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スライムなダンジョンの閑話集  作者: 再藤
また始まる前の、後日談
21/35

「真白い想い」⑤

 耳に痛いほどの沈黙。

 真っ白い地面に同化するように倒れていたスケルはその場の雰囲気にいたたまれなくなり、おずおずと口を開いた。


「ストロフライさんっ、いったいこれは、」

「ん?」


 黄金竜の少女がきょとんと瞬きする。


「だから、言ったじゃん。手伝ってあげるって」

「それは聞きましたが! それでなんでこんな事態になっているかわからないと言いますか、もうなにがわからないのかさえわからなすぎませんか!」

「えー、どうしてー?」


 ストロフライが不思議そうに、


「スケルちゃん、マギちゃんのことが欲しいんでしょう? だったら、堂々と奪えばいいんだよ。それだけの話じゃないっ。それとも――“誰か”がいない時にしか手出しできない? そういうの、あたしは好きじゃないなー」

「っ、それは、」


 虹彩の細まった眼差しに見据えられ、スケルは思わず言葉を失った。


 にこりと微笑んだ竜少女が、


「だから、こういうのは正々堂々やるのが一番! 勝てばそのままマギちゃんげっとだぜ! ほら、万事オーケイでしょっ」

「……すみません。こちらはまったく話が見えないのですが」


 口を挟んだのはルクレティアだった。

 馬車から降りて、事態が掴めずに硬直していた令嬢は、豪奢な金髪を揺らして物怖じしない眼差しを竜へと投げかけると、


「私共はギーツの街まで向かっていたところなのですけれど、いったい何故こんなことに巻き込まれているのでしょう」

「だって、競争するんなら相手が必要でしょー? だいじょぶ、だいじょぶ。どっか行く途中だったんなら、あとであたしが馬車ごと送ったげるからっ」


 あっさりと言われてしまい、令嬢はため息を吐いた。


「とんだ茶番ですこと」


 周囲に視線を転じる。

 魚人族、妖精族、蜥蜴人の若手と、自分達に関わりのある相手が勢ぞろいしているのを確認するようにして、最後に巨人を見上げた。自分も困惑した表情で右手にに男を握っている巨人を何とも言えない表情で見つめてから、


「――まあ、あれはともかく」

「あれってなんだよ!」


 高々と持ち上げられた拳の掌中で、ぐったりとしていたマギが顔を跳ね上げた。


「ていうか、お前らまず俺の心配しろよ! さっきまでスライム達愛でタイムだったのになんでいきなり巨人に捕まってなきゃならんのだ! まずこっちの心配しろよ、助けろよ!」

「元気がいい景品だねー」

「今、景品と言い切りましたか!? 自分の好きな相手にあんな仕打ちをしておいてその台詞、さすがというかなんと言いますかっ」


 戦慄と共にスケルが呟くのを聞いたルクレティアが、すっと目を細めた。


「それで、ストロフライさん。これが茶番だということはわかりましたけれど、競争というのはいったいどういう内容になるのでしょう」

「意外とルクレティア、ノリ気?」


 苦笑するようにカーラが言う。

 令嬢は肩をすくめて、


「……どうせ参加しなければ済まないのなら、さっさと終わらすしかないでしょう」

「ふっふっふ、そのとーり! わかってるじゃないっ」


 ストロフライがにんまりと笑う。こほん、と息をついて、


「それじゃあゲームの説明! ルールは簡単っ。これから参加者には、マギちゃんに関する様々な質問に答えてもらいます。質問の内容は、たとえばーマギちゃんの好物とか。マギちゃんの好きなシチュエーションとか! つまり、どれだけマギちゃんの好みを把握してるかってこと。その回答に対して判定員がそれぞれ点数をだして、その合計点数が一番の人が優勝!」


