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コルシカの思い出  作者: 九JACK
200話突破記念
35/47

風刺画の価値

200話突破記念です。テーマは「風刺画」

なお、コルシカ世界まで「バンクシー」という画家が残っているものとします。この物語はフィクションです。

『数世紀に渡り、謎の画家として知れ渡るバンクシーの壁画が発見され、ルーブルはバンクシーを探しております。ルーブルの見解としては、バンクシーの壁画は風刺画的な意味合いが強く、エネルギー還元率が高いかどうかについては疑問が持たれるところですが、バンクシーという画家との接触により、今後のAEP発展についての手掛かりを……』

 ザザ、ザザ、とノイズの混じるラジオを、アダムがぷつりと消す。別に不快だったわけではない。画家を志すアダムとしては、数世紀に渡り活動を続けるバンクシーという存在は非常に興味深いものである。

 が、ルーブルがバンクシーを探している、という話は、エリオの件もあり、あまり快いものではなかった。バンクシーという画家には、是非、今後も自由に活動して、壁画というAEPに還元できない絵画を生み出していってほしいものである。

「バンクシーって、前に見かけたやつだよね」

 聞き覚えのある名前にニノンが興味を持ったらしく、後部座席から弾んだ声をかける。乗り出すニノンに、アダムは危ないから座れ、と声をかけた。

「長い間活動しているから、個人の画家ではなく、集団の画家としてバンクシーって名前だけが受け継がれているって話だねえ。昔は絵画が売り物だったから、戦地やスラムの壁に絵を描いて、そこで貧しい思いをしている人がバンクシーの絵で救われたって話は有名だね」

 助手席から、ニコラスがニノンに振り向き、バンクシーについて話す。

 男か女か、年齢はいかほどか、一人か複数人かなど、様々な議論が成されたバンクシー。その特徴はキャンバスにではなく、建物の壁や扉などに絵を描くところにあり、ひもじい思いをしていた人間が、家の扉に描かれたバンクシーの絵を売って、食うに困らなくなった話など、たくさんある。

 その性質上、バンクシーの絵は風刺画とされた。

「ふうしが?」

「世の中で当たり前になっていることを皮肉った絵だね。絵画にメッセージ性があった時代の話」

 AEPにより、人々は救われた。絵画の芸術としての価値を生贄に、人々はエネルギーショック、暗黒の時代を乗り越えた。

 絵画は旧時代の言い方で言うのなら、エネルギーを生み出すための燃料としての価値しかなくなった。人がどんな思いでその絵を描いたかなんて、重要ではなくなってしまったのだ。

 そのことを聞いたニノンが複雑な表情をする。

 ニノンには絵画に込められた声を聞く力がある。ニノンは誰よりも、絵画にメッセージ性、意味、人の思いがあるのを知っていた。だからこそ、それが軽んじられる世の中が切ない。

「インターネットが盛んだった時代には、デジタルで描かれた絵でも、風刺画は流行ったよ。SNSが流通してたから」

「えすえぬえす?」

 隣で語り始めたルカにニノンは疑問符を向ける。アダムは呆れたように「ほんっとーにお前は何も知らないんだな」と告げた。

「んー、遠くで離れている人同士が匿名やニックネームなんかで交流できる文化だよ」

「そうそう。そこから画集出した人とかもいたよな。それこそ、日本はその発展が著しかったよな」

「うん。デジタルの絵はデータさえあればいくらでもコピーできたし、データさえ壊れなければ、修復も必要ないからね」

「ほえー」

「それでも手書きの味とか、手書きの風味は好まれたけどな。だから日本のアニメは好かれるんだろうな」

 懐かしいな、とアダムが目を細める。いつだったか、日本のアニメの再建のためにルーブルへ向かう旅人に出会った。彼女らは手書きでアニメを描いているのだと言った。

 AEPに還元すること。それが現在の絵画の価値だ。それ以外の価値があった時代、というものに思いを馳せると、少ししんみりとした気持ちになる。

 それ以外の価値が認められないから、今はAEPに還元することが絵画の全てになっているのだ。けれど、人は心を捨てることができない。だから、ニノンには「絵画の声」が聞こえる。

 人間が人間である限り、創作物に思いを込めずにはいられないのだろう。その「思い」の部分を強く掘り出したのが風刺画だった。

 が、社会風刺のような絵はあまり見かけない。その点でバンクシーという活動家はよくやるな、と思う。

「さ、街が見えてきたぜ」

「うん。修復の仕事、見つかるといいんだけど」

 旅の一行の一番の困難は資金調達である。旅から旅の根なし草であるため、定職がなく、最近はアダムの車の燃料も値上がりしており、旅を続けるにも資金難は深刻な問題だった。

