旅の一行と虹の色
「コルシカの修復家」100万文字突破おめでとうございます!!(とっくの昔に超えていた)SSです。かなり短い&くじゃくさんの妄想強めです。
くじゃくさんはアダム推しということを踏まえてお読みください。
コルシカ島にも雨期がやってきた。
降っては止んで、降っては止んでの繰り返し。旅の一行の運転手担当のアダムは非常に疲れていた。何が疲れるって目が疲れる。
「宿、取れたわよ」
「怪しくねーとこ?」
「怪しくないわよ」
駐車スペースに車を停めると、ニノンが元気いっぱいに外に出る。ルカも続いて車から出て、あ、と声を上げる。
「雨、止んでる」
「今?」
アダムとしては運転中に止まなかった雨が憎たらしく、疎ましかった。何せ、今回は長距離運転だったのだ。しかも道中はずっと雨。小さな町や村は灯りがなく、やっとこさ大きめの町に着いて、宿が取れたのである。
ただでさえ古い車で運転に気を遣うのに、雨だと尚のこと気を回さなければならない。車を運転したことのない子どもにはわからない感覚だろう。
「見てアダム! 虹出てるよ虹!」
「あー? さっさとホテル入って寝させろ……」
しょぼしょぼとした目のアダムとは対照的にニノンは有り余る元気で雨上がりを堪能していた。雨上がり特有の青い匂い。何故匂いなのに青いと表現するのだろう。空の青と関係があるのだろうか。
アダムだって、元気があればこの空をスケッチしたかっただろう。先程まで雨雲が立ち込めていたとは思えないほどの爽快な空。きらきらとした虹が空に架かっている。
「ええっと、今日の虹は……いーち、にーい、さーん…………じゅーよん!」
「ニノン、何数えてるの?」
静かに空を眺めていたルカがニノンの不可解な言動に問いかける。
ニノンはにぱっと晴れ空よりも明るい笑顔で答える。
「今日虹を作ってる色の数!」
「はァ? 虹は五色だろうが」
アダムが横合いから刺さってくる。ニノンがぷんすかと怒る脇で、ルカが首を傾げた。
「虹って七色じゃないの? 赤、橙、黄色、緑、青、藍、紫って父さんが言ってたような」
「あいってなんだよ? 愛か?」
「藍のことね」
はいはいアダムちゃん、ホットタオルもらってきたからねー、と甲斐甲斐しく世話を焼きつつ、ニコラスが会話の輪に入った。
ニノンが花のような瑞々しい紫をぱちくりとする。
「いんでぃご?」
「ニホン……ルカのおじいさんの故郷独特の色よ。藍染っていうのが有名だって聞いたことがあるわ。藍染は緑もあるらしいけれど、藍は青よりも深い色なのよね」
「なんだっけ、どっかの古い言葉で聞いたな。青は藍より出でて藍より青しってヤツ」
「何それ」
「日本では藍っていう植物から青色の染料を取るんだ。その染料で染めたのが藍染。藍自体はそもそもこの空みたいに明るくてクリアな色じゃないのに、藍からできる染料は優れた青だから、教えた人より教わった人の方が物事が上手くできることの例えとしてそういう言葉があるんだよ」
「へえ」
ルカの説明はかなりわかりやすく噛み砕かれていたが、ニノンの反応はわかっているのかいないのか、いまいち掴めない風だった。
「ニホンは色にたくさんの名前をつけているのよね。赤でも深ければ紅とか緋色とか、明るい赤は朱色とか」
「ほえー、すごい。あ、そういえばルカ、私の髪の色、初めて会ったときになでしこ色って言ってたよね」
「うん、撫子っていう花の色だよ」
「へー、じゃあニノンは花色の子だな」
目元にホットタオルを乗せたアダムが不意に放った言葉に、ニノンがぎょっとなる。ルカとニコラスも何事!? という顔をしている。
奇妙な空気を感じ取ってか、アダムが顔からタオルを退かす。なんだよ、と火照らせた顔でじとっと他三人を見た。
「撫子が花なんだろ? じゃあ目も菫色で花じゃねえか。よかったな」
アダムの端的な言葉に一同がきょとんとした後、ニコラスがアダムに抱きつき、ニノンがアダムの両手を握り、ルカはそのまま無表情でその様子を眺めていた。
「アダムちゃーーーーーーん! なかなかやるじゃない。アタシ、きゅんとしちゃった!」
「気持ちわりぃ離れろ」
「アダム、アダム、ええっと、えとえっと」
「ニノンは頭まとまってから話せ」
ニノンは胸がいっぱいになったような目で花が綻ぶように笑った。
「ありがとう、アダム」
アダムは、タオルをそっと目に戻しながら、おう、と小さく答えた。
それを見逃すニコラスではない。
「おお? アダムちゃん照れてる? ん? ん?」
「うるせー。ほら、さっさと中入んぞ」
「照れてるでござるな?」
「照れてるでござるー!」
「照れてるでござる」
「くっそルカまで! この野郎!」
そんな愉快な旅の一行を虹はにこにこと眺めているのだった。




