運命の出逢い
(ああ…、お父様…、あなたの…、いない…、この…、アスティアは…、まるで…。)
アスティア王城の一室でヨシーナ王女は窓越しに鉛色の城下を眺めていた。城下の兵士達はすれ違っても頭一つ垂れず素通りしていった。
(お父様の…、いた…、頃の…、アスティアは…、皆…、生き生きと…、して…、いました…。なのに…、今は…、兵も…、民も…。)
この光景にヨシーナ王女は違和感を感じた。先日、アスティア王国建国当初から将軍王ヨシトルの代まで同盟関係だった国の要人が現アスティア国王スパイデルによって全員磔にされた件を目の当たりにした事も違和感に拍車をかけていた。暫くして兵士達は、
「全てはスパイデル様の為に!」
「スパイデル様にお味方せよ!」
「スパイデル様を世界の頂に!」
「新たな将軍王スパイデル様万歳!」
とそれぞれ叫んだ。この『スパイデル様』の言葉にヨシーナ王女は耳を塞ぎ始めた。
(やめて…、あの人の…、名前を…、呼ばないで…。わたし…、あの人…、だけは…、どう…、しても…。)
ヨシーナ王女はカーテンを閉めてベッドに一人横たわった。
(お父様…、わたし…、もう…、限界…、です…。)
ヨシーナ王女は絶望に打ちひしがれていた。次の瞬間、扉をノックする音がした。しかし、ヨシーナ王女は応対せず、ベッドの下に隠れた。
「いらっしゃいますか?お願いです、お返事下さい。」
声の主はもう一度扉を4回丁寧にノックした。ヨシーナ王女はベッドの下から出て、扉に近づいた。
「まさか…、スパイデル王とは…、関係ないでしょうか…?」
ヨシーナは声の主に尋ねた。
「ご安心下さい。スパイデル王とは一切関係ありません。」
声の主はヨシーナの問いにこう返した。もしもスパイデル王と関係があるならば、煙草の臭いにたどたどしい声質のご本人か、先程のスパイデル王をただひたすら連呼し続ける兵士かのいずれかの筈だろう。そう踏んだヨシーナ王女は半信半疑で扉を開けると、全身漆黒の甲冑をまとった騎士と見た事のないメイドがいたのだ。全く面識のない二人を見て思わず不信感を抱いたヨシーナ王女は扉を閉めようとした。しかし、騎士は自分の足を奥に差し出し彼女が扉を閉めるのを阻んだ。
「待たれよ、我々はお前を害しに来たのではない。」
騎士はヨシーナ王女に自分達は敵ではない事を伝えた。
「えっ…?」
ヨシーナは目を丸くした。
「我々はお前をこの城から連れ出しに参った。」
「わたしを…、連れ出しに…。あなた達は一体…?」
「ヨシーナ様、初めまして。わたくしは『ジジョッタ』というメイドです。」
「我は『漆黒将軍』だ。」
「あ…、はい…。わたし…、アスティア…、第一王女…、『ヨシーナ』です…。」
ヨシーナは突然の出来事に少し戸惑いながらも挨拶を交わした。
「ヨシーナよ、まずは院都モルガナへ向かえ。そして、『未来の英雄』と相まみえるのだ。」
「未来の…英雄…?」
「そうだ、だからお前は生きよ。生きてその未来の英雄と共にこのアスティアに戻れ。」
「はい…。」
ヨシーナは二人の手引きでアスティア城を脱出した。
そして、三人は裏口に差し掛かった。
「悪いがここでお別れだ。」
漆黒将軍はヨシーナに告げた。
「どうして…?出来ればあなたも…。」
ヨシーナは漆黒将軍に理由を尋ねた。
「我には他にせねばならぬ事があるのでな。」
「せねばならぬ事…?」
「悪いがその問いには答えられぬ。ジジョッタよ、お前は我に代わって彼女を主人として支えてやってくれ。それから、モルガナへ行く道だが、近道のサファイア山道は危険だ。生きて越えられる保証はないぞ。」
「承知しました。このジジョッタ、これより主人を支えて参ります。」
そしてヨシーナとジジョッタはモルガナを目指してターコイズ街道を進んでいった。
話を戻して、コルホ山の賊の根城の牢獄の外では騒ぎと共に足音が響いてきた。ヨシーナがいる牢の近くで足音が止まるとある影が牢を繋ぐ錠を破壊した。そして、牢が開いた。影から現れたのはケンウッドだった。彼はヨシーナに歩み寄った。
「大丈夫ですか?」
「はい…、あなたは…?」
「あなたを助けに来た者です。」
「わたしを…、助けに…?」
「はい。」
ケンウッドは頷いた。この二人の出逢いが世界の命運を左右する事になるとは誰も想像しなかった。




