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スライムなダンジョンの閑話集  作者: 再藤
また始まる前の、後日談
14/35

「木々の温もり」⑦

 突然の出現に、妖精達から歓声とも悲鳴ともつかない大声が飛ぶ。


「全員、動くなよ――」


 鋭く命令する女王の隣で、シィはほとんど空を仰ぎ見るように、その場に現れた巨人を見上げていた。


「いやあ。これはまた、」


 絶句しかけたように、スケルの声。


「……古の巨人。サイクロプスって奴ですかい」

「そうだ。こいつにはどんなに強力な幻惑だって通用しない。魔法そのものが効かないからな。こっちとの相性は最悪だ」

「どうします?」

「決まってる。撤退だ。それともお前と蜥蜴人で、こいつに殴り勝てるか?」

「そいつはちょっと厳しいっすねぇ」


 苦笑いするようにスケルが言った。


「全員、」


 撤退の号令をかけようとした女王が、息を呑む。


 巨人がぬっと身体を屈めた。


 サイクロプスの頭部は、それだけで妖精どころかスケルや蜥蜴人達の身長よりも大きい。

 遥か頭上にあってさえ巨大だったそれが目前に、吸い込まれそうな大きな目が近づけられる。ひっと女王が悲鳴を上げた。


 反射的に武器を構えようとする蜥蜴人達に、


「……待って、ください」


 シィは囁くように制止して、巨人の胸元を指さした。


「あれを――」


 大木のように太い首にかけられた装飾品。その首飾りに何枚もあしらわれているものは、少し前に妖精の誰かが拾ってきた金貨と同じものだった。


「ストロフライの、姉御の……? 竜の金貨の首飾りだなんて、またえらく豪勢なモンを。どうやってくっつけてるんですかね」

「知らないのか? 連中は鍛冶が得意だ。ドワーフに教えたのもあいつらだって言われてるくらいだぞ」

「なるほどー」


 頷いたスケルが、ぽんっと手を打った。


「女王さん、さっき拾った一枚はまだお持ちで?」

「ああ、持ってる」


 金貨を受け取ったスケルは、それをシィに差し出してきた。


「シィさん、どうぞ。上手くすれば穏便に話を済ませられるかもしれません」


 シィは瞳をまばたかせて、


「私、が……?」

「いやあ、やっぱりこういう場面には『巨人と美少女』だと思うんです」


 確信じみた表情で言われて、シィはその金貨を受け取った。


 じっとこちらを見る巨人に視線を向ける。

 巨人の眼差しは、よく見ればとても理知的だった。


「あの。これ――」


 おずおずと金貨を差し出す。


 巨人が瞬きした。

 ぎょろりと瞳孔が動き、シィの小さな手のひらに乗った硬貨を見据える。

 ゆっくりと動いた巨人の手が、そっとそれを摘み取った。


「――――」


 吐息というには大きすぎる呼気。

 突風のような息にそこから吹き飛ばされないように懸命に踏ん張りながら、シィは目を細めた。


 巨人が立ち上がる。


 背中を向けると、どすん、どすん、と大地を揺るがしながら去っていく。

 その肩のあたりに何本もの細い棒のようなものが突き刺さっているのを見て、シィははっとした。


「あれは、矢……?」


 よく見ればそれ以外にも、遠ざかる巨人の身体のあちこちに裂傷じみたものが見える。木々で擦れて出来たような代物ではなかった。


「うん。お前ら、気をつけろ。近くに人間がいるぞ」


 蜥蜴人達のあいだに警戒が走った。


「さっきのサイクロプスさんの叫び声は、戦闘中だったわけですかい」

「――いや、違う」


 女王はゆっくりと首を振った。


「違う?」

「だって、足音が聞こえなかったじゃないか。あんな地響きみたいなの、もし戦闘でもしてたら遠くからでもこっちまで聞こえるはずだ。それがなかった。あの巨人はきっと、隠れてたんだ」


 シィは眉をひそめ、はっとした。


「じゃあ、あの叫び声は――」

「ああ。私達への警告だったんだな。こっちに来るな、危ないぞ――って教えてくれてたらしい」

「ちょっと待ってくださいよ」


 慌てたようにスケルが言う。


「もしあのサイクロプスさんが人間との戦闘を避けるためにここに隠れてて、さっきの大声もこっちへの忠告だってんなら。今、ああやって地響きたてながら歩いてってるのだって、」


