フェルドリート王太子の真意
ディエスとノクスに告げた言葉に嘘偽りはないし、フェルドリート殿下に対してもそれを誤魔化すつもりはない。
違うのは、王太子殿下用の付け足しがあるというだけ。
「だからこそ。フェルドリート殿下がアレス殿下を庇護して頂ける限り、私の剣は貴方様に捧げましょう」
フェルドリート殿下の笑みが、深まった。
「ならば、アレスが王位を望んだら、私を裏切るという意味かな?」
「あり得ない可能性ではありますが、もしそんなことがあれば、私は命を懸けてアレス殿下をお止めします。アレス殿下は王の器ではありません。王になることは、殿下を不幸にします」
「婚約者とはいえ、たかが伯爵令嬢が王族に対してずいぶん不敬な物言いをするじゃないか。ナサニエル」
「フェルドリート殿下が望まれたから、正直にお答えしたまでです。それとも虚飾と偽りに満ちた、形式的な返答をお望みですか?」
「いや、いいよ。それでこそナサニエルだ。私が弟の婚約者として見込んだだけある」
にやにやと猫のような笑みを浮かべながら、フェルドリート殿下は問答は続ける。
「王宮騎士団に務めるなら、上の命令は絶対。そして王である父上が病床にある今、一番上の上司は私だよ? ならば忠誠は私に捧げるべきだとは思わないかい?」
「形式はどうであれ、人の心までは縛れませんよ。フェルドリート殿下。もしご不満であれば、私を王宮騎士団に採用しなければ良いだけのことです。その時は私はアレス殿下の護衛騎士になりますから」
「私がそんな勿体ないことをするはずがないだろう? ……ああ、その台詞。パウエルを思い出すな。さすが叔父と姪なだけあるよ。あいつも、自分が忠誠を誓うのは国家であって個人ではないと、面と向かって言ってきたんだ。私が信頼する相手に限って、私に忠誠を誓ってくれない。ひどいよね」
「それを嘘偽りなく告げることができる相手だからこそ、フェルドリート殿下は信用なさるのでしょう」
「それはそうだ。口先だけで忠誠を誓う事なんて、簡単だからね」
騎士団長であるパウエル叔父上が、王家ではなく国家に忠誠を誓っているのは有名な話である。それが国の為になるのならば王家にだって牙を剥くと公言しているのにも関わらず、王からも王太子からも寵愛を受けているのは、さすがの人徳と言う所だろうか。
事実パウエル叔父上は、あれほど自分を重用してくれた現王を見捨てている。まだ壮年の年齢の王が病に倒れた原因は、王を邪魔に思う第二王子陣営が毒を盛っている可能性が高いのは公然の秘密。それでもパウエル叔父上は、王を救おうとはしない。
若い頃は賢王と謳われた現王は、王としての責任の重さと後宮の激しい後継者争いに心を病み、徐々に執務に支障を出すようになった。身分不相応な年下の愛妾に現を抜かし、面倒ごとの種であるアレス殿下が生まれた途端に母子共に放置したのも、その結果だ。
パウエル叔父上は精神を病んだ現王よりも、聡明で理知的な王太子を選んだ。それがより国家の為になると判断したから。王との間に築いた長年の友情も、叔父上の熱すぎる国家への忠誠心の前には敵わないのだ。……内心は苦い感情を抱えていたとしても。
これはもう、ドレー家の性分なのかもしれない。一度主と定めた相手には死ぬほど一途で、その後に大切なものができたとしても、けしてその優先順位は揺るがない。
でもだからこそ、私達は主に盲目的であることは許されないのだ。盲目的に主に従った結果、主ともども破滅した例を先達として知っているから。
「アレス殿下の幸福には、フェルドリート殿下の庇護が不可欠なのです。だからこそ私はけしてフェルドリート殿下を裏切りません。私はアレス殿下の為に剣を振るいますが、剣を捧げるのは王太子であられる、貴方様にです」
「アレスとの子ができたとしても、お前は同じことが言えるのかな?」
「私はフェルドリート殿下の一番下のご子息が成人を迎えられるまで、子を持つ気はありません。フェルドリート殿下のお世継ぎが成人されて、アレス殿下が王位継承権を放棄されるまで子を持たなければ、フェルドリート殿下もご安心なさるでしょう」
「下の子は、まだ1歳だぞ。その頃にはお前は30を超えているじゃないか」
「その方が騎士としての職務に集中できるので、逆に都合が良いかと」
「……本当、お前は出会った時から何も変わらないなあ。お前の叛意を疑う奴らの考えが、心底理解できないよ。ドレー家の人間ほど行動原理がわかりやすい者もいないのに」
「それは……お伝えにくいのですが。フェルドリート殿下がアレス殿下を切り捨てることを、想定に入れた結果なのでは?」
「そう! ひどいよね! アレスもだけど、皆私がどれだけ冷血漢だと思っているんだっ……こんなにもわかりやすく、弟を溺愛してるのに!」
……お気持ちお察しします。しますよ、王太子殿下。
くしゃりと泣きそうに顔を歪めたフェルドリート殿下が見てられなくて、思わず視線を逸らす。
アレス殿下が、母親を亡くして(対外的には病死ということになっているけど、恐らくこれも毒殺だ……この場合は第二王子陣営だけでなく第一王子陣営が主犯の可能性もあるけれど)後宮で虐げられていた頃。まだ学生だったフェルドリート殿下は、母である正妃様の目もあって直接手を差し伸べることこそできなかったけれど、パウエル叔父上を頼って私との婚約を取り付けさせることで、間接的にアレス殿下を庇護することに成功した。
そして成人後は数年かけて母親から実権を奪い、王宮にアレス殿下の居場所を作った。その理由に政治的背景が全くなかったわけではないし、アレス殿下自身の頑張りももちろんあったわけだけど……それでもやっぱり、フェルドリート王太子のアレス殿下への深い弟愛がなければ、成り立たなかったことだとは思う。
「私はアレスが、本当に可愛いんだよ! エルヴィンが全く可愛くなかったからこそ、はじめてアレスに出会った時は、弟というのはこんな愛らしい生き物だったのかとびっくりしたよ! 少し愚かな所はあるけど、考えていることがすごくわかりやすくて、頑張りやで健気で、人を信じるのを怖がってる癖に目がいつも『見捨てないで』とすがってる……こんな愛らしい生き物を虐げた母上は、鬼婆だと心底思ったよ!」
「同意します……心から同意しますよ! フェルドリート殿下! アレス殿下は、本当に愛らしい御方ですよねっ」
「こんなにわかりやすく可愛いがっているのに、今でもアレスは、私が簡単にナサニエルを切り捨てる冷血漢だと思ってるんだ……。ひど過ぎるよね! なんで信じてくれないんだ!」
「さらにわかりやすくアレス殿下を溺愛している私ですら信じて下さらないのだから、仕方ないかとっ!」
「でもそんな卑屈な所も可愛い!」
「わかりますぅっっっ!!!」
「……わかる? ノクス」
「ナサニエルのことは全て理解したいと思ってたけど、さっぱりだわ」
「「人間の好みて、色々なのね」」
……あのね。好みがピンポイントに狭過ぎる君達も、人のことは言えないと思うよ。
少し冷静さを取り戻して、改めて今後のことを話し合おうと姿勢を正した時、フェルドリート殿下の後ろに控えていた護衛騎士の剣がきらりと光った。
「っフェルドリート殿下!」




