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コルシカの思い出  作者: 九JACK
十周年記念
40/47

再会と問題作

 一休みした街にて、思いがけない再会を果たしたりもする。

「あれ? 春子さんじゃん」

 アダムのそんな声に振り向いたのは、ショートカットの女性。淡い色の瞳がアダムのオレンジ色を写して見開く。

「アダムじゃないか。また会ったな」

 ルカも振り向く。アダムがまた美人を引っ掛けようとしている、と目が平坦になりかけたが、その人にはルカも見覚えがあった。

 東雲春子。名前からわかる通り、日本人であり、日本で今、再興を図っているアニメ文化に欠かせない「声優」の女性だ。以前、とある街でアダムやニノンと交流があり、ルカはとある事故から汚れてしまったアニメの原画たちを修復した経験があるため、知り合いだった。

 まさか再会することがあるなんて、と思い、春子に近寄る二人だが、そこに背の低い男性がぬっと現れる。体格には恵まれていないようだが、目つきだけはべらぼうに悪い青年が、春子を庇うように立つ。

「何? ナンパ? 春さん釣られるタイプじゃないよね?」

「違う違う。前、こっちに来たときに世話になった子だよ。ほら、かなくんも挨拶」

「……」

 かなくん、と呼ばれた青年は、訝しげなままだったが、丁寧に頭を下げ、「(みぎわ)哀音(かなと)」と名乗った。

「アダム・ルソーっす」

「道野ルカです」

「日本人?」

「ええと、日本から移住した三世です」

 へえ、と哀音はルカの顔を興味深そうにじっと見る。そこへ春子が入ってきた。

「そんな不躾に見たらいけないよ」

「でも、この子の目、綺麗なラピスラズリじゃないですか」

 ルカは目をぱちくりとした。やはり外国からしても珍しいようだ。まあ、それを言ったら、哀音も青い目をしているが。

 日本人って黒髪黒目が特徴のはずだが、春子も哀音も変わった目をしている。国際結婚なんて、今時珍しいものでもないし、どこかで別な国の血が混じったりしたのだろう。

「春子さんの友達?」

「ああ。アニメ制作に携わってる一人だ」

「……その話、したんですか?」

 哀音がぎょっとする。春子が何の躊躇いもなく頷くので、哀音はもごもごとしながら、やがて黙りこくってしまった。

「ニノンは? 一緒じゃないのか?」

「ニノンなら今、ホテルの確保に向かってます。春子さんはこの辺泊まってくんですか?」

「ああ。今回提出するのはちょっとした過去の問題作でさ。手間取りそうなんだ」

「春さん」

 哀音が罰の悪そうな顔をする。どうしたんだろう、と気になったが、春子が言葉を引っ込めたため、それ以上は聞けなかった。


 その頃、ニノンとニコラスはホテルに入っていた。

「ここならアダムちゃんもああだこうだ言わないでしょう」

「綺麗なところだね」

「そうね。のんびりしたい気分だわ」

「ルカ、修復の仕事、見つかるといいけど」

「まあ、とりあえず、二人を迎えに行きましょ」

 そうして廊下を歩いていると、ニノンは人にぶつかった。

「あ、すみません」

「いえ」

 ぶつかった人物の顔を見て、ニノンもニコラスも思わず息を飲んだ。はっとするような美貌の持ち主だった。白い肌に白い髪。青と緑が絶妙な配合で入り交じった瞳。

 何の感情も宿っていないような表情がその美しさを極限にまで引き立てている。彫像のように美しい人だった。

 と、息を飲んでいるうちに、その人物は通りすぎていった。

「綺麗な人だったね……」

「そうね。このホテルに泊まってるのかしら?」

 階段を降り、街に出る。広い街だった。

 広くて、閑静な街。揉め事とは縁がなさそうな澄んだ空気を吸って、ニコラスは歩き出した。

 何を懸念しているかというと、まあ、旅で様々な街に行くわけだが、ルカもアダムもニノンも、それぞれの厄介なアンテナで厄介事を拾ってくるのだ。三人共、協力を得ながらではあるが、自力で解決する。解決するのはいいのだが、それにしたって、巻き込まれすぎじゃないだろうか、と保護者は胃痛がしていた。

 人と関わる社交性があるのはいいことなので、あまり否定的な気持ちになりたくないのだが、いつか大きな火種にならないか、不安である。

「ニコラス、ルカとアダム、いたよ」

「ああ、あそこね」

 アダムのオレンジの髪は目立つ。奇っ怪な色に染めているニコラスが言えたことではないが。どんな人混みの中でも、あの明るさは意外と見失わないものだ。

「ん? 誰かといるね?」

「あれ? 見たことある人……あ!」

 途端にニノンが走り出して、ニコラスは訳がわからず、追いかけた。止めようにも、ニノンは疾風のように速い。

 子どもって元気ね、と思いながら三人に合流すると、ルカとアダムと対面して、日本人とおぼしき男女が立っていた。すらりと背の高い女性と、少し猫背で陰気な男性だ。

 日本人といえば、どこかの街で、春子、という名前の女性に会った話をアダムから聞いていた。桜色の目をした女性は特徴が一致する。

「ルカ、アダムちゃん、お知り合い?」

「ニコラス、お疲れさま」

「どうも」

 女性が会釈をしてくる。へえ、いい声、とニコラスは思った。

「おう、ニコラスにも紹介するな。日本でアニメってのを作ってる人たち。この人が春子さんで、この人が哀音さん」

「こんにちは。いつぞやはアダムくんたちにお世話になりまして」

「いえいえ、こちらこそ」

 折り目正しい挨拶を受けて、ニコラスは微笑んだ。礼儀正しい人で良かった、と安堵する。

「久しぶりだね。春子さんたちはまたアニメ関係の絵を提出に来たの?」

「まあ、関係してるっちゃしてるのかな。……聞きたい?」

「聞きたい!」

 ニノンの好奇心の旺盛さと積極さに、ニコラスは頭を抱えた。ルカが控えめにニコラスの裾を引き、耳打ちする。

「正直俺も気になる。春子さん、過去の問題作って言ってたから」

「問題作ねえ……」

 訳ありの作品ということらしい。興味をそそるには充分だ。

 子どもの瑞々しい感性を妨げるのもナンセンスか、と思い、ニコラスは場所を変える提案をした。

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