第七十九話 鉄砲より大鋸
八幡は岡沢九郎兵衛の初仕事である、長屋や極楽寺の末寺に使う資材の規格化、統合作事計画と名付けられた政策の達成を祝い、功労者を集めて宴席を設けて労っていた。
「作事方との並行でさぞ大変だったろう。二十貫ではまだまだ少ないが、必ず働きに報いるつもりだから一層励んでほしい。酒はいくらでも用意があるから好きに飲んでくれ」
「へい。かたじけねぇ限りですが、労うと仰るなら人使いを直して頂きたいもんですね」
岡沢九郎兵衛に真乗坊も続く。
「ははは! 左様ですな。仕事が多いのは良い事ですが、忙し過ぎましょう。兵共も作事に普請にと手を取られてばかりで、刀を持つ体力も無い程です」
「それは困るな……まぁ、もうじき主要道はほぼ開通する。そうすれば暫し休暇を挟んで、拡張改善工事と、距離の延長だけで忙しさは半減するはずだ。それに、手塚殿が荒くれ衆を説得して徐々に普請工事に回る様人手を集めてくれている」
手塚石見守は直臣で無いながらも、傭兵の口利きを始めとした仕事の斡旋で影響力を及ぼしていた浮浪者、牢人衆に普請へ回るよう誘導し、その中から手塚の百鬼夜行に取り立てる事もあると飴をぶら下げて誘導を行っていた。
無論、気ままに暮らしたくて牢人をしている野盗まがいの者が多く、大半はこの誘いを蹴って小田領から去り始めていた。それでも、僅かでも影響力を及ぼせる人員と、戦時の増強用の人員を確保したいという思惑から八幡と共同していたのである。
八幡はそれなりに技術を手にした手勢を班長と副班長とし、浮浪者や出稼ぎ、普請賦役で集められた農民をその下に付けて作業をさせた。その際、普請の出来に順位を付けて褒美を出して競わせることを継続し、あるいは家田畠を与える事もあった。そこに、手塚石見守の浮浪者、牢人衆が一部編入される形となる。
真乗坊は肩を竦めながらため息交じりに続けた。
「そうなるとよいですがな。ただ、普請方は頭数を増やせるから良いものの、作事方はもう暫し忙しくなるのでしょう?」
「まぁ、な。だが、その為に職人は増やしたし、職人の仕事を分けて減らせるように今回の工夫を凝らしたわけだ」
「で、その工夫の先には何が待ち受けておられるので?」
「車を作り、小田家が伝馬の様に車借を経営する。その際には手先の器用な真乗坊が作事方から人を引き抜いて作業に当たってくれ。車輪作りは容易ではないからな」
「なるほど。そこまで考えて普請や作事を盛んに行い、良し悪し問わずに職人を集めた訳ですか。確かにこれ程居れば車作りを専門に任せられそうな人員も一定数見つけられるでしょう」
(そこまでは考えてないが……そういう事にしておこう)
「そうだろう? 真乗坊はしばらく車作りに当たってくれ」
「御意に」
真乗坊はニヤリと不敵な笑みを浮かべて頭を下げた。まるでこれから悪巧みする子供のようにも見えるその顔は、銭の匂いを嗅ぎつけた顔である。
真乗坊は次々に八幡の提案する銭稼ぎの手段、金策に感心したのである。
八幡は真乗坊との話を区切ると、岡沢九郎兵衛へと向き直り問いかける。
「そういえば、以前軽く話した鉄砲の件はどうなった?」
「種子島でありやしょうか。ありゃぁ、駄目ですね」
「駄目とはなんだ?」
「種子島が戦でどれ程のもんかは知りませんが、張り立てるにゃ技術が特に難しい上に、良質な鉄が必要なんでさ。堺や根来、雑賀の種子島は大陸か出雲の良鉄を使ってまして、これまた手に入れるのが骨です。安く手にしたいと仰ってましたが、設備と人を整えて、商人と連携して資材の入手をして、領民の生活必需品も供給しないで種子島を作らせるってのは、果たして安上がりなんでしょうかね?」