 アダムとニノンは仕事という仕事もなく、この一行の稼ぎ頭は路上パフォーマンスのできるニコラスと絵画修復家のルカである。

 ニコラスはパフォーマンスのできる広場があればどうにかなるが、ルカは絵画修復の依頼がないと仕事ができない。絵画の所持は違法とされているし、AEPが高騰してきているこの頃、絵画を修復せず手元に置いておく、という人物の方が少ない。修復待ちの絵画なら、所持していても違法ではないが、持ち主が「修復してほしいかどうか」も仕事で、相手がある以上、尊重しなくてはならない部分だ。

 修復を依頼されれば、仕事熱心なルカは完璧に修復をこなす。が、未修復の絵画の所持が認められているのは、絵画に思い入れのある人物からすれば、貴重な抜け穴だ。そこを「修復させろ!」と無理矢理案件にするのは人道的ではないだろう。

 というわけで、ルカの仕事探しは大変なのである。

「じゃあ、俺はニノンと宿探し、ルカは仕事探しな」

「うん」

「あたしはそこの広場にいるわ。迷子になったらここに集合ね」

「オーケー!」

 旅を始めてから、そんなに時間が経っていないような気もするが、役割分担や非常時の対処も慣れてきたもので、四人はぱぱっと分かれて行動する。

 ルカは画商を探した。画商があると、そこに絵画について困っている人が集っていたりするからだ。上手くすると仕事が見つかるかもしれない。

 そうして、辺りを見ながら歩いていると、とん、と誰かとぶつかった。

「わ、大丈夫ですか?」

 ぶつかった人に謝ると、それは五、六歳のいたいけな女の子だった。

 女の子は最初、ごめんなさい、としおらしく謝っていたのだが、ルカの顔を見て、ルカにぴょん、と飛びついた。

「おわ!?」

 ルカは半ば押し倒される形で後ろに転倒する。

 女の子はお構い無しに、きらきらとした目でルカに言った。

「見つけた! あたしの運命の人!」

「……はい?」

「ラピスラズリの目を持つ日系の男の子! あたしの運命の人!」

 運命の人、と繰り返す女の子。ピエロのような派手な衣装を身に纏っている女の子は、アンバーの目をきらきらとさせて、繰り返した。

「ねえ、運命の人、あなた、絵画修復家でしょう?」

「え、うん」

「じゃあね、じゃあね、依頼があるの? お暇ある?」

「う、うん」

 こんな都合のいいことがあるだろうか、と思いつつ、ルカは女の子に手を引かれて、街を駆けた。

 子どもだからか、女の子は足が速い。ルカのことを日系と言った彼女だが、彼女も日系に見える。目が茶色いから、尚のこと。

 そうして、辿り着いたのは、大きな屋敷だった。

「運命の人にはね、お姉ちゃんを直してほしいの!」

「……俺は医者じゃないんだけど……」

 女の子の言うことの意味がわからないまま、屋敷に入る。屋敷はしん、としていた。

「おや、客人ですかな?」

「うん! あたしの運命の人!」

 どこからともなく出てきた執事らしき人に女の子が言う。運命の人、という表現に微妙な心地になりつつも、ルカは名乗った。

「はじめまして、道野ルカと言います。絵画修復家をしている者です。こちらに修復してほしい絵画があると聞いて来たのですが」

 ルカが名乗ると、執事はモノクルの奥の目を見開き、それから「こちらです」とルカを案内した。

 その先の、一番奥の部屋にあったのは、大きな絵画だった。ルカは「運命の人」と呼ばれた理由と執事が驚いた理由を理解した。

 二メートルはあるであろう額縁の中に描かれていたのは、黒髪にルカと同じ青い目をした少女で──その少女が手を取っている何者かは、黒く、黒く、塗り潰されていたのだ。

「これは……」

「ご主人様が大切にしておられる絵画の一つです。未修復の絵画はルーブルに提出しなくて済むのはご存知ですよね? それで、これまでどこにも依頼をせずにいたのですが……ご主人様が病に見罷られ、余命いくばくもないため、そろそろ修復して提出してしまおう、ということになりまして。けれど、この大きさですから、なかなか請け負ってくださる方がおらず、困っていたのですよ」

「……こんな立派なお屋敷に、後継の方はおられないんですか?」

「お嬢様は五歳のときに、病気で……」

 なるほど、とルカは頷いた。これ以上穿って聞くのも良くないだろう。

「わかりました。ご依頼、お引き受け致します」

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― 新着の感想 ―
[一言] アダムの運転からシーンが始まるの、物語の開幕って感じでわくわくしますね…! そしてルカが女の子に押し倒されるシーン何度見ても良すぎる 運命の人認定されるの最高すぎ そんな運命の人ですが、理由…
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