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スライムなダンジョンの閑話集  作者: 再藤
また始まる前の、後日談
32/35

「甘い囁き」⑥

 議場として準備された大部屋は、ほとんど剣呑にも近い気配に満ちていた。


 ずらりと居並ぶ顔ぶれはいずれもギーツの顔役とされる人々で、ちらほらと商人以外の姿もある。

 街を治める領主、ゼベール・フォン・ノイテット二世の代理として、その腹心であるジクバールの姿もあった。


 視線を向けると、厳かな顔つきでわずかに顎を引いてみせる相手に目礼だけを返して、ルクレティアは用意された席に向かった。


 席は議場正面に用意されていた。

 席に着き、その左右にやや気後れした様子のカーラとユスティスが腰を下ろすのを待ってから、彼女は口を開いた。


「本日はお忙しいところ、ありがとうございます。こちらにいらっしゃるのはいつもお世話になっている方々ばかりではございますが、改めて名乗らせていただきます。メジハから参りました、ルクレティア・イミテーゼルと申します」


 典雅な発音で挨拶する。


 取り囲むように座席する人々は、全員が倍以上の年齢の男達ばかりだが、自分の娘のような年頃の相手が当然のような態度で会合の口火を切ることに文句を言う人物はいなかった。

 ギーツの財政を立て直す際、その協力と調整のために街の有力者達とは何度も顔を合わせていたからだった。


 先日あったハシーナの件以降、彼女は領主ゼベールの相談役だと見られている。

 しかし、その時の話し合いでは全てが穏便に済んだわけではなかったから、今も声こそあげないものの、不満そうな顔を隠そうとしない相手も少なくはなかった。


「ルクレティアさん、挨拶はいいさ。そんで、今日はいったいなんの用件だい? 皆、このところの騒動で商売あがったりだ。本当なら、こんなところに座ってる時間も惜しくてたまんねえんだがな」


 丸太のように太い腕を組んだ大柄な人物が、ぶすりとした表情で言った。

 街で鍛冶屋をしているヤコブという男で、職人達のあいだでまとめ役になっている人物だった。


「おっしゃる通りですわね。さっそくお話を始めさせていただこうと思います。が、」


 ルクレティアは小首をかしげてみせた。


「どうしてもお忙しいということでしたら、無理強いはいたしません。私としても皆様の貴重なお時間を束縛することは心苦しくありますし、どうぞお店にお戻りいただいても結構です」


 ヤコブがじろりとした眼差しを向ける。

 平然としてそれを見返すルクレティアに、男が相好を崩した。


「そうイジめんでくれ。今のは一応、言っとかねえとってだけだ。建前だよ、建前」


 苦笑いを浮かべて、ぐるりと場の一同を見渡す。


「ここにいる連中全員、自分達じゃあどうにもならないなんてことは百も承知さ。一日中、店に座ってようが、血相変えて街中を駆け回ろうが事態は改善しねえ。なにしろこの一月、足掻けるだけ足掻いて来たんだからな。この糞ったれな状態をどうにか出来る考えがあるってんなら、金を払ってでも聞きてえとも。糞みたいなカネでよければだがね。なあ、そうだろう?」


 声をかけられた男達はみな、苦み走った表情でむっつりと口を閉ざしていた。


「――と、いうわけだ。さ、早いとこ始めてくんな」


 男が大げさに両腕を広げてみせた。


 街の顔役の一人であるヤコブがそう言った以上、もしもルクレティアの仕切りに不満がある者がいたとしても今更それを口にしづらい。

 進行を後押しされた格好だが、ルクレティアは相手の意図を誤解しなかった。

 頼んだわけでもないし、自発的な厚意でもない。


 ルクレティアが目線を向けると、男はさっさとやれ、と顎を突き出してくる。

 お手並み拝見、と言いたげな表情だった。


「それでは、さっそく本題に入らせていただきます。今日、この場に集まっていただいたのは、皆様が頭を痛めていらっしゃる問題についてお話ししたいからです。貨幣と、商い。そこから付随する諸問題について」


