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「隠れなくたっていいじゃねぇかよ!」
ブルースは悪戯に笑いながら、レイデンが納まるフードを脱がそうとする。
「止めろ! エマは俺を見るなりお袋に進化する。ヒーリングタイムがハードロックになれば、ダイナがデスボイスになる。そうなりゃこいつが、ガチの金曜日の殺人鬼になる。そういう連鎖だ、把握してろ」
指差されるジェイソンだが、騒々しさも忘れてステージに目を奪われていた。
4人はバンドを結成する前に、彼女達の世話になった事があった。現れたピアノ奏者のエマには、その当時、レイデンに対して悪い印象を与えてしまった。原因は、訳あって泥酔したレイデンを、彼女達の控え室に搬入せざるを得なかったからだった。エマは、例え共に活動するボーカリストのダイナの頼みであっても、悲鳴を上げずにはいられなかった。この件以来、エマはジェイソンにも目を尖らせるようになっている。
そんなエマをお袋と表現するレイデンに、アクセルとブルースはニヤけが止まらない。常に叱り口調の彼女は世話焼きなところもあり、その叱責には、彼を凍らせてしまう不思議さがあった。
ジェイソンは平然と振り返ると、また明日と言い残して去ってしまう。が、その移動は今日一番に速く、もうカウンターにいた。ステージから最も近いその席には、気配りが良いマスターが”RESERVED”の札を立てていた。
暗いスポットライトの下で、2輪の淑やかな花が揺れる様だった。ワインレッドの落ち着いたステージドレスに、ブロンドの長髪の艶やかなウェーブが映える。客席に背を向けて立つダイナは、いつもの指定席に来たジェイソンに、まだ気付いていなかった。
噂のエマは、黒いノースリーブのパンツドレスで、細身が強調されている。赤毛の細かなカールが効いたセミロングが触れる金縁の眼鏡越しに、音符を追いながらウォームアップに熱くなっている。
その手が打ち出すゴージャスな音色を、ダイナは、暖炉の部屋で本を開く様に耳をすませていた。
20歳のジェイソンは、仕事とプライベートで引き続きライブハウスに残る。ステージに立つ彼女達もまた、同じ成人の世界で活動していた。
アクセルは、年齢に大きな差がある訳でもないのに、彼等に見入ってしまう。自分がいる世界と行き来するジェイソンは、やっと冗談や笑顔を見せるようになっても、まだまだ高く飛ぶ鷹の様な存在だった。世界に連れていけなどと言うが、彼こそいつ世界に行ってもおかしくない。そこまでの技量を持つとされているのは、亡き師匠の後押しがあったからだった。今はその2世として、ここで名が知られている。しかし、そう噂になるまでに苦労を重ねていた時の彼は、少々尖っていた。自分やブルースをキッカケに、彼のライフスタイルは変わっている。果たして、今の活動スタイルをどう感じているのだろうか。幸せだろうか、楽しいだろうかと、遠くにある背中を眺めていた。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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