「甘い囁き」⑦
「魔物との交易が始まったのはこの街だけではありません。竜金貨をきっかけに、一気に巨大な交易圏が誕生したことを知った各国では、それらへの対応がとられることでしょう。法整備、混乱を収めるための市場統制。そして、貨幣です」
驚きが抜けきらない様子の男達を平等に見据えて、ルクレティアは告げた。
「現状、魔物達に信用されている貨幣はこの竜金貨――ストロフライ金貨のみと言えます。そして、この竜金貨そのものが今後、実効的に市場を支配することはありえません」
何故、と訊ねる相手はいない。
ルクレティアは続けた。
「この竜金貨は通貨に使われるべくして発行されたものではありません。とある黄金竜が気紛れにばら撒いただけの代物です。溶かして装飾品などに転用することが出来ず、また決して摩耗もしない。品質は完全に一定で、もちろん重量も同じ。まさに、“現実に存在する理想の硬貨”です」
「だが、所詮は理想だ、とかさっき言ってなかったか?」
「それでよろしいのです。だからこそ、この貨幣には意味があります」
「……よくわからねえな」
難しい顔でヤコブが顎を撫でる。
「恐らく、今度の経済的混乱を経た後、各国では魔物との取引も見越した改鋳や新貨の制定が行われるでしょう。その際、基準として選ばれるのはこのストロフライ金貨になるはずです」
「そりゃそうだろうな」
「はい。あるいは、この竜金貨そのものを作ろうとする動きもあるでしょう。しかし、それは不可能です。何故なら――」
「純金。精巧。そして、“不壊”。まったく不可能だな」
吐きだすように言ったウォーレンに頷いて、
「純金の貨幣を製造することは出来るでしょうが、それでは硬度に問題があります。そもそも、決して壊れない代物を人の手で作ることが夢物語ではありますが、硬度を出すためにはどうしても合金とせざるを得ません。必ず、金以外の含有物が必要なのです」
「つまり、金貨としての“品位が下がる”わけだ」
「そうです。たとえ両者が同じ価値だとされていても、中身が違うのであれば、より良い物を手元に残しておこうとするのが人の心理というものです。そうした場合、恐らく将来的にこのストロフライ金貨はほとんどが退蔵されることになるでしょう」
「それじゃあ、市場から姿を消しちまうんじゃねえか」
ルクレティアはゆっくりと頭を振った。
「もし一般には流通しなくなったとしても、影響は残ります。実用性も損なわれません。たとえば、金の品質を比較する上でこれ以上の基準はありません。なにか不純物が入っていないかどうか、測ってみればよろしい。あるいは同じ重量分を用意して、水を張った風呂に沈めれば一目瞭然です」
はっ、と楽しげにヤコブが膝を打つ。
「試金石ならぬ、試金の金かい」
「はい。そして、これこそが竜金貨の持つもう一つの意味。この精密な硬貨の存在は、そのまま度量衡の基準に成り得るのです」
商人達からざわりとした声が上がった。
「……長さや重さの単位は、国や地域によってまちまちだ。酷い場所になると、商いに出向く度に目安が変わっているなんてこともある。それが統一されるというのであれば、我々としては仕事が楽になる。楽にはなる、が――」
疲れ果てたように、ウォーレンが息を吐く。
「どうにもとんでもない話になってきたな。これは」
「とんでもない話なのです、これは」
ルクレティアは真剣に頷いた。
「今後、この竜金貨の影響は世の中の様々な分野にまで浸透していくでしょう。世界の在り方を変える一枚。まさにその象徴です」
「そして、現実にはその象徴を利用して物事が進められる、か」
自分の手元に流れて来た真新しい銀貨を見つめ、韜晦するようにウォーレンが言った。
「竜金貨と同じ品質の金貨は作れない。だが、そこであえて銀貨を選ぶ理由は? いや、現実問題として難しいことはわかっているが」
「はい。皆様もご存知の通り、金貨と銀貨では流通量が異なり、金貨の方が圧倒的に高価です。市場の混乱から金銀価格にも変動が起こっているとはいえ、新しく金貨をつくるために大量の金を確保するのは、……些か現実的ではありません」
その言葉を口にした瞬間、隣で小さく喉を鳴らす音がルクレティアには聞こえたが、そのまま続けた。
