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*完結* COYOTE   作者: Terra
Waning Crescent
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4




 退院の手続きを母に任せ、ロビーで座って待っている間も、胸に淀んだままのものに酔っている気分だった。ホットコーヒーで手を温め、気を紛らわせようとレイラを思い出していると、視界に誰かの革靴の先が入り、止まった。



「退院できてよかったじゃないか。彼女の力かな?」



 落ち着いた声に振り向くと、小振りのスーツケースを手にした男性がいた。焦げ茶色のコートとハットで、紳士的なスタイルをしていた。灰色の髪を覗かせ、口周りと顎には髭を綺麗に蓄えている。鍔下から覗く澄んだ青い瞳は優しく、不思議と、家族の様な温かさを感じた。




 首を傾げるアクセルに、男性は微笑む。



「久しぶりに美しいものを見た。絵画の様だった。何せ、厳しいものばかり見るもんでね」



 彼の言う事がよく分からず、アクセルは目だけで動揺する。



「この時間にお困りなら、答え合わせを頼みたいんだが」



「……おじさん大丈夫? 俺の採点は厳しいぜ?」



 尚の事おもしろいと、男性は静かに、しかし楽し気に頷いた。どこにも怪しさを感じない、寧ろ楽しそうな彼に、アクセルは安心してしまう。不意に舞い込んだ時間はいい暇潰しだろうと、のってみた。




 男性は顎に手を触れ、真剣な眼差しになる。



「お互い、まだまだぎこちないが、想い合ってるんだろう。彼女の気遣う様な触れ方に似た動作が、君にも見られた。お互いにとって、どうするのが心地いいのかを知ってるのか」



 アクセルは紙コップを落としかける。男性の先程までの温かい眼差しは、温度をどこかに残しながらも、貫いてくる様だった。



「急かす様な事もしない。何が相手にとって不快かも、分かってる」



 アクセルは首を左右させ、思わず口を開きかけたところ、男性が緩やかに人差し指で止める。



「だから君は、何かマズい事を彼女に言ったかもしれないと、すぐに気付いた。そして情報を処理し、適切な言葉を見つけようと、顔を逸らした。腹を抱く様にしたのは、自分をハグして安心させるため。大丈夫、きっと良い言葉を探せる、と」



 途端、レイラとの時間が鮮明に蘇ってくる。ただその時の映像を見るのではない。もう一度、その時の自分の立ち位置に、そのまま置かれている様な感覚だった。



「でも、眉が寄った様子からだと、ベストな言い方が浮かばず苛立ったのか。そして心配が増し、口を噤んでしまう。ぐっ、とね」



 男性は(ようや)く間を置くが、アクセルは、もはや何を切り出す気にもなれず、彼を見上げるしかできなかった。それを揺さぶる様に、男性は、まだあるぞと悪戯に口角を上げる。



「これは男性によく見られがちなんだが、襟を引っ張ったりする動作がある。君はどちらかと言えば触れただけだったが、とにかく、何か気になる事があったんじゃないか。気になるあまり、鼻や顎にも触れた。そうする事で落ち着きを求める。そしたら」



 男性の楽し気な話し声で、レイラとの時間がどんどん紐解かれていくと、アクセルはむず痒くなる。



「彼女にもそれが移ったみたいだ。彼女の交差していた足に力が入ると、君と同じで、腹をハグする様に抱えた。どうにかしたくなったんだろう。何も言わなくなった君をね。太腿(ふともも)に手が移り、擦るというか、搔く様な動きがあった。そうする内に、彼女の方が先に良い手が浮かんだんだ」



 アクセルは視線を逸らし、空笑いする。本当なら、自分からハッキリと約束をしたかったところを突かれている様で、顔を見せられなくなる。



「彼女は鞄を背に回し、互いの距離が縮まった。そして君は、それに救われて、横になるみたいに首を傾けた。やっとリラックスできる、といった具合にね」



「もういいって!」



「いや、最後だ。君もまた距離を詰めるんだ。もう詰めきれないのに、毛布をどかしてでも。だがこれは、近寄りたいだけじゃない。視界から障害物をどかすのと似た様なものだ。相手をもっと見やすくする。そしてそれは、彼女も同じだったのかもしれない」



 アクセルは立ち上がると、男性はすぐさま滑らかに訊ねた。



「君達は、付き合ってはいないんだろう。だが、そういう小さなアクションを、デートとして自然にカウントしてる様に見える。そして、あたかも、そういう関係にあると自分を誤魔化してる様にも。でも、知り合ってから長そうだ。望むところに辿り着けないのは、互いに慎重派だからかもしれない。そうなるのは、好きってもんじゃなく、愛してるが故にだろう」



「おじさん、エロ親父って言われるだろ。Dマイナスだ! Fでもいい!」



 アクセルは彼に噛みつく傍ら、動悸や、変に吹き出す汗を、コーヒーごと一気に飲み干した。








※高校でよく使われるのはA, B, C, D, Fの評価で、その中でも細かく+や-が添えられたりします。ちなみにEが飛ばされている理由には、優秀や合格といった単語を連想させるというものがあるそうです。Fには不合格や落ちるといった単語を連想させ、他のアルファベット同様、誤解をされる確率が低いのだそうです。



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サスペンスダークファンタジー


COYOTE


2025年8月下旬完結予定


Instagram・本サイト活動報告にて

投稿通知・作品画像宣伝中

インスタではプライベート投稿もしています

インスタサブアカウントでは

短編限定の「インスタ小説」も実施中


その他作品も含め

気が向きましたら是非




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― 新着の感想 ―
こんにちは&お疲れ様です( ・∀・)っ旦 アクセルに近づいてきた謎の男性。 人柄が良く見えてたはずなのに、まるでアクセルとレイラとのやり取りを見ていたかのような口ぶり。 それにも驚かされましたが、それ…
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