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コルシカの思い出  作者: 九JACK
200話突破記念
36/47

運命の人

「……というわけで、結構時間がかかりそうなんだけど、仕事を見つけてきたよ」

「どういうわけだよ……」

 アダムがそっと溜め息を吐く。平坦な目でルカを見た後、ルカにぎゅっと引っ付いている女の子に目をやる。

 ピエロのような派手な衣装。くりくりとしたアンバーの目と手入れが行き届いていない髪。パッと見で、ルカと同じく日本人の血が流れているんだな、とわかる程度に童顔だ。童顔も何も、その子は五、六歳ほどにしか見えないが。

 アダムと目が合うと、女の子はにこっと笑う。あまりにも無邪気な笑顔で元気よく、こんにちは、お兄さん! と言ってきた。

「こんにちは。……で、誰?」

「わたし、ミア! 運命の人にお仕事紹介したの!」

「依頼人ってこと?」

 ニコラスがびっくりしたように声をあげる。

 ルカの話を聞くに、今回修復する絵画は人の体よりも大きい。修復に時間がかかる、というのは修復箇所が多いからだ。絵画そのものの面積が大きければ、修復に手間取るのも無理はない。

 ただ、そんな大きな絵画を五、六歳の女の子が所持している、というのは無理がある。まあ、女の子の家のものなのかもしれないが。

 それよりも。

「運命の人って何?」

「に、ニノン?」

 ニノンが今まで聞いたことがないほどに地を這うような低い声を出して驚く。顔色もなんだか怒っているような、悔しがっているような……?

 ルカがきょとんとする傍らで、ミアと名乗った女の子はルカの腕にぎゅーっとすがる。

「運命の人は運命の人だもん。この人、わたしの運命の人だもん」

 説明になっていないそれに、ニノンだけでなく、アダムまでルカをじと目で見る。

「どこで誑かして来たんだよ?」

「誑かしてないってば」

「幼女誘拐はいただけないわね……」

「ニコラスまで!」

「ゆ、ゆーかいじゃないもん! わたしがついてきたんだもん!」

 ルカの立場が悪くなっていることを察したらしいミアがフォローを入れるが、それはそれで問題である。

「ええと、なんでついてきたの?」

「運命の人と一緒にいたいから!」

「その運命の人っていうの、やめてもらえるかな……」

 四人が集合したのはニコラスがパフォーマンスしていた広場である。広場というのは多くの人が行き交う場所である。先程からルカを「運命の人」と連呼する幼女は、それはそれは目立ち、さすがのルカも周囲からの視線が突き刺さってつらく感じていた。

 何も知らない周りから見たら、幼い女の子が少年に一目惚れしてついて回っている微笑ましい光景に映るのだろうか。

「わたしがいると、迷惑?」

「う……」

 そう言われると、そんなことない、としか返せなくなる。絵画のある屋敷まで案内してくれたのがミアであることは確かだ。

 そこへアダムが肩を竦めてみせる。

「ここは託児所じゃねえぞ?」

 それはそうである。ガキのお守りなんてごめんだ、とアダムは言外に告げているわけだが、わざわざ口にしない辺りは、気が利いている。

 ニコラスも困り眉で微笑む。

「どこの家の子?」

「わたしはお屋敷の子だよ!」

「年は?」

「五歳!」

 あれ、とルカは思う。執事の話では屋敷の主人には子どもがおらず、娘が五歳で他界したとの話だが……

 ルカは今一度、ミアを見る。ピエロのような派手な装い、大きなアンバーの目、手入れの行き届いていないダークブラウンの髪を二つに結って、アホ毛と共にひょこひょこ言わせている。ルカにしがみついている手からはきちんと人間としてのぬくもりが伝わってきており……ミアが幽霊という線はなさそうだ。

「五歳の女の子が一人で出歩いてていいのかい? 親御さんが心配するだろう?」

「大丈夫! 運命の人を見つけたもの! おつかいがちゃんとできたから、パパにもお姉ちゃんにも褒めてもらえる!」

「……おつかい?」

 その言葉が気になったけれど、ミアが答えなかったのでその場はスルーすることとなった。

 ミアは子どもで話が通じない、と諦めたのか、アダムが話題を切り替える。

「宿は見つけたぞ。四人一部屋だ。気の良さそうなおばさんが店主でな、この辺では飯が美味いって評判らしいぜ」

「へえ、ごはんもつくんだ。いいね」

 旅の中でわりと大変なのは宿探しの次は食事だ。雨風凌げる場所を提供してもらえるだけでも充分ではあるが、食事に関しては持ち込みオーケーということにして、各々で用意しなければならないパターンが多い。

