第八十一話 味方の中の敵
「くっそ、なんでだよ! 確かにまだいろんな事業が忙しいのはそうだけど、俺の手勢が一番温存されてるのは明白だろ。重成殿の下で戦えばいい経験になっただろうに……」
八幡は評定を終えると不満を口に出しながら足を踏み鳴らす様にして八幡曲輪へ帰還し、馬へと飛び乗ると小田城郊外に集まる軍勢の下へと向かう。
一千程の軍勢の集まる平野の中で、軍団を編成して指揮する信太重成の姿を探した。
「重成殿!」
「おぉ、八幡殿。このような場所で何を?」
「申し訳ありません。本当ならば私も是非にも軍勢を率いて参陣したかったのですが、赤松様や勝貞様、源鉄斎様等の面々から再三止められまして……」
八幡は軽く頭を下げ、口惜しそうに愚痴を溢す。
信太重成は子供のような邪気の無いその様を見て思わず笑いを溢す。
「はは、仕方がないでしょう。貴方は今や小田家の内政を大きく発展させると期待がかけられている若家老候補。今も尚多くの施策を試している最中で忙しいのだから、その手を止めるわけには行きますまい」
「そんな、私は大したことは……それに、若家老?」
「えぇ。まだ先の話しでしょうが、以前軽く氏治様とお会いした折にこの話をそれとなくしてみたのです。すると、反応は上々でしたし、家中での評判を鑑みても遠い事ではありません」
信太重成は優しげな笑顔を向け、八幡の両肩をぽんぽんと軽く数度叩く。
八幡は感じ入る様子で重成に深く頭を下げた。
「そんな、勿体ない事です。重成殿にはいつも気に掛けて頂いて、なんとお礼を申し上げればよいやら……」
「なに、貴殿の頑張りようが年若いころの自分に重なったまで。年の離れた弟の様な心持なのですよ。まぁ、お礼というなら信太家に何かあった時に助力してくれればそれで構いませんよ」
「勿論です! 此度の合戦でも大勝を上げられるよう、御武運を祈っております」
信太重成は複雑な笑みを浮かべると陣羽織を脱ぎ、八幡の肩へと掛ける。
「……えぇ。任せなさい。貴方は、氏治様を頼みますよ」
「お任せを。氏治様のお守りにはもう慣れましたから」
「そうですか……。では、いって参ります」
そして、信太重成率いる一千は小田城を出立した。道中で兵を加えながら、その数千六百となって北東諸侯の城を襲う江戸勢二千と対陣。激しい攻防戦を繰り広げる。
八幡は小田城へ戻る道中、遅咲きの桜に僅かな花が残るのを見かける。
ふと何気なく足を運ぶと、春の名残の様な一片の花びらがひらひらと舞い降り、広げた八幡の手の中に納まった。
「もう、春も終わりか」
約半月に及ぶ信太重成軍と江戸忠通軍の攻防戦は両軍に大量の死傷者を出した。
江戸忠通は佐竹義重によって握らされた大量の金銀兵糧と圧力によってそう易々とは退けず、信太重成には程々に戦って退くという手もあったが、地域一帯での小田家の信頼を厚くし、面目を保つためには勝つか戦って死ぬかの二者択一が重成には迫られていたのである。
そして、信太重成は驚くことに、英知を振り絞り、将兵に決死の覚悟を求める事で数的劣勢を覆す戦いぶりを見せ、誰の目にも勝利の光が微かに見え始めていた。
「よし、いける、行けるぞ! 私は私が思うよりよほど優秀だったのだ!」
「重成様! 我が隊はまだ意気軒昂! 是非とも突撃の御命令を!」
「根本行信! よくぞ申した! 岩田彦六の隊と共に左右の前線を押し上げ、鶴翼へ移行、そのまま敵の前線部隊を囲い込め! 信太兵庫殿に伝令! 丘から駆け下りて敵の遊撃部隊を後方から襲え! この配置ならまだ気づかれていないはずだ! 前線の包囲で纏めて叩けぇ!」
信太重成は勝機と見るや、兵を惜しまず前線へと投入。江戸忠通の先鋒一千は徐々に包囲を受け、後続の遊撃部隊五百名は信太兵庫の二百名から横槍を受けて遅れていた。
江戸家本陣では高齢の江戸忠通が臍を噛む思いで戦局を眺めていた。
「義重めぇ、かの菅谷政貞は南西方面へ主力を連れて出払っているから今が好機であると申したではないかァ! 赤松擬淵斎も出ては来ない? だが、まだこれほどの隠し玉が小田家にあるではないか! 何が容易く屠れるだと!? わしらは捨て駒のつもりか、舐め腐りおって!!」
江戸忠通は床几を蹴飛ばして自軍の劣勢に憤る。
老齢の忠通はその年ゆえか気性の乱高下が日に日に目立ち、あわや憤死してもおかしく無い程となっていた。戦場で失神されては敵わないと、重臣の加倉井久光が冷や汗を流しながら諫める。
「た、忠通様! 落ち着いてくだされ! 数ではまだまだこちらが優勢! 勝機は十分でござりまする!」