 場にいる男達に向かって、簡潔に告げた。


「それらを解決する手立てについて、私からご提案があります」


 それを聞いてすぐに喜色を浮かべるような人物はさすがにいない。

 慎重に、あるいは疑わしげに眉をひそめている男達を代表して、ヤコブが口を開いた。


「そりゃ凄い。是非ともご教示いただきたいね」


 だが、と続ける。


「その前に確認なんだが。その話ってのは、今この場が、本当に“初めて”お披露目される話なんだろうな?」


 反対側に腰を下ろす男達に視線を投げかけて、


「まさか、あっちの連中にはもう根回し済み――だなんて、そんな話だったりはしねえよな、ルクレティアさんよ」


 言葉に含まれた毒に反応して、室内のあちこちからざわめきが起こった。


 集団が形成されれば派閥と対立が生まれる。

 ギーツという街において、たとえばそれは商人と職人のあいだで顕著だった。

 売るものと作るもの。

 両者の関係は深く、同時にそこにある溝も深い。


「安心してくれていい。この話し合いがいったいなんのためのものか、我々も知らない」


 応じたのはヤコブと反対側の席に座った初老の男だった。

 商人側の顔を務める人物で、ウォーレンと言った。

 品よく整えられた顎髭を撫でながら、もっとも、と意味ありげな視線を流して、


「バーデンゲンではなにか知っているかもしれないが。少なくとも、我々は初耳だよ」

「なるほどねぇ」


 街を代表する二人から視線を向けられて、当のバーデンゲン商会の人間が身体を縮めている。

 小国の地方の街とはいえ、一つの支店を経営するのだから無能なはずがなかったが、青ざめた表情からは器の小ささが窺えた。今も冷や汗を流しつつ、隣に座るディルクに責めるような目つきでなにかを促している。


「我々はルクレティア様からの要請を受けて、この場を設けたに過ぎません。内容についてはあずかり知らぬところです」

「どうだか」


 からかうような表情を向けたヤコブが笑う。目は笑っていなかった。


「アカデミーだったか? お宅ら、魔物との商売をコソコソ始めてたんだろ? つまりだ、今この街がこんな風になってる責任はあんたらにあるんじゃねえのか?」

「それは――」


 言い淀むディルクに周囲から針の視線が飛ぶ。

 若い商人が弁解を続ける前に、ルクレティアが口を開いた。


「そうではありません」

「なにが違う? ああ、そうかい。話を企んだのはあんただって話だったな。ルクレティアさんよ」

「その通りです。しかし、アカデミーとの貿易はこの街の領主であるゼベール様から許可をいただいた上でのこと。話が通じ、然るべき約束事を取り交わせるのなら、それと商わない理由がございません」