 一部屋も広く、ぎゅうぎゅう詰めで寝る、ということもなくて済みそう、というかなり好条件のところをアダムが見つけ出してくれた。

「問題は滞在期間だな。ルカの仕事が、どれくらい時間がかかるか……」

「まだ詳しく調べてないからわからないけど、大きい絵の大部分を修復しなきゃならないから、一週間で終わるかどうか……」

「手伝いいるか?」

「めっ」

「うおっと」

 ルカとアダムの間にミアが割り込む。両手をいっぱいに広げて、ぷくっと頬を膨らませていた。

「あの絵は運命の人しか触っちゃ駄目」

「あー……絵の状態は知らねえけど、そんなにひどいのか?」

 修復家以外に触れさせたくない理由として、絵画の状態がよほど悪いというものがある。ミアからすれば、どこの馬の骨とも知れないアダムは絵画を触らせるのに信用できない、というのもわかる。

「パパが怒るから駄目なの」

「パパ……依頼人か? でもなあ。人一人分以上の大きさのある絵の修復だろう? 助手の一人くらいは許してもらえないもんかねえ」

 アダムの言うことは尤もだ。宿代だって、燃料と同じで永遠に湧き続けるわけではない。

 ルカは少し考え、ミアに問う。

「あの女の人に僕が似てるから?」

「……うん」

 ミアは静かに頷いた。

「俺の推測が正しければ、依頼人は、今は亡き娘さんの姿をあの絵画に見ているんだと思う……」

「それがルカに似てるのか?」

「うん。黒髪に青い目の女の人だった。……病に伏しているっていうし、そこは慮った方がいいかもしれない」

「でも、金はどうする?」

「前払いでもらえるか、交渉してみる」

 なんとか話がまとまったところで、ほっと息を吐いたのは、何故かニノンだった。

「運命の人って、そういう……」

 何かに納得したらしい。先程までの怒気が抜けていて、ルカもほっとした。

 ひとまず、アダムたちには先に宿に行ってもらって、ルカは再び屋敷に向かう。先程と違い、ミアの足取りは重かった。

「どうしたの?」

「……時間もお金も、たくさんいる?」

 不安そうなアンバーがルカを見上げる。

 ルカは否定できなかった。が、立ち止まり、ミアと目線を合わせる。

「うん。どうしても時間はかかるよ。でも交渉するのは俺だから、ミアは怒られないよ」

 それでも、ミアの表情は暗い。

「パパには、時間がないの……」

 病気と言っていた。ルカが神妙な面持ちになる。

 つまり、こちらの資金力云々よりも先にタイムリミットが来るかもしれないということだ。絵画の修復も、あの屋敷に使用人が少ないのも、屋敷の主が亡くなっても、恙無く終われるようにという……所謂終活の一部なのだろう。

 ただ、終活はしようと思い立って、最後まで終わらせられるかはわからないのだ。おそらく、そのうちの大きな一つがあの絵画。責任という重石が、ルカの肩にのしかかる。

 絵画はエネルギーになって消えていくけれど、人の思い出というのは、何も残さずに、その人の死と共に消えていくものだ。

 ミアもパパが死んでしまうのが怖いのかもしれない。誰だって、誰かが死ぬのは怖いものだ。

 屋敷に着くと、先程の執事が出てきた。

「依頼人……この屋敷の主に会わせてもらえませんか?」

「申し訳ございません。ご主人様は病床に臥せっておられまして、人とお会いすることができません」

 では、と執事に修復をするにあたって料金をいくらか前払いしてもらえないか交渉する。執事は主人の代理人も務めているようで、ルカが事情を説明すれば、するりと了承してくれた。

「そちらの状況もある程度聞きました。できるだけ早く、修復完了できるよう努めますので、よろしくお願いいたします」

「ええ、お願いいたします。()()()()()()

「え?」

 自分のものに似た、違う人の名前を呼ばれ、心がざわりとする。修復道具は持ってきたため、修復は始められそうだが……なんだろう、この違和感は。

 ミアがきゅ、と裾を掴んでくる。そこに安心させるようにそっと手を重ね、ルカは絵画のある部屋へ向かった。

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