「意匠がまったく同じで品位が劣った金貨を作るのなら、そもそもの材質を変えて銀貨を大量につくったほうがあらゆる意味で実用的でしょう。ご存知のように、金は銀より倍程も重いわけですから」
「大量に運搬するなら、とてつもない差になるな。生活通貨とやらに使うことも考えると、そちらが現実的というのはわかる。……それで」
ウォーレンの眼差しに油断のない光が浮かんだ。
「含有量はいったいどの程度を考えているのかね。まさか、元にした金貨に倣って純銀ではあるまい」
「硬度の問題もありますからね。実際にどういった割り金を用いて合金とするか、今の時点で考えはありますが――もちろん、この場でお話しするつもりはありません」
「まあ、そうだろうな。だが、実際にその銀貨を作る時には我々に教えてもらえるのだろうね」
「それはもちろん。この銀貨は、“この街の銀貨”なのですから。この場にいる皆様に信用していただけないのであれば、なんの価値もありません」
それに、とルクレティアは続けた。
「問題は他にもあります。こちらの一枚、意匠も可能な限り件の竜金貨に近づけてはいますが、これを仕上げるのには非常に手間暇がかかっています。同じやり方で大量の銀貨をつくるというのは難しいでしょう。しかし、竜金貨の亜種を目指している以上、まったく同一のものを量産することは不可能とはいえ、それに近い努力は必要です。今までにない鋳貨手法が必要です」
「その口振りでは、そちらについてもなにか考えがあるようだが?」
「もちろん、なんの思い当たりもなければ、このような提案はいたしません」
「いや。それ以前に、そもそも財源はどうなる」
他の商人が口を挟んだ。
「領主様が後ろ盾になってくださるのはわかったが、その『銀行』とやらは我々の商いの保証をしてくれるんだろう。その上、新しい貨幣を作るだって? そんなものに使うだけの銀地金をどうやって仕入れるというんだ。領主様は確か銀山を所有されていたと思うが、果たしてそこだけの産出量で足りるのか? それとも市場に流れているレスルート貨を買い集めるのか? だが、貨幣としての価値はなくなりかけているとはいえ、少し前まで借金にあえいでいた領主様に、それほどの余裕があるとは思えないが……」
「決まっている。“我々の貨幣”だよ」
ウォーレンが言った。
「我々はほとんど通貨としての価値を失いつつある貨幣を銀行に預け、代わりに一定の価値を保証した手形を受け取る。その預けられた大量の貨幣こそが、新しい銀貨の材料となるわけだ」
「その通りです」
ルクレティアは頷いた。
「他にも、公的な借用書として債券を発行いたします。何度も申し上げている通り、ひとまず先決なのはこの市場の混乱を収めること。不安定な貨幣の代替手段として緊急的に手形を利用することで市場の安定を図るとともに、新貨幣の準備を整えます。さらには、もう一つ」
「もう一つ?」
「はい。この街、いえ、この国にはもう一つ、大量の顧客として成り得る職業の方々がいらっしゃるでしょう」
怪訝そうに男達が顔をしかめる。
はっとしたウォーレンが、呻くように告げた。
「――“冒険者”だな」
「左様です」
ルクレティアは優雅に頷いて、
「日々を危険に過ごし、いつ死ぬとも知れぬ冒険者達。彼らは日頃から、財産の保管に苦慮しています。ある程度、名の知れた冒険者ともなれば拠点を持ち、懇意の宿や商店に預けることも可能でしょうが、圧倒的にその数は少ない。銀行は、そうした彼らの安全な財産保管先として有用です」
何人かから唸り声があがった。
冒険者から財産を預かり、その際に預かり代と称して手間賃を徴収する手口はすでに存在している。
精霊の教えに反するものとしてあまり公言できないだけだった。
「そ、それは困る!」
声を荒らげたのはこの街にあるギルドのなかでももっとも歴史が古く、元始的な意味合いの組織を束ねる男だった。
ギルド、あるいは冒険者ギルドと呼ばれる。
「冒険者達の財産を預かることは、昔から我々が責任をもってやってきた。それをとりあげるようなことは止めて欲しい!」
悲鳴のような声で訴える男に、周囲から冷ややかな視線が飛ぶ。
ギルド制が成立してから時が経ち、都市ではその大型化と専業化が進んでいる。
メジハのような田舎町はともかく、ギーツ程の街ではすでに複数のギルドが存在していた。
商人ギルドや職人ギルド。
それらの成立に伴い、冒険者も人脈や得意分野を頼りにそちらに雇用されるケースが増えている。