八幡は岡沢九郎兵衛の進言を受けて一理あると腕組みをして考え始める。
考えてみれば、鉄砲が根付いたのは良質な鉄の産地や刀鍛冶の名地で高い技術力を持つところ、有力な港をもつ所に限られることに気が付く。
霞ヶ浦も良港ではあるが、西国と東国では入手の難易度に差が出る。数少ない資源なら東国に流れる前に堺や雑賀で抑えられるし、取引価格も常陸に着くころには高額になっている。
それを考えれば、鉄砲を購入して西国商人の“良い顧客”となってその後の火薬などの調達も潤滑に進める方が合理的である。
(ゲームとは違うんだ。なんでも簡単に自家生産、なんて考えは捨てたほうがいいな。地方を押さえる盟主のレベル……それこそ、近畿以東では上杉、武田、北条、伊達……こういった大大名で無いと自家生産は反って高額になるわけだ。軽はずみに維持費のかかる負の遺産を残すわけにもいかないしな)
「なるほど。よく解った。では、これからどうするべきだと思う?」
八幡は酒を勧めながら、事あるごとに無礼講だと周囲に語って笑い、好きに物事を言いやすい空気作りに努めながら問うた。
岡沢九郎兵衛は「へへっ」と笑って鼻を擦り、酒をグイと大きく呷りながら答える。
「そんなこと急に言われやしてもねぇ……あぁ。あれなんてどうですかい? せっかく鍛冶屋に鋳物師が集まってんです。大鋸を作りましょう。あれはきっといいでしょうよ」
「大鋸……あの大きな鋸か。だが、何故だ?」
大鋸は室町期ごろに日本に伝わり定着した道具で、二人で用いる鋸である。
これは長い丸太上の木材を縦に切り分けられることから、主に板材、角材の生産と製材に用いられ、生産性の大幅な向上に役立った。
実は、これ以前の板生産はいくつもの工程を踏むものであり、その生産性は低く日本で板はそれほど普及していなかった。用途によっては板材が必要な現場もあるのでこの限りではないが、一般的には小さな板材を組み合わせた物が屋根や壁に用いられ、その壁も殆どは土壁が一般的である。
木の文化と持て囃され、多くの人が想像する板張りの家屋は大鋸が普及し、さらに一人で使える前挽大鋸と呼ばれる道具が一般化され、製材の生産性がまた一段と高まった江戸時代からの事である。
それまでは地方農村部では原始的な草造りの家もあったとされ、一般的なのは土づくりの家であったのだ。
「材木を規格化しても、やっぱり製剤の手間は多いし職人仕事じゃぁないですかぁ。そこぉーですよ? 大鋸作ってもっと普及させれば安価で容易になるしさぁ、大鋸を専門的に学ばせとけばすぐに板材の生産量も増やせっじゃないですかー」
「あ、あぁ、そうだな。ただ、そろそろ酒はいったん置こうな。吐いたらぶんなぐるぞ? マジで」
「なぁにいってんれすか~、八幡さんが無礼講で飲めってよぉ! あぁん? えっと、そう! 大鋸作っとけば民草は木材も簡単に手に入るようになって大喜び! 小田家にも感謝してみんな万々歳! ぅえぇ」
「おい! 誰かこいつを堀のところまで運べ! ここで吐かせるな!」
岡沢九郎兵衛に続いて深酔いしたものが続々と堀へ投げ込まれ、後日小田城の正門を通るたびに異臭がすると数日話題になるが、八幡は素知らぬ顔でやり過ごすのであった。
「しかし、今打ち出してる政策との組み合わせは良さそうだし、確かに大鋸引きを強化していくのは名案かも知れないな……」
八幡は早速鉄砲作りを想定して集めた鋳物師、鍛冶屋衆を転用、岡沢九郎兵衛に率いさせ、鋸の歯を無事に作れそうな器用さと根気のあるものが選抜されて大鋸の生産が始まった。