 彼女の声を遮るように、大きな音が響いた。


 叫び声。

 そして、どおん、っと一際大きく地面が揺れる。


「あのサイクロプスさん、まるであっし達を逃がそうとしてくれてるみたいじゃないっすか!」

「みたいじゃなくて、そうなんだろ。さっきの金貨の礼のつもりなのかもな」

「そんな……」


 そんなつもりで渡したのではなかった。


 渋面になりかけたシィは、ふと女王の表情に気づいた。

 彼女の友人である妖精族の女王は頬を吊り上げて、不敵に笑っている。


「格好いいことしてくれるじゃないか。この森を誰の縄張りだと思ってるんだ……?」


 怒ってるような声で呟くと、女王は声を張り上げた。


「お前ら、この森は誰のものだ!」

『妖精だー!』

「その妖精が、あんな巨人に恩を売られて黙っていられるか!」

『できなーい!』

「なら行くぞ、あの巨人を助け返してやれ! 妖精、戦闘準備!」

『おー!』


 ちらと不安そうなシィを見て、


「それから! これは死んじゃダメゲームだからな! 死んじゃった奴は、生き返ってから罰ゲームだ!」

『おー!』


 これでいいだろう、という顔でシィを見る。

 からからと笑ったスケルが、


「やあ、こういうノリは大好きですねえ。せっかくですから、とっちめてやりますかい」

「じゅ。我ラも、やルゾ」


 女王はふん、と鼻を鳴らして腕を組んでみせた。


「仕方ないから、まぜてやってもいいぞ」


 嬉しさを隠しきれない声で言ってから、シィに視線を向ける。


 ――自分だけどこかに隠れているのは嫌だ。

 シィが浴びせられるだろう言葉に対してぐっと身構えていると、


「……シィも一緒でいい」


 苦悶するように、女王は、でも、と大きく続けた。


「絶対に私の傍から離れちゃダメだからな! 絶対だぞ!」


 シィはきょとんとして、それから微笑んだ。


「――はいっ」


 妖精達が前進を再開した。



 森に侵入したのは五人の冒険者達。

 ルクレティアが見抜いた通り、彼らの目的は“竜”。そしてその竜がばら撒いた“金貨”だった。


 “竜”と“金貨”はすでに世界中の関心を集めている。

 叩いても燃やしても絶対的に変化しない“完全な物質”であるその金貨は、それ自体に貴重すぎる価値を有していたし、それをあちこちに空からばら撒いた竜は、それ以前に世界中に発信した“宣言”もあって、注目の的になるのはむしろ当然だった。


 竜の情報を得るだけで十分な金になる。

 その竜の膝元で、ばら撒かれた金貨でも見つかれば一石二鳥――熟練の冒険者らしい素早い判断で彼らは行動を開始していた。


 まさに問題は拙速にあった。


 彼らが竜の麓の町と噂される田舎町に立ち寄らなかったのもその為だった。

 もちろんそれは、自分達の実力に対する相当の自信があってこそではある。


 彼らの拠点から最短距離にある、村とも呼べない貧相な集落バサから森へ入り、そこで彼らは、竜の金貨を胸に首飾りにしている巨人を発見した。

 無論、彼らの選択は一つだった。――殺して奪い取る。


 サイクロプスには如何なる魔法も通用しない。

 そして、直接、殴り合うにはあまりにも相手は巨体すぎる。厄介な魔物としてよく知られるトロルの比ではない。


 だが、巨人はトロルより遥かに与しやすい相手でもあった。

 トロルのもっとも恐るべき治癒能力を、一つ目の巨人は持っていなかった。


 五人の冒険者は巨人に持久戦を仕掛けた。


 ねぐらを突き止め、交代制で昼夜を問わずに嫌がらせを開始する。

 煙を炊き、弓矢を射って、相手の太い足を撫で切って逃走する。

 巨人は苛立ち、追いかけてこようとするが森のなかでは身を隠すのは容易かった。


 そうした戦闘とも呼べない戦闘が三日も続き、ついには巨人が逃げ出したが、冒険者達はそうはさせるかと追跡する。

 熟練の狩猟者もかくやという統率のとれた行動で、徐々に彼らは巨人を追い詰めていった。


 とはいえ、彼らにもミスもあった。


 交代の隙をついて巨人の姿を見失ってしまったのだ。

 まったく致命的なミスだったが、彼らが仲間同士で非難しあっているあいだに、巨人の方から咆哮で自分の居場所を教えてくれた。


 彼らはすぐに仲間との喧嘩を止め、巨人を仕留める準備に取り掛かった。


 そして、今――その罠に巨人がかかったところだ。


「―――――!」


 巨人が怒りの声を上げる。


 その身長はほとんど普段の半分にまで縮んでしまっている。そのように見えた。

 実際には、腰から下がすっぽりと地面に埋もれているせいだった。


 身動きがとれず、巨人は両腕を振り回す。

 その腕が届かない距離の外から、中年の冒険者が嘲りの声を上げた。


「まったく。頭が悪いったらねえよな」


 血に濡れた長剣をかざしながら、


「火の精霊の盟友、“鍛冶神”巨人サイクロプス。魔法が効かないったって、落とし穴にはまっちまえばなんてことはねえ。そこらの動物と変わんねえな、実際」

「無駄口を叩くな」


 厳めしい顔つきの男が言った。


「他の魔物がやってきても面倒だ。さっさとあの両腕を黙らせて、首の金貨を奪うぞ」

「へいへい」


 巨人の周囲をかこんだ五人の冒険者達が、じりじりとその輪を狭めていく。


 元より彼らは巨人の生け捕りを目的としていない。

 巨人にその両腕以外の武器が無い以上、彼らの勝利は確定したも同然だった。

 あとは相手の拙い反撃に注意しながら、ちくりちくりと血を流させていけばいい。いずれ相手は衰弱死するだろう。


 もはや、処理にも等しいその作業がいったいどのくらい時間がかかるかということの方に頭がいっていた彼らの耳に、


「そこまでだ!」


 凛とした声が響く。


 男達が見上げると、そこにはずらりと並ぶ無数の妖精の姿。

 その中央。ない胸をえへんと張った女王が、冒険者達に向かって堂々と宣言した。


「お前ら、ここを誰の遊び場所だと思ってる! ぶっ飛ばすぞ!」

『ばすぞー!』



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