ギーツにおける昔ながらの“冒険者ギルド”は、いわば死に体に近かった。
そうした事情はルクレティアも承知している。
優しげな口調で彼女は告げた。
「存じております。ですが、そろそろ違う道を進まれてもよろしいのではありませんか?」
「我々に廃業しろと言うのか!」
ルクレティアはにこりとして、
「違います」
きょとんとする男に告げる。
「少しでも生き永らえるためにコソコソと行うくらいなら、いっそのことそちらを看板にしてはどうかと申し上げているのです。最初に申し上げたはずです。ギルドを活用すべきだ、と。――ギルドがあるのは、この街だけではありませんでしょう?」
「――以上が私からの提案になります。皆様からの賛同をいただければと思いますが、如何でしょうか」
ルクレティアが口を閉ざすと、集まった男達は一斉に疲れ切ったようなため息を漏らした。
「……正直、俺なんかには突拍子がなさすぎてよくわからんかった部分もある」
重々しく口を開いたのはヤコブだった。
「だが、今のこの状況が不味いってことは確かだ。鍛冶をやろうにも、材料が手に入らないんじゃどうしようもねえからな。だから、俺は賛成するぜ」
顔役であるヤコブがそう表明すると、他の職人達も次々に賛意を示してくる。
ルクレティアはもう一方の集団に視線を向けた。
そこに居並んだ商人達は、全員が職人達より気難しい表情に顔をしかめ、沈黙している。
ルクレティアはその一人、商人達の顔役であるウォーレンへと目線を見据えた。
視線を向けられたウォーレンはじっと天井の一点を見つめるようにしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「――私は反対だ」
重々しく続ける。
「……だが、条件次第で賛成してもよいと思っている」
「その条件とは?」
「これは、この街の将来を左右する重大な事業だ。ルクレティアさん、貴女のアイデアには賞賛する。だが、不安に思うのは――この事業をいったい誰が統括するのか、という点だ」
老いてはいるが凄みのある眼差しで、
「本来なら、発案者であるルクレティアさんに仕切ってもらうのが一番だろうが、これはこの街の問題だ。であれば、この街に深く関わりある者が統括する、というのが筋ではないか」
ルクレティアはすっと目を細めた。
「――つまり、自分に仕切らせろ、と?」
「別に私とは言っていない」
ウォーレンは老練な商人らしい曖昧な表情を浮かべて、
「もっと適任者がいるかもしれない。あるいは、後ろ盾である領主様こそ、その責にふさわしいのではないかな。貴方は、どのように思われますかな?」
水を向けられたのは、これまで沈黙を保っていたジクバールだった。
目を閉じ、一人の世界に入っていたかのようだった歴戦の傭兵長は、ゆっくりと瞼を持ち上げると、周囲を睥睨するように見回してから、最後にルクレティアへと目線を向けた。
わずかな沈黙のあと、
「……事は、街の興亡に関わる。領主様、そしてご子息のノイエン様は、この街が安寧に、そして穏やかに発展できることを望まれています。責任者には、それが能う人物に就いていただきたい。必ずしも発案者がその責にあるべき、とは思いませんな」
発言を聞いたウォーレンが喜色を浮かべた。
「まさしくお言葉の通り。どうだろうか、事業責任者はそういった観点も含め、この場にいる総意を以って選出するというのは。無論、“メジハからいらっしゃった”ルクレティアさんには、アドバイザーとして相応に責任ある立場についていただこうではないか」
次々に商人達から賛同の声が上がった。誰も彼も欲に頬が緩んでいる。
一方、眉を吊り上げて怒気を現したのはディルクだった。
「お待ちください……!」
怒りの表情で声を荒らげようとする若い商人に、ルクレティアは手を差し上げてそれを制止した。
静かに口を開く。
「私はそれでかまいません」
意外な一言に、ディルクばかりかウォーレン達まで虚を突かれたような表情を浮かべる。
「ルクレティア様! なにを、」
「別にかまいませんわ。確かに、この街で行われる事業なのですから、この街の方が統括なさるべき、という意見には一理あります」
「おお、なんと聡明な。それでは、」
「ただし」
ルクレティアは続けた。
