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スライムなダンジョンの閑話集  作者: 再藤
また始まる前の、後日談
15/35

「木々の温もり」⑧

 姿を現した妖精族の一団を見て、冒険者達は目を丸める。

 すぐにだらしなく相好を崩した一人が口を開いた。


「なんだこりゃ。宝の山じゃねえか」

「……この森には妖精の群れがあったのか、知らなかったな。さて、どうするか」

「決まってんだろ! 宝石より高値のつく“羽”に、金粉より高い“鱗粉”がいくらでも転がってるんだ。こいつはいわゆるボーナスって奴だぜ」


 圧倒的多数の妖精達に囲まれて、嬉々としていう男にシィはぞっとしたものを覚えた。


 これだけの数に相対して不安どころか、動揺の素振りさえ見せない。

 多少のことでは揺るがない確固とした自信を感じ取って、シィは隣の女王を見た。


 視線に気づいた女王が不敵に笑い、


「心配するな、シィ。あんな奴らに負けるもんか」


 すうっと息を吐き、


「いけ!」

『頭がおかしくなっちゃえー!』


 妖精達が唱和する。


 強烈な幻覚の魔法が相手に叩きつけられるが、冒険者達は顔をしかめたくらいで様子に変化はない。

 その全身にうっすらと対魔力の加護が張られていた。


 恐らく、元々の魔法に対する抵抗力も高いのだろう。

 そうでなければ、この場に現れる前にとっくに勝負はついていたはずだった。


「幻惑かあ? 効かねえよ、ンなもん」

「無駄口を叩くなと言ってる。長期戦はこちらが不利だ。いくぞ」


 武器を構える。

 罠にはまった巨人を無視して、冒険者達が妖精達に殺到する。


 その彼らの前に、


「しゅあらっ!」


 蜥蜴人達が躍り出た。

 鉄製の武器を手に、一気に斬りかかる。


「おっとぉ!」


 先頭を駆ける冒険者はそれを余裕の態でかわして、そのまま速度を緩めずに足を速める。

 突破の目論見を見て取って、蜥蜴人達がそちらを追いかけようとした隙に、冒険者の二陣目が突っ込んだ。


「じゅ……!」


 不意をつかれたリーザが、上段からの一撃を石大剣でなんとか受ける。


 二陣目の冒険者もそのまま立ち止まらず、攻撃を終えるとすぐさま左右に駆け抜けた。

 蜥蜴人達の意識が散逸しかけたところで、


「前だ!」

「サンダーボルト!」


 警告と、魔法名とはまったく同時だった。


 突っ込まなかった残り二人、その一人が声を発して魔力を解放する。

 励起した魔素がすぐさま現象を具体化させた。


『ッ……!』


 極小範囲の雷撃に絡め取られた蜥蜴人達が、声にならない悲鳴を上げる。


 すぐに雷撃は霧散した。

 ふらりとよろめきかけて、蜥蜴人達はすぐさま持ち直す。さほどのダメージを受けた様子はない。


 ――間にあって良かった。


 間一髪、抗魔の魔法を届けることに成功して、シィはほっと安堵の息を吐いた。


「あっちもカウンターマジックかよ。面倒くせえ」

「横から出てきた蜥蜴人とも、ある程度は連携がとれているらしいな。油断するなよ」


 冒険者達の余裕に変わりはない。

 今も扇状に散らばりながら、そのどこからでも仕掛けられるような自然な雰囲気を伴っている。


 シィは戦慄していた。


 今の一度の攻防だけでも、相手の練度は十分に窺い知ることができた。

 それぞれの役割を明確に理解して、連続した攻撃を畳み掛ける。連携というなら、まさにあれこそが連携だった。


 それに対して、こちらの大半を占める妖精達は決してこうした戦闘に慣れていない。

 数の差はあまり意味をなさない。


 それなら――シィはちらりと視線を巡らせる。


 落とし穴にはまった、一つ目の巨人。

 全身の半ばが埋もれてしまった巨人の根元に、真っ白い相手が近づいていた。


 その穴の様子を注意深く観察するようにしていたスケルが顔を上げる。


「イケそーっす! こちらへ!」

「伸ばせ!」


 スケルの声を聞いた女王が指示を出した。


『伸びろー!』


 声に応えるように、周囲の森から一斉に蔦が伸び、巨人へと向かう。その全身に余すところなく這い、絡まっていく。


「おいおい、そいつは不味ィだろ……!」


 初めて冒険者達に動揺が生じた。


「引っこ抜け!」

『抜けー!』


 何重にも結われて巨人を絡み取った蔦が、一気にその全身を引き上げようと力を入れる。


 それを阻止しようとした冒険者達の前に、蜥蜴人達とスケルが立ちはだかった。

 なにかを構えようとしたスケルが、はっと自分の手を見上げて、


「ああ、姉御印の椅子がない!? えーいかまうか、武器はなくても愛と勇気に不足なし! いきますぜ!」

『じゅら!』

「邪魔だ、どけ雑魚ども!」

「雑魚って言う方が雑魚なんですぜー!」


 乱戦が始まる。