 商人達の並ぶ机へ静かな目線を向けて、


「実際、アカデミーの使いがこの街を訪れて、秘密裏だった魔物との取引が明るみに出てからは、他の商人方もむしろ率先して新しい商いに精を出されているではありませんか」


 男達は苦い顔のまま沈黙している。


「確かにな。まったく節操のねえことだよ」

「そうでしょうか?」


 ルクレティアは、今度は嘲るような表情を浮かべる職人達を一瞥した。


「より良い物を選び、売買することは商売の基本でしょう。それは職人方にとっても同じ道理のはずですが」


 冷ややかな言葉の裏に隠された意味を嗅ぎ取ったヤコブが顔をしかめた。


「なんだそりゃ。質が悪いから俺達のモノが売れないって言いてえわけか?」

「将来、そうなる可能性も考えられないというのなら、いずれ現実はその姿をとって貴方がたの前に現れるでしょうね」


 不快そうに沈黙する職人達へ、ルクレティアはにこりと暖かみのない笑みを浮かべてみせた。


「そろそろ本題をお話しさせていただいても?」

「……かまわねえよ」

「始めてもらおう」


 ヤコブとウォーレンが同意する。

 二人とも、表情に反感を持っていることがありありとしていた。

 その他の商人、職人達も同じように不満げな態度を露わにしている。


 室内に渦を巻く悪意をものともしない態度で、ルクレティアは口を開いた。


「今回の騒動の根幹にあるものは二つ。信用と、貨幣です。騒動の要因としては三つが挙げられます。一つが竜金貨。二つ目は、魔物との商いが解禁されたこと」


 説明に、男達は黙って聞き入っている。


「黄金竜がばら撒いた竜金貨がただ一時の混乱を巻き起こしただけであれば、それまでのことですが、そうではありません。“竜”という価値を持ち、“貨幣”としての形状を持ち、“無壊”という性質を伴う。言語を介さない間にさえ価値観を共有させるだけの代物は、既存の経済域を一気に広げました。――魔物との取引。ご存知の通り、その可能性については、バーデンゲン商会とアカデミーという魔物達の共同体のあいだで密かに試行されていたことではあります。そして、何故それを公にしていなかったかという理由も、今ならおわかりでしょう」

「魔物との取引の可能性。その可能性は、あまりに巨大すぎるのです。人間種族がこの大陸で勢力を誇るのはせいぜい四半分の一にも足りません。残る大地には未開と、数多の魔物達。そしてその数と同じだけの価値観が幅を利かせています。それらと無制限に関係を繋いでしまうことがいったいなにを意味するのか。混乱。この一言に尽きます。ですから、まずは窓口としてアカデミーと極秘の商取引を行い、徐々にその道筋を探っていくべきだと考えたのです。もちろん、その上で自分達も十分に甘い蜜を吸うつもりでいたわけですが――それが台無しになってしまって、バーデンゲン商会の方々にはお気の毒でした」


 失笑が起こった。

 ますます居心地が悪そうな責任者の隣で、ディルクが苦笑を浮かべている。


「しかし、過ぎたことは過ぎたこと。晴れて解禁となった魔物との取引は、予想通りに大問題を引き起こしているわけですが、問題はこの騒動が収まる兆しが見えないことです。その理由が、要因の三つ目。この街の――この国の惨状です」


 ぴたりと笑い声が止んだ。


「百年前の魔王災後、レスルート王家の支配が既に形骸と化していることは皆様も承知のことでしょう。ギルド制という名目で領内の防衛義務を放棄した時点で、この国は国としての形を成していないのです。今、この国が大国同士のはざまでかろうじて昔の名前とその在り方を続けていられるのは、単純に地政的な魅力に乏しいから。そして、人間同士の戦争を禁ずる多国間条約に護られていたからに過ぎません」

「この国がとっくに終わってる、なんてことは誰だってわかってる」


 唸るようにヤコブが言った。


「この国の連中を生き残らせてるのは、王家じゃねえ。俺達だ。別に職人がって言いたいわけじゃねえ。ここに雁首並べた商人連中や、胡散臭え冒険者どもだって挙げてやったっていい。つまりは、“ギルド”だ」

「その通りです」


 ルクレティアは薄く微笑んだ。


「この国にあるものはギルドだけ、と言ってもかまいません。ですから、今度の騒動を解決するためにもそれを活用するしかありません」

「少しは面白そうに聞こえてきたな。それで、いったい俺達になにをやらせたいってんだ?」


 身を乗り出すようなヤコブ以外にも、瞳に興味深そうな光が浮かんでいる。

 ルクレティアは頷いて、


「申し上げた通り、今回の騒動を大きくした要因は三つ。そして、それらの根幹にある単語は二つです。“信用”と“貨幣”。この騒動を収めるということは、この二つの問題を解決するということに他なりません」

「カネならあるぜ。地金以上の値にはなりそうもないが。いっそ鋳潰してくれって持ち込まれることもあるくらいだからな」

「賢明かもしれませんわね」

「……なんだと?」

「貨幣はそこに含まれる金銀としての価値を保証しますが、貴金属の価値が急激に上昇した場合、一時的な乖離が発生する事態は十分に考えられるはずです」

「金属の価値が上がる? そりゃいったいどうしてだ」

「簡単な理屈です」


 ルクレティアは肩をすくめた。


「竜金貨によって、この世界は一個の混沌とした経済圏として成り代わりましたが、そこで信用されている通貨は、竜金貨のみ。それは壊れることも、摩耗することもありませんが、代わりに増えることもありません。――また盛大にばら撒かれるようなことがない限り。つまり、市場の巨大さに比べて、通貨量が絶対的に不足しているのです」

