桜の舞う場所
その日も、桜は咲いていた。
公園に広がる、綺麗な桜の花びら。
木から舞い落ちた桜は、風に吹かれながら景色を鮮やかに彩っている。
「この辺かな……」
桜の木の下で、少年は鞄を置いてゆっくりと腰を落ち着かせた。
少年の長く伸びた茶髪は、風に吹かれる度に流れる様な動きを奏でている。
そして、まだ幼さが残る顔にはどこか悲しげな表情を張り付けていた。
「綺麗だな……」
そう呟き、木に体を預ける。
昔から見ている、綺麗な風景が悲しい気持ちを落ち着かせてくれた。
「桜……か」
ふと、昔の思い出が少年の頭に蘇った。
彼女がいなければ、絵描きとしての俺は存在しなかったかもしれない。
今と同じ、桜の花びらが舞う季節に出会った少女との儚い思い出。
それは、いつもの様に木の下でのんびりしようと思った日だった。
「人……?」
そこには、俺と同じ位の年齢になるであろう少女が座っていた。
膝の上には、鉛筆で軽くデッサンされた桜の木の絵が置いてある。
それは、まるで写真からコピーでもしたかの様に綺麗な絵だった。
「すご……」
思わず、声を掛けるより早く少女の隣まで近寄って見てしまう。
「きゃ!」
「わ!?」
瞬間、少女とまともに目が合った。
よほど絵に夢中だったのか、予想より大きな反応を見せる少女。
「あ、すいません。……あんまり絵が上手だったもので」
謝ると同時、つい本音が出てしまった。
多分、絵を見る為だけに接近して来た変な奴と思われてしまうかもしれない。
「いえ、私の方こそ……貴方も絵が好きなんですか?」
しかし、意に反して少女は優しそうな笑顔を浮かべながら言葉を紡いだ。
まるで、桜の様に柔らかい声だった。
「はい……まあ、一応」
返事を返すが、俺の心には捨てる事の出来ない複雑な感情があった。
将来は、絵で生活したいと思っている。
勿論、将来の夢の為に毎日欠かさず絵の練習を行って来た。
けど、いくら努力をした所で周囲の人々は誰も認めてはくれない。
人は、努力より才能を見る。
「私も、絵が好きなんです」
でも、この少女の絵はそんな曲がった考えなど感じさせなかった。
真っ直ぐ、素直な筆使い。
生命を感じさせる、表現力。
これに色を付けたら、もっと凄い絵になるんだろうなと思わせてくれた。
「俺も絵を書くんだ」
「じゃあ、同じですね。私達」
けど、自分の絵は曲がっていた。
どこかで世の中を否定し、真実とは違う虚像を写生していたのかもしれない。
「毎日、ここに来るのか?」
俺の隣で座る少女に、俺は訪ねた。
少女の絵は、俺に絵を書く純粋な気持ちを思い出させてくれた。
許されるなら、これからも彼女と一緒に大好きな絵を書き続けたい。
「ええ……でも」
運命は、残酷だった。
ようやく、お互いに心を開ける相手が見付かったと思ったのに。
「明日、手術があるんです」
彼女は、心臓に病気がある。
画材片手に、病院から抜け出して来た。
そんな彼女だからこそ、描ける絵。
素直で、一点の曇りも無い絵。
神様は、その才能を奪おうとしていた。
「また、会えるよな」
「成功したら、きっと会いに来ます」
俺も彼女も、覚悟は出来ていた。
それから、俺と彼女は夕方になるまで一緒に絵を書き続けた。
俺の絵は、彼女の絵と比べると、とても見れたものじゃ無かった。
でも、今までで一番楽しかった。
絵って、こういう風に楽しんで描くものなんだと気が付いた。
忘れてた、大切な事を思い出した。
楽しんで書く事。
結果は、後から付いて来る。
この先も、決して忘れないだろう。
何年、何十年が過ぎても、彼女から教わった事は絶対に忘れない。
今日も、俺は一人ぼっちで彼女との思い出が詰まった木の下にいる。
絵に対する思いは、彼女のおかげで変える事が出来た。
彼女の分まで、俺は描き続ける。
「ありがとう」
桜の花は、今日も静かに舞っていた。
FIN




