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レイデンを家まで送り終えると、アクセルはブルースと共に揺られながら、帰り道についていた。BGMはいつも変わらないジャンルでも、アコースティックギターでリメイクされているそれは、車内の空気を落ち着かせてくれる。
2011年に活動を開始した、ポップロックを奏でるトリオバンド。頭頂部にまで響く鋭い声をする女性ボーカリストは、初め、人気曲をカバーして動画サイトで発信した事から、世界で注目されるようになった。アクセルは、そんな彼女のクールな発声を評価している。
背伸びはせずに、自分に合わせてカバーをした事があった。学校のハロウィンステージで披露したところ、誰かがSNSや校内のWedサイトに投稿し、一時期バンドが注目された事もある。しかし、存在が広まる事を前向きに捉えていたものの、高くなって押し寄せてくる人気の波を、当時だけに留まるよう抑えた。
周りから流れてくる力を借りて発信する事はしない。それは、バンドが自然と生み出しているもう1つの古風さだった。
SNSの便利さを自分達の中で線引きしている。それを使うのは、情報を集める時のみとしたのは、今日までの経験をメンバーと振り返って決めたからだった。
「あいつ、エマそのものが愛の鞭に見えてんじゃねぇか」
ブルースは、ライブハウスでのレイデンを思い出しながら笑う。
「敏感な奴だって思うよ、ああ見えて。婆ちゃんからしか、まともにそれを受けた事ねぇんだし。説教じみた事言われると、どう出ていいか分からなくなっちまうとか」
アクセルが考えを口にすると、互いの声が、シートの影に落ちていく。
レイデンの母はパートナー関係にルーズで、共に暮らしていても出入りが激しい。そんな環境に置き去りになるレイデンを育てたのは、彼の今は亡き祖母だった。
昼間、俺を見てみろと笑ったレイデンを浮かべてみると、自分達の日常がいかに温かいかを痛感させられる。当たり前とされる日々の幸せが、走り抜ける長い道路に沿って流れていくのを、2人はなんとなく見届けた。
空は、日没を告げるコバルトブルーとオレンジが混ざり合っている。境目に雲が割り込み、まるで、黒に塗れた筆が落ちた様だった。
アクセルは、その、急に飛び込む奇妙な色に考えを巡らせた。毎日見る何気ない空を突き刺す様な、歪に思える黒い雲に、自分ならばどんな意味を付けるだろうかと。
帰宅すると、アクセルは戻りの一声をかけながら、鞄とジャケットを手に持ち替えていく。これから彩られようとする食卓には、朝には無かったフルーツバスケットがあった。
アクセルは足を止めると、リビングのソファーでクッションを抱え、テレビを見ている妹を見た。妹は、今朝に比べてすっかり顔色が穏やかになっている。
「あ、お兄ちゃん。そのフルーツ食べないでね。週末のメニューだから」
アクセルの目が途轍もなく長いダッシュに変わると、母が、台所でサラダをこしらえながら白目を剥いた。
「ああそう……通常運転に戻って何よりだ」
アクセルが静かに返すと、妹は大きく振り返る。
「レイラに教えてもらったの。ヨーグルトと寝かせて、フレッシュフルーツを混ぜるといいって。はちみつを入れたら、もっと食べやすくなるって」
「俺も明日からそれにする。1人で食べるんじゃ多いだろ、手伝ってやる。で、他に何か言ってた?」
兄に閃光の如く顔から接近されたソニアは、堪らず顔を皺くちゃにする。そこへ、母が割り込んだ。
「転ばせたって謝ってたわ。いい子過ぎるんだから、もう。浮かれてるから、どんどん転ばせてやってって頼んどいた」
アクセルは、つまらない答えを溜め息で飛ばすと、部屋に上がった。
♪Against the Currentという3人組バンドは、ONE OK ROCKともコラボレーションした事のあるロックバンドです。YouTubeで人気曲をカバーし、発信を続けた事で、世界進出に至りました。今でも活躍中です。作中の車内BGMは、「Against The Current - that won't save us [ACOUSTIC VIDEO]」で、YouTubeで
聴いて頂けます。
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