「連中が例の金貨を欲しがってるのは確かだが、人間の通貨でも取引をしてくれないわけじゃないんじゃねえのか?」


 ヤコブから目線を向けられたウォーレンが苦々しく顎を引いて、


「……取引そのものは可能だ。だが、それはひどく不利なレートと言わざるを得ない。地金か、あるいはそれ以下ということもある」

「んな馬鹿な話があるか?」


 唖然とするヤコブに、ルクレティアは静かに補足する。


「魔物達は、竜金貨以外の貨幣に通貨としての価値を認めていません。そうして、ほとんど地金のような形で、金銀が流出していく。結果、こちらの市場では金や銀が不足することになります。そして、」

「――値上がりする。糞ったれ、そういうわけか」


 吐き出すようにヤコブが言った。

 商人達を睨みつけて、


「てめえら、一体なにやってやがる。自分達で自分の首を絞めてやがるんじゃねえか!」

「物がないなら、髙くでも買わなければ仕方ないだろう!」

「モノならあるだろうが! 毎日、露店でどれだけ売れ残って腐っていってるのか知らねえのか!?」

「知っているとも! だが、売れないのだから仕方ないだろう! なんなら貴様が買ってやれ! そうすりゃ少しはまともに経済が回るようになる!」

「なんだと!」

「――お静かに」


 激昂する両者に冷ややかな声を浴びせてから、ルクレティアはゆっくりと豪奢な金髪を振った。


「物があるのに売れない。あるいは、売れれば売れるほど飢えてしまう。絡みきった糸を断ち切るためには相応に強力な手段が必要です。そして、国にそれを求められないのなら、自分達でやるしかありません。さしあたって、通貨不足への対抗策が早急に必要でしょう。今の時点では、金銀の流出は止められません。通貨としての価値を失ったレスルート貨に変わる貨幣。あるいは、貨幣の代わりとなるもの」


 そこで言葉を切り、ルクレティアは一同の顔を見回した。

 視線を止める。

 その先にいたウォーレンが重々しく息を吐き、


「為替か」


 呟くように言う。


 ルクレティアは頷いた。


「その通りです」


 ヤコブが怪訝そうに首を捻った。


「……為替? なんだそりゃ」

「手形とも言います。ヤコブさん、貴方もツケで飲み食いしたことがあるでしょう。あるいは、そうした売り買いの経験も」

「そりゃまあ、あるが」

「それに似たようなものです。相手への信用を担保として、現金を介しない取引を行うこと。遠隔地同士の商取引では、最近よく行われている代物です」

「その為替ってやつで、問題が解決するってのか?」

「まずは市場の安定こそが急務です。生活通貨がその価値を失っている現在、その代替物として為替を取引する。ツケで飲み食いし、一筆をしたためる。借用書を書く。個人同士ではよくあることですが、これをもっと大々的に、公的に行おうというのです。それにはもちろん、信用が必要です。貨幣の代わりに書面をもって扱う。貨幣であれば地金としての価値がそれを最低限、担保しますが、書面ではただの紙切れになる恐れがありますからね」

「それで、その信任を我々に求めようという話か」

「その通りです」


 ルクレティアはにこりとして、始まりから一貫して黙している人物に視線を向けた。


「貨幣を代替する保証機関。それについては、既に領主様にお話を通してあります。ただの紙面を保証とするためには、まずそのための財源が必要ですから。市場の混乱を収めるためならと、後ろ盾になっていただけるお返事をいただいております」


 男達から視線を浴びたジクバールが目前と頷くと、おお、と声が起こる。

 顎に手を当てたヤコブが、


「……つまり、材料を買う金がない時なんかに、一筆書いておけば、金がなくとも材料が手に入るってわけか。そんで、品物を売ってからその代金を支払う。それを領主様が保証してくれるってわけかい。そいつはありがたい話だが」


 戸惑うように男は頭を振った。


「そんなこと、出来んのかね。絶対に踏み倒す奴が出てくると思うが」

「もちろん、そうでしょうね」


 ルクレティアはあっさり頷いて、


「そのために、保証する際には期間や限度を設けます。約束を守れなかった相手には、恐らくそれ以降の機会は訪れないでしょう。酒場でツケを踏み倒していれば、そのうち店から叩きだされるものではありませんか?」