 ちなみに、と黄金竜の少女は続けた。


「判定役は、マギちゃん本人にやってもらえばいいと思う!」


「あほかああああああああああああああああ!」


 巨人に掴まれたマギが絶叫した。


「なんで俺が! そんなこと、誰が勝っても地獄しか見えないじゃないか!」

「だいじょぶだってー」


 物凄い勢いで巨人の手のなかで暴れながら唱えられる異議を受け流して、ストロフライは周囲の女性陣に視線を投げかける。


「ね、大丈夫だよね?」


 その台詞は決して挑発的なものではなかったが、だからこそ周囲の反応は容易に定まらざるをえなかった。


「……よろしいでしょう。一度、はっきりと序列をつけておくというのも悪くはありませんわ」

「もう、ルクレティアったら」


 不敵に唇を吊り上げる令嬢の隣で、困ったようにカーラが眉をしかめている。


「お姉さまが参加されるのなら、私も参加しようかしら」


 頭を外しながらユスティスが言う。

 それを冷ややかに見たルクレティアが、


「勝手になさい」

「はい。そうします」


 頭を両手で抱えた元王女がにこやかに頷いた。


 少し離れたところでは、シィが仲間の妖精達からやんややんやと囲まれてなにかを囃し立てられていた。

 どうやら妖精代表としての争奪戦参加をせっつかれているらしい。


 その隣では、若い蜥蜴人達が無表情に互いの顔を見合わせていた。ちらちらと舌先を揺らしてなにかの意思疎通をかわしている。


「……隊長は参加しないんです?」

「……私達は裏方らしいぞ」


 魚人達の死んだような声を背後に聞きながら、スケルは頭を抱えた。


「ああぁあぁ、いったいどうしてこんなことに……」


 なにがいけなかったのか。

 どこから間違えてしまったのか。


 恐らくは竜を目の前にした時にすべては遅かったのだと思っても、今さらどうすることも出来ない。

 それどころか、本当の破滅はこれからだった。


「――それで、」


 ぽつりと。金髪の令嬢が口を開いた。


「ストロフライさんは、どうされるのですか?」


 ざわり、と周囲がざわめく。


 きょとんとした黄金竜の少女が、


「ん、あたし?」

「ええ。ストロフライさんは、この争奪戦とやらに参加されないのですか?」


 ざわざわざわ、と騒ぎ立つ。


 この場にいる誰もが目を見開き、禁句を口にした相手にほとんど恐れるような眼差しを向けていた。

 その只中で平然とした令嬢が、


「ご主人様を奪い争う茶番に、いったいどうしてストロフライさんは参加されないのでしょう」

「あはは。そんなの決まってるよー。だって、あたしが参加したらあたしが勝つに決まってるもの!」


 自分の絶対性を疑わない言葉。

 それを聞いたルクレティアが唇を吊り上げて、なにかを言いかけた。


「やめろー! それから先は言うな、それだけは言っちゃダメだー!」


 マギが遠くから必死に叫ぶが、当然のように聞き入れられない。


「いったい誰がそう決めたのです?」


 ――沈黙。


 くすり、と黄金竜が笑った。


「つまり――あたしに勝てるって?」

「貴女様の強大さは存じておりますわ、紛れもなくこの世界で唯一で、最強の。万物の頂点でいらっしゃいます」


 静かな言葉のなかに秘められた圧倒的な迫力に恐れる風もなく、令嬢は応える。


「しかしそれは、生まれながらに持った能力というだけのことでしょう。それで、特定の殿方に好かれるかどうかはまた別のはず。それすら力でどうこうされようというのでしたら、それだけのことですが」


 今度のそれは紛れもなく挑発でしかなかった。

 スケルをはじめ全員がこの場の破滅を悟ったに違いなかったが、竜少女の反応は意外なものだった。


「ふーん。ルクレティアちゃんだっけ? いい度胸してるじゃない。このあたしに向かって、そんな言葉を吐いて普通は許しておくはずがないんだけど――」


 からからと笑い、肩をすくめる。


「こっちから無理に誘っといて、土俵にあがれって言われて殺しちゃったりしたら、それこそそっちの言葉を証明しちゃうだけだよね。挑発としたら悪くない」


 に、っと鋭い牙を見せて竜が笑った。


「いいよ。その安い挑発にノったげる。このあたしが、女子力でだって最強だってことをきっちり見せつけてあげれば、二度とそんなふざけた台詞は吐けなくなるだろうしね!」

「黄金竜の矜持。その一端を拝見できたことを嬉しく思いますわ」


 微笑みあう両者に異様な気配が盛り上がる。


「あああ、もうなにからなにまで最悪な流れに!」


 頭を抱え続けるスケルの肩に手が触れる。


 振り返ると、カーラがにっこりと笑っていた。

 ぐっと拳を握り込んで、


「頑張りましょう!」

「爽やかな笑顔はとっても素晴らしいと思いますが、そういう事態じゃなくないですか!?」

「……私も、頑張ります」


 ドラ子を抱えたシィが頬を紅潮させて言ってくる。


「何故に皆さん、そんなやたらとノリ気なんですかね……」


 スケルはがっくりと肩を落とした。しばらくうなだれてから、その肩がふっふっふ、と動きだす。


「……いいでしょう。こうなったら毒を食らわば皿まで。破滅を見たなら最後まで! ――あっしだって、いつもいつも黙っちゃあいませんぜ!」


 おっとり目の眼差しを毅然と、顔を上げた。


「不肖スケル、ご主人争奪戦に馳せ参じさせていただきましょう!」

「よっしゃ全員かかってこーい!」


 わー、とやけくそ気味の歓声があがる。



 なにかおかしな方向に盛り上がりかけた場の片隅で、


「出せー! 俺をここから逃がしてくれー! 嫌だー! 帰るー!!」


 涙ながらのマギの悲鳴だけが、白くて広い空間に響いていた。



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