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悪役S嬢〜悪役令嬢がS嬢って、天職なのでは?〜  作者: タケミヤタツミ
月光を待ち焦がれる草木(短編オムニバス)
54/85

54:躾

ノエとカミィ

花街の路地裏というのは治安の悪さが段違い。

表が綺羅びやかである程に陰は濃く、こんな汚い場所には月光すら届かなかった。

酔っ払いが倒れていることならよくあることだが、事件の匂いも切り離せず。


そんな中、とある死屍累々の場に一人だけ佇む女が居た。


紺藍色のアップヘアは前髪と後ろのリボンだけが夜風に揺れる。

真っ暗な目に、昂った溜息は情交の後のような甘さ。

生気酔いで酩酊感に浸っているノエだった。



状況を説明すれば、ここに倒れているのは月華園に冷やかし半分で入ってマナー違反により追い出された面々である。

男は三人、やり取りから察するに暴漢のリーダーとその崇拝者が二人といったところ。


腹いせで店の従業員に襲い掛かったのだが、彼らにとって不運なことに相手が悪すぎた。

泣く子も黙る「魔獣」ライト伯爵家若頭のボディガードにして、エナジーヴァンパイアの魔女。

重く実った乳房が深い谷間を作るグラマラスな身体に黒革のボンテージ、疑似餌としては垂涎もので見事に引っ掛かった訳である。


銃もナイフも隠し持っているが今回は必要無し。

無理やり抱き寄せられたところでノエが怯えながら従うのは演技、捕食者になるスイッチ。

誘い出した路地裏、全員キスだけで生気を奪われ動けなくなり地面に伏してしまった。

意識はありつつ指すら舌すら一つとして動けない状態。



「ノエさん、お待たせっ」


この不穏な場所に似付かわしくない明るい声が弾んだ。

並の男よりも高い長身に、尻尾のように揺れるハニーブラウンの二つ結び。

まるで遊びの待ち合わせでもしていたかと錯覚する人懐こい笑みで寄ってきたのはカミィ。

後ろに体格の良い黒服達を引き連れて。


いつまでもこうして転がしておく訳にもいくまい。

移動させる為の人員なのだが、どこに、と訊ねられたらきっと悪い顔を返される。



「でね……鳥兜さんと金手毬さんが遊んでも良いって」

「あらまぁ……」


ノエの仄暗い含み笑いは微風として夜に溶ける。

ここで舞台転換、交代の時間。

斯くして哀れな男達は再び異界へ、今度は引き摺り込まれる形で。




SMは専門の道具が多く、勿論月華園にも揃っている。

その中の一つがスパンキングベンチ。

上半身を載せる広い座面に、一段下がって脚を載せる座面。

これは要するに人をうつ伏せで拘束する為の椅子であり、背中や手足を縛るベルトが付いていた。



丸いステージ上のベンチに拘束されているのは暴漢のリーダー。

客席に尻を突き出す格好なのでこれだけで屈辱的。

崇拝者二人は拘束の後、ステージの縁という特等席で強制的に痴態を見せつけられている。


月華園のルールに従って仮面で顔を隠され、ボトムスを脱がされて露出は下着まで。

これは正体を明かさない情けでもある。


後のことは、S嬢次第。



今日はショーが無い筈なのにどういうことかと首を傾げつつも、異界の客達は仮面越しの目をステージの男達に向ける。

好奇が色濃く絡んだ視線の熱だけでさぞ居心地が悪いことだろう。


そこに躍り出るのは薄桃色の衣装の乙女。


髪や肌の色素の薄いカミィに合わせ、月華園ではあまり見ない色なので新鮮。

黒革で身体を引き締めるS嬢М嬢と違って、ポールダンサーの衣装は伸縮性があり露出の高いキャミソールやショートパンツ。

彼女の場合はその上に透ける素材のミニスカートが巻かれ、動きに合わせて閃く様が可愛らしくもあり艶っぽくもあり。



「失礼しまーす」


脚を広げ、暴漢の腰に逆向きで跨ってみせる。

カミィも長身に見合ってそれなりに体重はあるが、乗ったところで屈強な男は潰れない。

ただ圧力と恐ろしさで息が詰まるだけ。


下着一枚きりの尻に、あやすような手でタッチが数回。

これはほんの挨拶代わり。


そこから本番、振り被った平手打ちが振り下ろされた。



一見すれば女性らしくしなやかで可愛らしいカミィだが、よく鍛えられており怪力。

日頃ポールに掴まって全身を支える掌にはタコがあり、分厚く硬い。

ここから繰り出される衝撃は全身に重く響く。


まだ舌が動かないので暴漢の悲鳴は荒い息として吐かれるだけ。

傍目には単に興奮しているようにしか見えない。



「悪いのはお尻叩かれちゃうって教わったでしょ?」


緊縛の発祥が罪人を捕縛する東洋の技術ならば、スパンキングもまたヨーロッパで古くから罪人に対する刑罰だった。

SMの入口として一般的なフェチズムなので実は愛好家も多い。


同意や信頼関係が無い上での責めは単なる暴力。

今回に限りはそれが適応された。

先にルールを破ったのはそちらなのだ。



控えめなピアノの旋律に、不規則な平手打ちの音が混じり合って異界はますます奇妙な空間。

大の男が子供のように尻を叩かれる姿はなんと滑稽か。


声にならない悲鳴を上げながら涙と洟を流して泥々になった、その顔。

正面からは背中を向けているが、丸いステージは様々な角度から見ることが出来る。

ランウェイ左右の席に着く客達からは晒し者になっており、嘲笑や愉悦の視線で肌の上が灼けそうだ。


「君のこと皆見てるよ、かわいいね……」

「もう悪いことしちゃダメだよ」

「じゃ、あとちょっとだけ頑張ろうか?」


罰を与えるカミィはまるで幼い子供に言い聞かせるかのような声を始終として崩さず、その柔らかさ優しさが実に不気味だった。



ただ傍観しか出来ない崇拝者達は信じられない光景に目を見張る。

これが今まで畏怖していた我らの神なのかと。


今まで神のように敬っていた相手が、それはそれは死ぬ程情けなく弱体化した姿を見せつける。

これは崇拝を崩す基本。



「良い子になれたかな?」


やがて長い躾が終わり、今度こそ完全に弛緩してしまった暴漢の頭をカミィが甘い手で撫でる。


尊厳を奪う程の暴力を与えて何もかも失うような精神状態に陥らせた後、褒めたり甘やかしたり。

これは洗脳の基本。


エゴのまま振る舞って相手の情緒を目茶苦茶にしてくるのがノエ。

一方、計算の上で相手から何もかも奪って真っ白になったところに刷込みするのがカミィであった。



「……っママ、ぁ……」


ようやく呂律が回るようになった舌からは一言のみ。

砂の城を崩された男は、陥落の熱に理性が溶けていった。


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