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スライムなダンジョンの閑話集  作者: 再藤
また始まる前の、後日談
12/35

「木々の温もり」⑤

 すぐに洞窟まで駆け戻ったカーラは、ルクレティアに町で受けた報告の内容を伝えた。


「……冒険者の集団。近くの森に接する町集落で一番大きな規模にあるメジハへ寄らないというのは、少し気になりますわね」


 形の良い眉を寄せる令嬢に、カーラもこくりと頷く。


「うん。考えすぎかもしれないけど」

「考えすぎて悪いことはありませんわ。メジハとギーツをあえて避けるような動きに見えることは確かです。まったく正反対の方向からやって来たというのならともかく、バサには寄っているわけですから。そこからギーツにまでわざわざ足を延ばすのは面倒でも、であるなら尚更のこと、メジハに寄ろうとする方が自然でしょう。たかが一日、二日程度の距離です」

「普通は、できるだけ情報収集しようとするよね。その為にはギルドがあった方がいいに決まってるんだし」

「では逆に、ギルドに寄らない方が都合のよいことがあるとすると、どんなことが考えられますか?」


 訊ねられたカーラは唇に軽く拳を当てて考える。


「……まずは、拙速。なにかの目的があってこの近くに来てて、もしも自分達以外にも他に競争者がいるなら、一日や二日の時間だってロスしたくないってことはあると思う。ギルドの手助けなんか必要ないって自信があるのかもしれないし。それに――ギルドに顔を見せないってことは、足がつきにくいってことだから、……わざとそうしてるのかも」

「あるいは、その全て。ということも有り得るでしょうね」


 ルクレティアはゆっくりと顎を引いた。


「冒険者の遠征、あるいはギルドへ登録せずに活動しようとする『はぐれ冒険者』の類も、決して珍しいことではありません。しかしながら、時期が時期だけにややタイミングが良すぎる感はあります」

「やっぱり、ストロフライさんの件なのかな?」

「可能性は高いでしょう」


 金髪の令嬢は醒めた眼差しを細めて、


「ストロフライさんの“宣言”と“ばら撒き”から一か月。これは耳敏く、行動も早い冒険者が動き出すには十分な時間です」

「でも、ストロフライさんのことでやって来るなら、それこそメジハじゃないの? どうして、バサからそのまま森に入ったりするんだろ」

「目的がストロフライさん本人であるなら、そうでしょうね」


 ルクレティアの言葉にカーラは眉をひそめた。


「ストロフライさんが目的じゃないって、どういうこと?」

「最終的な目的はストロフライさんであっても、脇から固めていこうとする場合もあります。むしろ竜に対しようとすればそちらが常道でしょう。事前調査、周辺の物証固め。他にも色々と」

「物証?」

「ストロフライさんが、初めて――かどうかはともかく、その名が大きく知られるきっかけになったのは、生屍竜の一件です。人の手で為された竜殺し。その相手が、いくら竜とは呼べない粗末なアンデッドであったとはいえ、それは歴史に残る確かな事実として大陸中に喧伝されました」

「うん、そうだね」

「そして、その生屍竜が現れる要因である、竜同士の闘争――その当事者がストロフライさんです。竜殺しの偉業が語られるのと同時、その存在も世界中に知れ渡ったわけです」


 カーラは首を捻り、


「ようするに、そのストロフライさんが初めて関わったドラゴンゾンビのことを調べてるってこと? でも、だからって」


 言いかけて、あっ、と声を上げた。


「そっか。ドラゴンゾンビの“跡地”……」


 黄金竜との戦いに敗れた黒竜が墜落し、生屍竜として復活した場所。

 あるいは、動き出した生屍竜を迎え撃ち、撃退に成功した跡地の巨大な窪みが、森の奥深くには存在している。それはいわば伝説の為された証だった。


「はい。もしもストロフライさんの行跡を辿りたいなら、そちらから始めようとすることは理解できます。森に入る理由にもなりますしね。それに――森に入ろうとする、もっと単純な理由もあります」

「どういう理由?」

「金貨ですわ」


 ルクレティアはあっさりと言った。


「ストロフライさんが世界中にばら撒かれた記念硬貨。その混乱はまだまだ続くでしょうし、それが最終的にどういった結果を及ぼすかも不透明です。しかし、一点だけ確実にわかりきっていることがあります。それは、あの代物が、とんでもない価値を有することになるだろうということです」

「それって、ルクレティアが前に言っていた通貨の基軸としてとかって話?」


 あまりよく理解できた話ではなかったから、うろ覚えの記憶でカーラが言うと、令嬢は豪奢な金髪を揺らして、


「それ以前の問題です。あれは完全無壊です。少なくとも人の身では砕くことも、溶かすことも叶いません。そんなものはただそれだけで破格の値がついて当然でしょう」

「武器とか、防具にできるってこと?」

「むしろそれ以外の方こそ面白そうではあります。例えば……いえ、今はそれはよろしい。ともかく、あの代物にそういった金銭的価値があることは、どんな相手でも気づきます。ならば、それを他の誰よりも先に集めようとする輩が出てくるのも自然な流れでしょう。実際、都市ではそうした取引も行われだしているそうです」