その表情には怒りやそれに類するものは何一つとして浮かんでいない。
むしろ穏やかですらあった。
ただし――瞳には極寒のように苛烈な輝きが灯っている。
視線をディルクに向けて、
「例の物を。それと、硬い槌はありますか?」
「……は? いえ、すぐにお持ちします」
戸惑いながら頷いたディルクが退出し、戻ってきた時には彼は台車を押していた。
小さくない箱が置かれてある。
その横には小ぶりな鉄槌が添えらえていた。
いったい何事が始まるのかと怪訝な顔つきの男達に、ルクレティアは優雅な動作で席を立つと、中央に運ばれた台車に向かい、槌を拾った。
ゆっくりと歩き出し、一人の男の元へと近づく。
思わず椅子を引いて逃げ出しかける男の手前で、その机の上に置かれた真新しい銀貨を手にした。
「――ただし。先ほど、お伝えするのを忘れていたことですが……この事業には、一つ、大きなリスクが存在します」
「……リスク?」
「ええ。見てお分かりの通り、この銀貨は竜金貨を模倣しています。無論、当の黄金竜は預かり知らぬところで、その意匠を勝手に流用しているわけです」
肩をすくめて、
「竜という生き物には大らかなところがあります。人間のような下等な生き物がなにをしようが、たいていは気にも留めないでしょう。ただし、同時に彼らはひどく誇り高い生き物でもあります。たとえば、自分の姿が描かれたなにかを傷つけられることを、竜が喜ぶでしょうか?」
銀貨を持ち上げる。
そこに彫られた若い黄金竜の雄大な姿を見せつけるようにして、
「この竜銀貨は“不壊”ではありません。流通に足る質のものが量産出来るまで、試作のものは何度も作り直さなければならないでしょう。実際に流通が始まってからも、摩耗したものや、出来の悪いものは回収しなければなりません。そしてまた作り直すのです。その度に、“竜の貌を叩き潰し”て」
はっ、と男達が息を呑んだ。
全員の視線が銀貨に注目する。
それを机上に戻して、
「質の悪い硬貨を流す。回収した硬貨を鋳潰す。それらは全て、この事業を統括する立場の人物が担うべき責任となるでしょう。――このように」
言って、ルクレティアは机の銀貨に向かって手にした槌を振り下ろした。
重く、鈍い音が響き、びくりと男達が竦み上がる。
槌を脇に置き、改めて掲げて見せる。
銀貨は雄大な竜の意匠がへこみ、傷ついてしまっていた。
「――自身の全てをかけて、それが能うというのでしたら。その方が事業をまとめられることに私は反対いたしません」
ルクレティアが周囲を見渡すと、男達は怯えるように顔を伏せた。
ウォーレンと目が合う。
脂汗を浮かべた老齢の商人は表情をひきつらせ、息を喘ぐようにかすれた声で告げた。
「……その役を負える方は、貴女以外におりますまい」
「それはどうもありがとうございます」
ルクレティアは冷笑で答えた。
ああ、と思い出したように続ける。
「そういえば、忘れていたことがもう一つ。ディルクさん、皆様に見せて差し上げてください」
「はい」
台車に近づいたディルクが箱を開ける。
その中身を見た男達は、今度こそ完全に声を失った。
箱からは昼間の太陽にも似た輝きが溢れている。
そこにぎっしりと詰められているのは、無数の金貨だった。しかもただの金貨ではない。
「銀行を開くにあたり、出資者としてこちらの竜金貨を供出いたします。皆様から貨幣を集めるにせよ、預かるにせよ、基本的な信用の基は必要でしょうからね。――これで、信任していただけますかしら?」
からかうような問いかけに、言葉を返せる男は一人もいなかった。
◇
「……本当に、よかったのでしょうか」
数日後。
旅の準備を整えた馬車の前で、ディルクが苦悩の表情を浮かべていた。
「あら、なにがでしょう?」
訊ねるルクレティアに苦笑を浮かべて、
「銀行のことです。私などが、とんでもない立場に指名していただいて。困惑しています」
「よろしいではありませんか」
ルクレティアは、あっさりと頷いてみせた。
「ひとまず、私が準備責任者という立場になりましたが、街の方々にも全てを好き勝手にさせるつもりはないのでしょう。元バーデンゲンの人間であるディルクさんであれば、今までの付き合いもあり、文句を言いやすい――しがらみという奴ですね」
それよりも、と続ける。