 スケル達が冒険者の足止めをしているあいだ、女王の掛け声で巨人の救出が進んでいた。


「それ、いっち、にぃ、さん、ようせいー!」

『ようせいー!』


 ずるり、と巨人の身体が持ち上がりかける。


「くそ、邪魔だ真っ白女! なんだ手前! 斬られたら素直に死んでろ!」

「いやあ。自分、不死身でして」


 うけけけけ、とスケルが笑いながら冒険者にすがりついている。

 それを振り切って、冒険者の一人が蜥蜴人達の足止めを突破した次の瞬間、


「……ッ!?」


 横から岩のような拳に殴りつけられて、その冒険者は吹き飛んでいった。

 宙に高く舞い上がり、そのまま遥か遠くに見えなくなってしまう。


「――――っ!」


 咆哮が大気を震わせた。


 落とし穴から抜け出ることに成功した巨人は、怒りに満ちた眼差しで冒険者達を睨みつけている。


 ……相手は一人減り、それに対してこちらは戦力が増した。

 普通に考えれば、勝負は決まったようなものだ。


 だが、


「形勢逆転ってか? ったく、勘弁してくれ」


 残り四人になった冒険者達が、それでもまだ余裕を残していることにシィは不安を感じた。


 はったりだろうか。

 それともいざとなれば逃げればいいと考えているからか――


「さぁて、リーダー。どうするよ」


 視線を向けられた厳めしい顔つきの男は、やはり焦りのない表情で、


「そうだな。……こうしよう」


 手を掲げる。

 その手のひらに、今までにない濃度の魔素が込められていくのがわかって、シィは叫んだ。


「ダメ……!」

「――サイクロン」


 大規模殲滅魔法が発動した。



 荒れ狂う風がなにもかもを吹き飛ばす。


 吹き上げる気流は周囲の森を薙ぎ倒し、一切を巻き込んで暴れまわった。

 巨人の体躯すら浮き上がり、高く持ち上げられ――地面に叩きつけられる。


 抗魔の魔法などものともしない、その強制的な突風の大渦はしばらく続いた。


 そして、すべてが収まった後。

 その場に立っているのは誰もいなかった。魔法を使った一人以外には。


「お前、……正気か?」


 地面に倒れた女王が呻いた。

 信じられないものを見る目で、


「そんな魔法。――仲間ごと、巻き込むなんて」


 大規模殲滅魔法。


 広範囲に最大級の破壊を撒き散らす攻撃魔法の類は、それ故に使うタイミングが限られる。

 それはもちろん、敵味方もろともに巻き込んでしまう恐れがあるからだった。


 だが今、冒険者は仲間の存在などまったく無いことのようにそれを使ってみせた。


「別に普通だろう」


 男は素っ気なく言った。


「全滅するよりは事態の打開になる。……それにまあ、連中もしぶといからな。生きてはいるさ」

「狂ってる……!」

「魔物になにを言われたところで」


 男は冷笑を浮かべて、周囲を見渡す。

 勝利の表情だった。


 周囲に動くものはない。


 一つ目の巨人も沈黙している。

 魔法が効かないという特性も、自分の重さを叩きつけられることには無意味だった。

 むしろ自重が大きい分、他の誰よりもダメージを受けただろう。


 大勢の妖精達や、蜥蜴人達も動けない。

 そして、シィも動けなかった、


 咄嗟に抗魔の魔法をかけようとしたが、あまり意味はなかった。

 できるだけ広範囲に対象を広げようとしたのがいけなかったのかもしれない――いや、それ以前に相手の魔力が圧倒的だった。

 事前に万全の用意をしていたところで防げなかったかもしれない。


 その男の視線が自分を見据えているのに気づいて、シィは背筋を震わせた。


 男がゆっくりと近づいてくる。

 その眼差しにはなんの感情も浮かんでいない。どこまでも淡々としていることが逆に恐ろしかった。


「ま、待て……っ」


 女王が悲鳴のような声をあげる。


「シィには手をだすな!」

「安心しろ。すぐに他の連中も後を追わせてやる」

「やめろ! やめてくれ、シィにはもう次がないんだ……!」


 女王の言葉に、男はわずかに眉をひそめたが、すぐに肩をすくめた。


「わけがわからんことを……」


 言いながら、シィに手を伸ばす。


 シィは逃げようとしたが、身体が言うことを効かなかった。

 無骨な手がゆっくりと近づいていくる。

 誰かの手に似ていて、けれど絶対的に違う手。不吉な手。なにかの象徴。


 ――死。


 全身が震えた。

 歯の根が合わず、視界が涙で滲む。


「止め……」


 シィはかすれた声を漏らした。


 脳裏に二人の姿が思い浮かぶ。

 その誰か達に向かって助けを求めようとした、次の瞬間。


「うちのシィになにやっとんじゃウラァアアアアアアアア!」


 横合いから飛んできた男が、勢いそのままに冒険者へ体当たりをして相手を吹き飛ばした。



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