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アクセルは、痛みに腰を押さえながら、座ったままのステファンを静かに見下ろした。何かを探っているのか、彼の眉は次第に寄っていく。
ステファンは、身体に力が入らなかった。アクセルに突き付けられた動画の声は、森では聞こえない、爽快さがあるものだった。だが、それに聞き入ってしまうよりも先に、細胞が反応した。
何故、その様な事態に陥ってしまうのか。何故、その声に引き寄せられてしまうのか。気味悪さに、胃の底で不快感を覚えながら、徐に立ち上がる。
雨が止んでも、次の暗雲が覆いつくしていく。銀のコヨーテの光を受けて落ちる2人の影は、被毛が揺れるにつれて歪んだ。水滴を纏う芝生は明滅し、影と踊る様だった。
アクセルは、動かないステファンにそっと手を差し出した。しかし、ステファンはそれを払い除けると、元の姿のまま、獣の怯えと、些細な威嚇を見せ、訊ねた。
「……何のつもりだ」
困った表情をするステファンに、アクセルは目を見開く。亡霊の様に現れるばかりの彼が初めて見せた、人らしい姿だった。
「来いよ、俺も一緒に行く。警察と病院に話して、こんな事さっさと終わらせよう」
ところがステファンは、尚も、アクセルから逃げる様に距離を取る。困惑の目にいっそう影が落ち、眼振が唇にまで伝わっていく。言葉にならない何かは、ただ、首を横に振らせるばかりだった。
「何で……囚われるな、目ぇ覚ませ!」
「知らない……何も……」
そして足早に去ろうとするステファンに、アクセルは声を張るのだが――視界は既に、自然公園だけになっていた。
まるで風か、はたまた光か。音もなく姿を消したステファンに、アクセルは動揺する。
『興味深いか、アックス。そちらさんで言う、時速65kmだ』
驚きの声も出ず、全身が強張っていく。先程まで見ていた灰色の視界といい、動くもの全てがスローに見えた事といい、何もかもが受け入れられない。早く走れるようになりたいという夢など、通り越している。先程の自分は、たった2本の脚を使い、車でもそう出さない速さで、ステファンを追いかけていた。
『ところでお前、あれから言わないな……人の言葉に置き換えるのもまた、頭を使うんだが……』
何の事かと、アクセルはコヨーテを相手にせず、重い身体を引き摺り、次の策を練ろうとする。だが、頭痛が邪魔ばかりしてきた。次々と負のどん底に落ちていく感覚が、強い溜め息に変わる。
『無駄だ……お前が捌ける事じゃぁねぇ……』
アクセルは足を止め、コヨーテを肩越しに睨んだ。心を見透かした上での発言に、噛みつきたくなる。だが、その衝動を抑え、浮かんだ疑問を口にした。
「お前も道具なら……それでいいのか……」
コヨーテは眼光を強めると、甲高い吠え声で嗤った。
『我々を諭そうとはな! 貴様はスマートじゃねぇようだ。こちらの餓鬼以下だ』
もうたくさんだと、アクセルは公園の出口に向かった。
※コヨーテは、時速65kmの速さを持つそうです。
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サスペンスダークファンタジー
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