「バーデンゲン商会を辞めていただかなくてはならなくなったことの方が、私は申し訳なく思っています。必要なこととはいえ、すみませんでした」
「いえ、それは。私が決めたことですから」
ディルクは表情を引き締めた。
「――正直、身が震えるほど嬉しくはあるのです。銀行。この街、そしてこの街から世界へ。ルクレティアのなされようとしていることは、それだけの価値があることだと思いますので」
ルクレティアは男を見返し、目線を伏せ、小さく肩をすくめた。
「竜の貌を叩き潰すことになりますけれどね」
ディルクが大きな苦笑を浮かべた。
「そちらについては是非、ルクレティア様にお願いできればと」
「でも、良かったの?」
心配そうにカーラが口を開いた。
「カーラ、貴女はいったいなんのことですか?」
「ほら、あの銀貨。あれって、この街の職人さんが作ってくれたんでしょう? それを叩き潰しちゃって、怒られない?」
「問題ありません。元から、そのように扱うことを伝えてありましたから」
カーラが目を丸めた。
ディルクも驚きに目を見開いている。
「最初から、ああするつもりだったの!?」
「商人というのは度し難く欲深い生き物です。銀行などという今までにない事業の可能性を提示すれば、必ず自分達に甘い蜜を吸わせろと言い出すに決まっていますからね。浮かれきった頭に現実を思い知らせるのには、この程度のデモンストレーションは必要でしょう」
「……職人さん、納得してくれた?」
「それはもう大変に嫌そうな顔をされましたわ」
ルクレティアは肩をすくめた。
「しかし、納得はしていただきました。この銀貨がもたらす意味を理解してもらえたのでしょう」
「そうなの?」
「ええ。職人もまた、業が深いものです」
「……どういうこと?」
「さあ、どうでしょうね」
カーラが不満そうに頬をふくらませた。
「ルクレティアって、いっつも秘密主義だよね!」
「そんなことはありませんわ」
言って、その隣に視線を向ける。
レスルート国の元王女ユスティスは、先日の会合以来、ずっとなにかを考え込んだ表情を続けていた。視線に気づき、顔を上げる。
「私とカーラはこれからメジハに戻ります。……ユスティス、貴女はどうしますか」
ルクレティアは静かに訊ねた。
ユスティスはわずかに眉を寄せて、
「――まだ、よくわからないの。お姉さまがおっしゃった言葉の意味」
だから、と続けた。
「私も戻ります。メジハに。ちゃんとわかってから、決めたいから。……いいかしら?」
「好きになさい」
ルクレティアは淡泊に頷き、視線を若い商人へ移した。
「それでは、ディルクさん。まだまだ準備はこれからですが、一度、町に戻らせていただきます。ご面倒をかけますが、よろしくお願いします」
「それは、もちろんかまわないのですが……」
困惑したようにディルクは頭を振って、
「私からも一つ、お聞きしてよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「ルクレティア様は、銀行を開かれてからも、やはりメジハに留まられるお考えなのでしょうか」
「ええ、そのつもりです」
「……銀行を差配するには、ギーツにいらっしゃった方がよろしいのではないでしょうか。なにか不測の事態が起こらないとも限りません。それに、街にいらっしゃれば、余所者が云々などといういちゃもんを受けることもなかったはずです」
「もちろん、こちらには何度も伺うことになるかと思います。しかし、私はこの街に居続けない方がよろしいのです」
ディルクが眉をひそめた。
「それは。――やはり、なにか深慮遠謀がおありなのですね」
窺うような眼差しを向けられて、ルクレティアは至極あっさりと頷いてみせた。
「もちろん、あります」
ごくり、と若い商人が唾を呑み込んだ。
「よろしければ、私にそれをお教えいただくわけには参りませんでしょうか。いえ、もし可能であればですが」
「別にかまいませんわよ」
ルクレティアは頷く。
目を閉じ、逡巡するような数秒を数えてから、
「……実は」
形の良い唇を動かす。
緊張をみなぎらせて待ち構えるディルク。
カーラとユスティスもつられて真剣な表情になっている。
もったいつけるように息を整え、とっておきの秘密を明かすように厳かな口調で、彼女は告げた。
「実は――あの町には、私のおとこがおりますの」




