を目指す筈の元老院がたった一人の貴族の肩を持つようになった事に…、それがしは疑問を抱くようになりました…。そして、その事をアスティアから派遣されたレスティーン兵に立ち聞きされ、この書状を渡すよう命じられました…。それからあのレスティーン兵はただひたすら『全てはアスティアの為に!』しか言わず、まるでカムクリかアヤクリかのような感じでした…。」
コンラッドは元老院での出来事をロイ王に語った。
「そうか…、元老院がアスティアに乗っ取られているのか…。ならば貴殿は今の元老院にいるべきではない。元老院の有様に疑問を吐露した貴殿にこの書状を渡せという事は…、貴殿は危険人物としてじきに始末されるという事だとわしは思うがな…。」
ロイ王はコンラッドに元老院に自分の居場所はないと伝えた。
「ならばそれがしは…、一体どうすれば…。」
コンラッドは先の見えない不安に気が気ではなかった。
「…これより貴殿を拘束致す…。下手したら首を刎ねられかねない書状をよこして来たのだからな。衛兵!この使者を拘束せよ!但し、失礼のないように!」
ロイ王は衛兵達にコンラッドの拘束を命じるが失礼のない方法でと伝えた。
「はっ!…恐縮ですが…、ご同行願います…。」
「…。」
コンラッドは衛兵達に牢に連れて行かれた。コンラッドは複雑な気持ちだった。
(赦せコンラッド…、貴殿を救うには今はこれしかないのだ…。)
ロイ王はコンラッドの幽閉に後ろめたさを感じた。謁見室の窓の外には影が覗いていた。元老院の役人コンラッドを幽閉した事が元老院に自分の国を院敵とする口実を与え、戦争に発展していく事をトラスティア親子は未だ知る由もなかった。
話を戻して、自室でELメールを読み終えたメフレックスは笑顔満面だった。
(…ケント…、なかなかやるわね…。あのトグロイドを緻密な作戦で撃退するなんて…。わたし…、焔の里で皆がどんな訓練してるのか気になってきたわ。)
「ありがとう…。わたし、明日は焔の里に行ってくるわ。それで、馬車一台は勿論、『ヒッタイトアックス』も一本手配して。それから、白き女傑の隊員にはわたしが留守の間も訓練を怠らないよう伝えといて。」
メフレックスは男性にELボードを返し、明日の行き先と、白き女傑の隊員には訓練に励むよう伝えた。
「承知しました。では、お休みなさい。」
男性は快諾し、一礼して去っていった。
ヒッタイトアックス…レッドガルド原産の金属『ヒッタイト』で出来た斧。火属性で結構な重量を誇る。通常の相場は12KG。
トグロイドを見事撃退し、焔の里に戻ったケント達一行は風呂でそれぞれ汗等で汚れた身体を洗い流して就寝したのだった。




