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スライムなダンジョンの閑話集  作者: 再藤
また始まる前の、後日談
16/35

「木々の温もり」⑨

 思いきり突進した勢いで、もつれるように転がりあう。

 盛大な土煙を立てて二人の男は地面に倒れ込んだ。


 頭でも打ったのか、冒険者の男は起き上がってこようとしない。

 そしてもう一人は、


「マスター!」


 ぴくり、と男の肩が震えた。

 起き上がらないまま、そこからシクシクと世にも情けない呻き声が上がる。


「く、首のスジを痛めた……っ」

「なにをやっているのやら」


 呆れたような声。

 シィが振り向くと、ふわりと風を纏った絶世の美女が黄金の長髪をなびかせながら舞い降りたところだった。


 一人ではない。

 隣には趣きの異なる金髪の頭部を“脇に”抱えた相手と、もう一人、こちらはよく見知った短髪の女性もいて、


「シィちゃん! 大丈夫っ……?」


 心配そうにこちらに駆けよってくる相手に助け起こされながら、シィはほっと息を吐いた。

 ――助けに来てくれた。


 痛めた首を渋面でさすりながら、若い男が近づいてくる。


「あー、痛て。シィ、遅くなってごめんな」


 申し訳なさそうに言ってくる男に、シィは込み上げてくるものを抑えきれなかった。

 頭を振り、思いっきり抱きつく。

 男がぎくりと硬直する。シィは慌てて身体を離した。


「ごめんなさい、」

「いや、大丈夫。全然、平気だ」


 痛みをこらえた表情で、男がぎこちなく笑みを形作ってみせる。

 それを見たシィはまた涙が出てきそうになって、ひしと男にしがみついた。


 よしよしと頭を撫でられる。

 久しぶりの感触に胸が詰まり、それを隠すように口を開いた。


「――でも、どうして、」

「シィが、俺のことで相談するために森に行ったってカーラ達から聞いたんだ。そしたら、バサからなんかおかしな連中が森に向かったって連絡が来てな」

「そんで助けに来てくれたってわけですね。ナイスタイミングでしたが、よくこっちの場所がわかりましたね」


 ボロボロの身体をさすりながら、足を引きずってやってくるスケルに、絹糸のような金髪を腕のなかで揺らした女性がくすと笑って、


「“金貨”の反応がありましたから。珍しいから、すぐにわかるんです」


 金属を知覚できる能力を持った元王女の発言に、なるほどー、とスケルが息を漏らす。

 首を抱えた女性は、そこから得意げな視線をもう一人の金髪の女性に向けて、


「ほら、お姉さま。私、役に立ったでしょう?」


 それを無視するように、怜悧な眼差しの美女が男へ訊ねた。


「ご主人様。ご命令を」

「カーラとスケルは、全員の手当てを頼む。……大規模殲滅魔法でも撃たれたか? 全員、かなりこっぴどくやられちまってるみたいだからな。それと点呼だ。妖精族の数がそろってるかの確認を。――あの巨人は、」