 相手の言いたいことをようやく察することが出来て、カーラは深く頷いた。


「わかった。それで、“森”なんだ」

「はい。ストロフライさんのお膝元であれば、他のどこよりも金貨が落ちている可能性は高いはず。無論、平地や街道の類のものはすでに拾われている恐れが高いでしょうが、森のなかであればその限りではありません。腕があり、行動が迅速であれば、十分なメリットが考えられます。拙速を尊ぶ理由にもなりますわ」


 大変、とカーラは血相を変えた。


「すぐに妖精族のみんなに知らせなきゃ!」

「ええ。折りしも、シィさんとスケルさんが妖精の方々のところへ向かわれているところです。少しばかり、タイミングが不味いですわね」

「――なにが、不味いんですか?」


 唐突にその場へ響いた声に、カーラはぞっとして視線をそちらに向けた。


 いつのまにか、そこに一人の女性が立っている。

 女性というよりはほとんど少女のような、自分と変わらない年齢の、ひどく儚げな女性。ただし、その瞳にはどこか儚くだけで終わらない奇妙な輝きが灯って見えた。


「……ユスティス」


 ルクレティアが冷ややかな視線を飛ばし、言った。


「いつお戻りになったのかしら。声くらいかければよろしいでしょうに」

「たった今、戻ったばかりですわ。お姉さま。ごめんなさい、お二人がとても真剣にお話されているものだから、なんだか声をかけるのが憚られて」

「話に割って入ってこられるよりも、聞き耳を立てていられる方が不愉快だとは思いませんの?」

「聞き耳だなんて」


 レスルートの元王女、ユスティスは艶然と微笑む。

 ――誰かに似ている、とカーラは思った。


「そんなつもりはありませんわ。でも、不快に思われたならごめんなさい。――それで、いったいなにが不味いんですか?」


 視線を向けられ、カーラが説明のために口を開こうとするのを遮るように、ルクレティアが告げた。


「貴女には関係ないことです。長旅でお疲れでしょう。レスルートとどういったお話があったのかは後で聞きますから、まずはゆっくりと身体をお休めなさい」


 くす、とユスティスが笑う。血の繋がらない姉とは異なる、すとんと落ちるような金髪を揺らして、


「お姉さまがそんなことをおっしゃるなんて、よほど不味いことがあったのね。どうかお教えになって。私、きっと役に立てると思います」

「必要ありません。そう言っているのがわかりませんか?」


 ルクレティアは断言した。


 その口調の冷ややかさにカーラは驚いた。

 彼女もこの令嬢と剣呑な雰囲気になったことは何度もあるが、それよりさらに突き刺さるような声だった。


「お姉さま……」


 困ったように眉を寄せた元王女が、


「どうしてそんなに意固地になられるんです? 私はただ、本心からお手伝いをしたいと思っているだけなのに」


 言ってから、ああ、と朗らかに小首を傾げて、


「もしかして。お姉さまったら、私がマギさんのことをとっちゃうなんて、そういうことを心配されてるの? そんなことしないわ、本当よ。しようとも思わないわ」


 聞いているカーラにも挑発としか思えない相手の発言に、易々と乗る程に美貌の令嬢は単純な性格はしていなかった。


 ルクレティアはその極寒の眼差しに一層輝くような冷たさを強めて、


「ユスティス、貴女は随分と口が軽くなりましたわね。頭と首の隙間から、今まで必死に覆い隠そうとしていた本音やらが零れているのではないかしら? 唇を閉じても黙れないというのは、さぞ不便なことでしょうね」


 相手からの発言に倍するような、痛烈な皮肉を叩きつけた。


 うわあ、とカーラは思わず顔をしかめる。

 それまで朗らかだったユスティスの顔色がさっと変わった。


「……お姉さま。いくらなんでも、言って良いことと悪いことがあるのではないかしら」

「反撃されるのが嫌なら、最初から吠えかからなければよろしい。躾けの悪い相手には、それがどういった結果になるかを教えて差し上げるのが相手の為というものでしょう。そうではなくて?」


 元王女は答えなかった。


 軽く瞬いて、憎々しげな輝きをその瞳に宿したかと思うと、


「――――ッ」


 次の瞬間、一気にルクレティアに駆け出す。

 それを迎え討つように、極寒の微笑を湛えた令嬢がその身に魔素を滾らせる。


「二人とも、やめて!」


 悲鳴のような叫びと共にカーラは飛び出していた。



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