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※1910字でお送りします。
もう何度開いたか分からないそれに、キャシーは視線を走らせながらこれまでを振り返る。命の売買の考えを改めようと、犬を例に説かれたものだった。
ペットショップが減り始めたが、血統の良い犬を入手するこだわり、雑種犬の差別は、今も後を絶たない。良心的なブリーダーばかりではないのもまた、事実だった。
ブリーダーと聞けば、サービスを提供するにあたり、綿密な審査を通過し、動物の健康維持を怠らない。時には、飼い主が飼育困難になると、安心して返却を受け入れる。新しい命が、新しい家で無事に過ごせるためのサポートをする存在だ。決して、商業目的で量産する事を主とし、飼育環境や獣医の手が行き届いていないところで動物を扱う職業ではない。
耳、目、尻尾の形。鼻や胴体や毛の長さ。毛と目の色。性格の良し悪し。それぞれのパーツの位置や大きさなど、細部にまでこだわり抜いてきた人は、一体、何種類の“良い”とされる犬、猫、小動物を生み出したのだろう。
例えば、見た目だけに過去の栄光が残されているブルドッグは、額のひだが特徴的だ。その仕組みは、血を浴びても、ひだを伝って落ちるようになっている。牛と犬を闘わせて大金を賭け、娯楽を得ていた人は、牛の鼻に噛みつき、窒息させて死に追いやる犬を見て、盛り上がったものだ。
またどのくらい、“良質に値しないと判断した動物”を、殺してきたのだろう。全ては欲のため、見栄を張るための改良であり、動物達のためにはなっていなかった。
流行りの種類や、有名人と同類のそれを手に入れる事で、大いに満たされる。いつか、ペットショップに勤めていた友人が、火車になっていた。番組を何日も盛り上げ続ける有名スポーツ選手が抱いていた犬は、どこのものなのか、と。同じ犬はいないのかという、問い合わせの豪雨に頭を抱えていた。
そんな友人が勤めていた店も、政府からの補助の元、今やペットシェルターに変わっている。命の販売を止め、殺処分をしないための取り組みをする。それは珍しい事ではないが、世界的に全力で行われている訳でもない。
膨大な歴史を振り返れば、今など、ずっとマシになっている。しかしそれでも、規制の合間を縫って儲ける手法は後を絶たない。その時代に沿った術を見つけ、闇で笑う者は次々と現れる。
本をリュックに仕舞うと、見聞きしてきた、自国や外国で起きた出来事を思い出す。そして今でも考え、思っている。何故、人と同じ命ある生き物でありながら、“物”と同じ扱いになってしまうのか、と。
それは、盲導犬が殺されたという残酷な事件で、器物損壊罪という扱いを耳にして以来からの疑問だった。また、多頭飼育で周囲環境にトラブルが起きていても、所有権が邪魔をし、解決に至らないといったケースを聞いたのもキッカケだった。
それらを知った当時は、感じたままに突っ走り、すぐ誰かに伝えようとしていた。何度、動物愛護はうるさいと言われただろう。それでも、似た思考やトラブルが生まれたり、命が痛みや危機にさらされる様な事はあってほしくなかったがための行動だった。けれども、いつの間にか口数が減っていた。
出る杭は打たれるのだろうかと、片付ける手が止まる。もっと領域を広げれば、人は、医療界を開拓するべく、動物を実験に使う。食べる事も当たり前だ。
急に冷静沈着になると、自分は矛盾しているのだろうかと、岩の様になる。あまり、弟の事をどうこう言えないのかもしれない。本当はどうなりたいのかなんて、自分の方こそ何も定まっていなかった。
固くなっていた手が漸く持ち上がった時、他の本を仕舞おうとすると――小さなカードが落ちた。
掌に収まるほどの白いそれには、様々な緑色で、森林の模様が印刷されている。そこには、優しいタッチでメッセージが記されていた。
“私達には、私達にしか見えない世界や、聞こえないものがある。それを言葉に変えて広げる事で、世界は、やっと少し変わる。諦めないで”
末尾のサインに目が震えた。野生動物保護調査員であるその人は、今、別の形でだが、諦めない姿勢を貫き続けている。
野生動物の調査のため、頻繁に森林へ足を運ぶ行動力のある人だった。自分とはまた違う視点を持って活動する彼女が考え続ける、狩猟と動物についての永遠のテーマを忘れない。そこにも、自分の考えや想いと類似したものが多く、講義の後、称賛の言葉をかけに走った事を思い出した。その際に貰ったカードだが、結局、それ以来会えないまま、彼女に起きている事態を知った。
彼女との出会いや、ここにある1つ1つの命のお陰で、助けたいと思える自分がいる。恩人である彼等と向き合わずして、次のステップに進む訳にはいかないだろうと、凛と姿勢を正した。
※野生動物保護調査員=ワイルドライフマネジメント
後にシーンとして解説します。
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