 少し離れたところに倒れている巨大な体躯を見て顔をしかめた男の視線に訊ねられ、シィは頭を横に振った。

 それだけで得心したように男は頷いて、


「一緒に手当してやってくれ。ルクレティアとユスティスは、冒険者達の拘束だ」

「かしこまりました」

「わかりました」


 女達が指示に従って動き出す。


「シィ、大丈夫か?」


 男に覗き込まれ、シィはまた目が潤みそうになった。

 頭を振り、男から身を離す。――ひどく離れ難かったけれど、なんとかそれを我慢して、


「……大丈夫、です」


 立ち上がり、女王の元へ歩いた。

 暴風にあおられて長髪を乱した女王は、呆然とした表情で座り込んでいる。


 シィはその目の前まで寄っていって、そっと彼女の髪を整えた。


 ――くしゃりと女王の顔が歪んで、


「よかった……」


 涙に濡れた声が漏れる。


「シィが無事で――ほんとに、よかった」


 心の底から吐き出された声音に、シィはこくりと頷いて。

 ぎゅっと相手を抱きしめた。


「ありがとう、ございます」


 力いっぱい抱きしめ返される。

 女王の身体はひどく柔らかく、熱っぽかった。


「よかった。よかったよぅ……」


 子どものように泣きじゃくる女王の嗚咽を耳にしながら、シィもじわりと滲むものに目を閉じた。


 そっと頭に柔らかい感触がふれる。

 その感覚に身を委ねるように、シィは息を吐いた。


 ◇


「――で、」


 頭の上から、憮然とした声。


「なんでこんなことになってるんだ?」


 シィが見上げると、そこには彼女の主人――マギが、顔をしかめさせている。


 あれから、シィ達は洞窟に戻って来ていた。

 主人の個室。その寝台に腰掛けたマギの膝の上に座って、シィは男の声を聞いている。


 彼女の目の前では、


「当たり前だっ」


 ふん、と鼻を鳴らした女王が胸をはっている。


「シィはお前の具合を心配して、私達のとこへ来たんだ。つまり、私達が苦労したのはお前のせいだ。なら、お前には私達に感謝するギムがあるっ」

『そーだそーだ』

「いや、それはいいんだが……。迷惑かけたと思ってるし、感謝もしてるさ」


 だが、と男は大いに悩むように、


「その感謝がこれってのはどういうあれなんだ」


 目の前に、ずらりと二列になって並んだ妖精達に対して首を傾げた。


「だから、感謝だ。感謝のしるしだ」


 胡乱な目つきで男が視線を落とす。


 そこには、順番がまわってきた二人の妖精が得意げに男へむかって頭を差し出していた。

 それをわしゃわしゃと男の両手が手荒にかき回すと、きゃっきゃと妖精達が嬉しそうに声をあげた。


「……頭を撫でることがか?」

「そうだ!」


 女王はきっぱりと断言した。


「心を込めて、撫でろ!」

『撫でろ!』

「いや、それで満足だってんならいいんだけどな」


 言いながら、ずらりと並んだ頭数に男はうんざりしたように、


「さすがに多すぎるだろう。っていうか、さっきから減ってなくないか? 絶対お前ら、頭撫でたやつもまた後ろに並んでやがるだろ。あ、こら。横入りすんな。ズルすんな」

「知るもんか。お前は私達が満足するまで黙って頭を撫でてればいいんだ」

『そーだそーだ!』


 ええぇ、と男は疲れ切った声で、


「俺、寝たきりから復活したばっかりで体力落ちてるんだぞ……」

「言い訳するな。死ぬ気で撫でろっ」

「そーだそーだ、死ぬまで撫でつづけろ」

「お前の存在意義なんて他にあるのかー?」

「……なんか前から、一人だけ妙にエゲつないこと言うやつがいやがるよな。どこのどいつだ、顔を覚えてやるから出て来やがれっ」


 頬を引きつらせながら、それでも男は律儀に撫でるのを止めようとしない。


 シィがその様子をじっと見守っていると、くいと服の袖を引っ張られた。

 視線を向けると、女王が羨ましそうにこちらを見ていて、


「……シィ。ちょっと、そこ替わって」


 シィは相手を見つめて、しばらく考えてから、


「――や、です」


 ぷいとそっぽを向いた。


 えー、と女王が大きな声をあげる。


「ケチ! ちょっとくらい、いいじゃないか!」


 友人の非難の声を耳に、シィは聞こえないふりをしながらますます男の身体に強くしがみついた。


 ――もう少ししたら、この場所を譲ろう。

 そう考える。


 だけど、もう少しだけいいはずだ。

 本当なら、自分だってみんなみたいにもっと頭を撫でられたいのだから。


 だけど、それは我慢する。

 だからせめて――もう少しだけこの場所は自分だけのものにしようと、シィは心に決めていた。



 男が解放されたのは夜中近くになってからだった。


 満足した妖精達が森に帰った後、またベッドに逆戻りになってしまった主人の元へ、シィはドラ子を胸に抱えて訪れていた。


 ほとんど最後は拷問のようになりながら、妖精達の頭を撫で続けた洞窟の主人は、うんうんと寝台で唸り声を上げている。

 頭の撫ですぎで両腕が痛いらしかった。明日はきっと、ひどい炎症だろう。


 ……初めて、寂しくてシィがこの部屋を夜に訪れた時、ドラ子用の重い水槽を抱えながら、部屋に入ることにもひどく苦労した。


 そうしたら、次の日から男の部屋には水を張った水槽があらかじめ置かれているようになった。

 男はなにも言わないまま。


 ――そういう男のなにげない振る舞いが、シィはとても好きだった。


 寝台に寄り、枕元のテーブルに置かれた水槽にドラ子を放して、滑りこむようにベッドの中に潜る。


 夢のなかでも頭を撫で続ける苦行に苛まれているのか、苦悶の表情でうなされている男の隣には、しっかりと一人分の隙間が確保されてあって。


 ぴたりと相手に身体を寄せ、目を閉じる。



 まるでたっぷりと日を受けた木々の温もりのように。

 隣から伝わる体温はあたたかだった。



                                         後日談『木々の温もり』 おわり



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