「馬鹿を言うな! この程度の数の差、将兵の気の持ちよう一つで如何様にもなるわ! 必ず勝てる戦だと奴は言った。秘策とてあると。しかし、何があるというのだ……!」
舌を打ち鳴らし、扇子を真っ二つに圧し折ると、ようやく気が落ち着いた様子でぶつくさと何かを呟きながら床几に腰を下ろす。
加倉井久光は胸を撫で下ろして一息つくと、手ぬぐいで額を拭いながら戦場へと目を向けた。
前線では同じく家老の神生通朝が自ら指揮を振るい、将兵を鼓舞して回りながら戦局の打開策を講じて足掻き続けていた。
(このままでは包囲される……)
「右翼はもうだめだ! 盾を並べ、鑓を揃えてひたすら敵の攻勢に耐えろ! 右の騎兵を左翼の騎兵と合流させ、騎兵を一度後退させるのだ! 飯島七郎殿、騎馬隊を率いて大きく後退し、敵の包囲を一度脱して外側から突いてくれ!」
「通朝様! 本陣から通澄様の兵五百が増援として……」
「先ほどから聞いている! いつになったら通澄様は現れるのだ! 左翼、戦線を突破されぬ程度に横陣を延ばし包囲に対抗せよ! 騎兵隊に損害を出させるな!」
江戸通澄隊は信太兵庫、さらに増援で送られた信太外記の計三百に足止めを受けていた。
しかし、通澄は以前より神生通朝とは折り合いが悪く、その援軍には積極性に欠けているのも確かであった。
このような江戸家の内情が幸運にも信太重成に味方し、信太家を中心に固めた重成の軍は比較的連携がうまくいった事もあって優勢、攻勢が続いた。
「よし! 掛馬治部左衛門よ! 居るか!」
「は、此処に!」
「本陣から百の騎兵を率い、江戸忠通の居る敵本陣を奇襲せよ! 首を上げればこの戦は終わりだ!」
「御意! 前に目を取られた忠通めの首、迂回して背後から討ち取りまする!」
信太重成は予備兵力と呼べる軍全てを使い切り、劣勢を覆した英雄的大勝利を今、掴もうとしていた。
「信太重成様! 宍戸義綱様の増援部隊が到着! その数三百!」
「よし、我が方の勝利はよもや疑うべくもない……皆の者! よく頑張ってくれた! 今宵の祝宴の為にもうひと踏ん張りだぞ!」
信太重成軍は鬨の声を上げ、一気呵成に攻め立て続けた。
一方、江戸家本陣は一様に絶望の色を顔に浮かべ、忠通は指揮棒を手から滑り落した。
「足長州浜の紋……宍戸義綱か。我が軍は敗北だな」
「くぅ、義重様は我等を何だと思っておられるのか。ともかく、撤退の準備を……」
加倉井久光は少しでも損害を減らすべく、一刻も早い撤退を指揮しようとするが、江戸忠通が無言のままこれを制す。
(何かが、妙だ……)
江戸忠通の長年の戦場の勘がそう伝える。
そして、戦場を再び深く広く見渡し、呼吸を整えて状況を整理した時、忠通は目を見開いた。
(これは、援軍だ!)
「全軍に伝えよ! この戦は我等の勝利で決した! 全軍は足を再び揃え、鑓衾を組んで突撃せよと!」
「な、何故!」
「さっさとせい! 勝機を逃す!」
加倉井久光は異論を胸にしまい、早急に全軍一斉攻撃の号令を下す。
信太勢はここにきて急に息を吹き返した江戸勢に一時浮足立つも、最後の悪あがきと一層の攻勢に出て両軍はがっぷりと深く噛み合った。
すると、どうした事か、宍戸義綱勢三百余騎は二百足らずの信太重成本陣を背後から強襲したのである。
「ば、馬鹿な……! 御一門ともあろう貴殿が……宍戸義綱殿、何故!!」
「我等は今この時より、江戸忠通殿にお味方いたす! 立向かうものは斬って捨てよ!!」
「オォォ!」
予備兵力を使いつくし、前線の兵も敵と深く噛み合った以上引き揚げさせることもできない。信太重成率いる本陣は宍戸義綱に成すすべなく押し切られた。
「小田家の衰亡もはや見るに堪えぬ。信太重成の首を手土産とせん! 者共、押せ、押せぇ!」
宍戸義綱は嫡男義長と共に矛を振るいながら山を駆けおり、勢いそのままに立ちはだかるすべてを斬り捨て、荒れ馬の蹄でひき殺しながら本陣を分断する様に直進した。
「ふ、ふふふふ、ふははははは! この手自らで鑓を振るうなど幾年ぶりか! 政貞殿に前線ばかりお任せして、腕が鈍ったと嘆かわしく思っていた所よ! 丁度良い、裏切りの卑怯者共め! この重成の鉾の錆にしてくれるわ!」
信太重成は撤退を指揮と並行し、自らも鑓を揮って宍戸義綱勢に立ち向かい奮戦。
全軍が引き上げるまで本陣を戦場に残し続け、とうとう信太一門の死傷者を出さずに退却せしめると、満足気な笑みを浮かべて江戸勢によって討ち取られたのであった。
「小田家軍奉行、信太和泉守重成の首、討ち取ったりぃ!!」