「なるほど。そりゃそうだ」


 ヤコブが苦笑する。


「……それだけではないな」


 ウォーレンが口を開いた。


「遠隔地との信用取引では、期間を過ぎ、約束を違えた相手に罰則を求めるのが通例だ。違約金。あるいは利子。そうでなければ、この取引は成り立たない」

「その通りです」


 初老の商人の鋭い眼差しがルクレティアを捉えた。


「確かに為替による商取引は既にある。だが、それはあくまで副次的な、補助的なものだ。だが、ルクレティアさん。貴女は今、それを主体的に行う機関をつくると言った。それは今までの商売とは一線を画するものだ。物をつくるのでも、物を売るのでもない。――“金を売る商売”だ」

「そうなります」


 ルクレティアは静かに頷いた。


「金を売る? つまり、金貸しってことか? そいつは――」


 ヤコブが顔をしかめた。

 周囲にも戸惑いに似た空気が生まれている。


「……皆さんが戸惑われる理由はわかります」


 周囲に流れる空気を乱さないよう、ルクレティアは静かに告げた。


「遥か昔、我々に文化を与えたと伝わる賢人族、エルフ達は貨幣を用いません。我々がそれを扱うことも好まず、それはエルフ達の教えが元になっている精霊教でもそうです。習慣としての忌避。だからこそ、為替やそれに類する取引は今まで決しておおっぴらに扱われることはありませんでした」


 ですが、と続ける。


「遠くない未来、そうした事態は過去のものになってしまうでしょう」

「そう考える理由は?」

「何故なら。魔物達は、精霊の教えなど気にしないでしょうから」


 ああ、と呻きに近い声が漏れた。


「……貨幣を得た魔物達の中から、必ず為替取引に気づく者もいるはずです。そして、彼らが我々のように精霊やエルフに気を遣う理由がありません。重たい金貨や銀貨を大量に持ち運ぶより、為替による取引は遥かに迅速な商いを可能にします。そこで遅れをとることがどんな結末へと結びつくか。手を招いているうちに、我々は市場の全てを魔物達に牛耳られてしまうかもしれません」


 重苦しい空気が室内を支配する。


 やがて、


「……“信用”と“貨幣”。それに対する貴女の回答がこれか」

「いいえ。これだけでは不足しています」


 ウォーレンの言葉にルクレティアは頭を振って、


「市場の安定のためにはまず貨幣の代替物を保証することが重要ですが、もう一つ必要なものがあります。貨幣としての信用を失った既存の貨幣に代わる、信用に足る通貨。新しい通貨幣を流通させなければなりません」

「竜の金貨がそれなんじゃあねえのか?」

「数が足りなすぎます。竜金貨は摩耗も損なわれることもない代わり、増えることもありません。あの代物は、基準とする貨幣としてはまさに理想通りの存在ですが、理想でしかありません。現実の生活通貨にはもっと数が多く、必要に応じてそれを調整し、さらにはもう少し手頃な価値のものが必要になるはずです」

「確かに、純金ではな。自分達で真似ようにも強度の問題がある。できれば銀貨あたりで欲しいが」

「はい。たとえば、このように」


 ルクレティアは懐から一枚を取り出した。

 列の端から流して見せる。

 興味深そうにそれを掌に乗せた男達から次々に驚愕の声があがった。


「これは――」


 見事な意匠を施された硬貨には、表には若い竜の姿があり、裏面には冴えない風貌の肖像が彫られている。

 世界中を混乱に陥れている件の竜金貨と寸分違わない細工で、ただ一点、その輝きの色だけが違っていた。


「今回の騒動の引き金となった黄金竜の名前から、仮にこれをストロフライ銀貨とでも名付けることにいたしましょう」


 驚きの様子を隠せない男達に、ルクレティアは淡々と告げた。


「公的な保証機関として価値を担保するとともに、“銀”による取引を執り“行”うことで、市場の安定と発展を図る――私はこの街に、『銀行』の設立を提言いたします」



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