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コルシカの思い出  作者: 九JACK
六周年記念
11/47

ルカとサファリ

 ルカとアダムはサファリについてきていた。進めば進むほど、この木造の家がそれなりの大きさであることがわかる。

 サファリが立ち止まったのは[客室]と札のかかった部屋の一つだった。

 サファリに促されて入ると、そこは質素な部屋だった。テーブルとベッドが置かれているだけ。クローゼットもあるが、あまり使われていないようだ。しかし、部屋は綺麗で、埃一つない。

 相変わらずだなぁ、とサファリが苦笑する。

「この部屋は?」

「客室です。よく僕が使っています」

 ルカからの問いに問われることがわかっていたように答えるサファリ。続いてアダムが口を開く。

「小綺麗だな」

「この家の主が掃除好きなんですよ」

「主ってあのツェフェリとかいう女の子じゃなくて?」

 するとサファリは苦笑いする。何の苦笑いだろうか。

「ここの主はお話した通り、狩人です。夕方には帰ってくるでしょう。ツェフェリの旦那さんですね」

「は!?」

 目を剥いて驚くアダムを見て、サファリがくすくすと笑う。

「もしかして、狙ってましたか? ツェフェリ、可愛いですもんね」

「え、いや、そうじゃなくて」

 必死に否定するアダム。が。

「そんな真っ赤な顔で否定されても説得力に欠けるよアダム」

 ルカによる一刀両断。ぐさりと刺さったものの、アダムはすぐ立ち直り、話の方向を必死に逸らす。

「いや、あの人若いじゃん。まさか旦那さんいるとは思わないじゃん」

「あれで四捨五入したらもう三十路ですからね」

「女の人の年齢四捨五入すんなよ!!」

 失礼だろ、と怒る紳士アダム。ルカはその辺は気にしていないらしい。言われたサファリはけらけらと笑っていた。

「面白い人だなぁ。というか、この森で人に会うの久しぶりなんですけど。まあ、アダムさんには事前に話しましたが、僕は旅の商人です。この森に立ち寄ったのは、居間で紹介したツェフェリとアルジャンの作品を売りに出すためですね」

「アダムでいいよ。さん付けとかなんか痒い」

「俺もルカでかまいません」

「わかりました」

 ええと、とサファリは話を戻す。

「まあ、彼女らは絵師と画家なのですが。こんなご時世ですから、少しでもAEPの足しにしなければなりません」

「絵師と画家って何が違うんだ?」

「まずは座りましょうか」

 テーブル……というか、卓袱台を囲んで三人が座る。

 サファリが自分の腰につけたバッグから何やら取り出す。それは少し年季のあるカードの束だった。

 アダムが反応する。

「タロットカードじゃねえか」

「ご名答。これはツェフェリが作ったものですね」

「え、絵が描いてあるけど、ルーブルに提出しなくていいの?」

 ルカが不思議そうに尋ねると、アダムが答える。

「タロットカードは絵画判定されねえんだよ。トランプは知ってるか? タロットってトランプみたいなもんだからな。トランプはAEPに還元されねえだろ?」

 それは確かに。トランプやタロットのような娯楽品は絵画エネルギーに還元されないため、ルーブルへ提出する必要はない。

 でも、とルカがカードに描かれた絵を示す。

「これは芸術品って言っても恥ずかしくないくらいのものなんじゃない?」

「それはまあ、確かにな。丁寧に描かれてるし」

 そのタロットカードには無駄な装飾はないものの、小物まで細やかに描かれている。かつていたとされる絵画収集家などがいたら、泣いて喜びそうな作品だ。無論、このご時世、絵画をルーブルに提出せずに持っているのは違法故に収集家は存在しない。

 で、とアダムはサファリを見る。

「これを売り歩いてんの?」

「まあ。タロットは制度の隙を突けますからね。元収集家の方々なんかはご贔屓にしてくださっていますよ」

「商売上手なこって」

「商人ですから」

 さらりと返され、アダムはこいつ、となったものの、抑えた。今の時代、様々な生き方がある。サファリの振る舞いも生き方の一つではあるだろう。

「ツェフェリはタロット絵師として名が通っています。まあ、画家じゃない絵描きが絵師っていうんじゃないでしょうか。もっとも、ツェフェリはタロットも絵画エネルギーに還元されるようになったらいいと考えているらしいですが」

 少しでもみんなの暮らしの助けになるなら、と言っているようだ。サファリは肩を竦める。それはどういう意味なのか。

「で、アルジャンが画家というわけです。かつては人種差別に苦しんだ彼女も、時代の流れに沿った生き方を森深くで隠遁しながら行っているのです」

「人来ないだろうしな、この森」

 車が走れるように整備されているが、あまり使われていない様子も見られた。人気もなかったし、やはりあまり森を突っ切るというのは得策ではないのかもしれない。

 そう思うと、アダムはこの道を教えた前の街の壮年を思い出し、[糞親父]とか思うわけである。

 それはさておき。

「それで、修復家を呼んだ理由はあるんですよね?」

 ルカが切り込む。まあ、アダムたちをそういう条件で招いたのだから、修復してほしい絵画があると見て間違いない。

「ええ。修復してほしい絵画があります。あと、絵画があれば買い取りたいです」

「直球だな」

「売れる絵画はありませんが、修復なら……絵を見せていただけますか?」

 もうルカの目は仕事モードになっていた。アダムは知っている。このモードに入るとルカは他のことがアウトオブ眼中になる。

 サファリも待っていましたとばかりに、荷車から持ってきていた額縁にかけていた布を取った。

 それはひどい有り様だった。煤まみれで真っ黒である。何の絵が描かれているのかさっぱりだ。何をどうやったらこうなるのか。

 ルカは無言になった。あまりもの状態に言葉をなくしたのか、とアダムは見たが、ルカの口から出た言葉は次の通りだった。

「これ、わざとやりましたね?」

 その言葉にアダムは思い出す。エリオの家にあった、真っ黒な絵画。

 ──ルーブルに取り上げられたくなくて、黒く塗り潰した絵画を。

 サファリはにこにこと笑うだけだ。

「さあ? それはこの絵が修復される頃にわかるんじゃないですか?」

 煙に巻くような言い方だ。図星なのか違うのか、全く変化のない表情からは想像もつかない。

「とりあえず、依頼は引き受けます。こちらもタダでお世話になるわけにはいきませんし」

「まあ、そうなるわな」

 そうなると、もう一つ問題が浮上するわけだが。

「あの……この家で作業に使っていい部屋ってありますか?」

 すると、サファリはもちろん、と答えた。

 何故もちろんなのかというと、ツェフェリはタロット専門の修復家もしており、作業部屋があるのだとか。アルジャンもそこでツェフェリに色々教わったりしているので、広めに取ってあるのだとか。

 まあ、絵描きが二人もいるのだ。おかしくはない。

「となるとあとは家主の紹介ですね。森の見回りと買い出しに出ているのでいつ帰ってくるかわかりませんが」

「俺はとりあえず、作業部屋に案内してもらえれば」

「おっ、早速やってくださるんですね。嬉しいです」

 端から二人のやりとりを見ていたアダムはサファリの一挙手一投足に、何故だか違和感を覚えた。

 なんだかサファリが、嘘臭いというか。まあ、商人なんてそんなものだと言われてしまえばそれまでなのだが。

「ちなみに、絵のタイトルはなんです?」

 ルカが聞くと、サファリは少しだけ、先程までとは違う笑みで答えた。

「柘榴を食べた少女、です」

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