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第四十一話 桜木葵

 本日はいいお日柄で、白木さまも元気でいらっしゃいます。

 さて、私はといいますと、白木さまが正式にお話を通してくださったらしく、烏帽子を付けた家格の高そうなお武家さまが出仕したばかりの私の元へいらして「北条さまの手当てをするように」と命ぜられました。


 早速嬉々とした足取りで北条さまのお屋敷へ参りますと、私より先にお客さまがいらっしゃいました。


「あ、こ、こんにちは」


 私は予想外のことで驚きましたが、よくよく考えればお見舞いに来る人がいるのは当然かと思い直し、動揺しないように取り繕います。


「わ、私は白木さまのお手伝いで、北条さまのお怪我の手当てを命じられている使用人で、ぁ、農民の子の桜木葵と申すものです!」


「ん? あぁ、君はこの前の……」


 そういいながら振り返る男性の姿に私は見覚えがありました。そう、この方は氏治さまが私の住む粗末なあばら屋へいらした際、その護衛をしていた方です。


「あの、お久しぶりです……えっと、その……」


 やっぱり突然のことで動揺を隠せずにいて、それでも、この前のことだけでもしっかり謝らなければと言葉を探している内に、あちらから先に声をかけてくださいました。


「あぁ、この前の件は気にしてないよ。もちろん他言する気もない。君があのような行動に出るに至った感情も当然のことで、ある意味仕方がないと言えるからね。氏治様も同じように考えていらっしゃるよ」


 そう笑顔で慰めるように言ってくださり、その中でも、感情のまま行動するのだけは気を付けるようにと、くぎを刺されました。


「ありがとうございます」


「いやいや、そんなことより、君はなんでここにいるんだい?」


「えっと、かくかくしかじかな訳でして……」


 当然の疑問を投げかけられたので、口ごもることもなく説明し、理解してくださり、納得したようにひとつ頷くと、北条さまと白木さまを交えて雑談することになりました。


 雑談前に、何かが引っかかる様子で護衛をなさっていた男性は首を傾げ「この時代なのに名字?」と呟かれました。


「葵は農民なのに苗字があるなんて、元は立派な坂東武者の家柄だったりするのか?」


 私の言動によってこの方に勘違いさせてしまったと、謝罪しながら慌てて訂正します。


「申し訳ありません。私たちなんかが坂東武者の末裔だなんて恐れ多いことでございます。ただ、城下の桜並木から一本だけ外れた所に桜が生えてまして、私たちがその近くに住んでいたから、呼び分ける都合でこう名乗っているだけなんです」


「あぁ、なるほどな」


「えぇ、ですから近所は皆桜木って名乗ってます。近所はそれで通じていたので。ほかにも一本桜とか木下って名乗っている方もいますね」


 この後の世間話によると、男の方は極楽寺の仏様が遣わした由緒正しき御人で、名前は出てきませんでしたが、北条さまからは八幡どのと呼ばれていました。


 ゆえんは、氏治さまを黒子村での合戦のおりに、偶然居合わせ弓矢を用いて逃亡のお手伝いをしたことで、その昔、偉い弓使いのお侍さまが名誉を懸けた大一番で仏さまに祈った時の台詞からとったという、何ともややこしい呼び名をつけられていました。

 特に、この渾名が広まったのは、私の父が亡くなった先の戦であり、白木さまのお父上が壮絶な最期を飾られた戦場において、弓を引いて大活躍した事もあるのだとか。


「では、八幡さまは私の父上の最期を見届けてくださったのでしょうか?」


 白木さまが問われると、八幡さまは奥歯をかみしめたような顔で項垂れてしまわれました。

 北条さまが白木さまを制して謝罪させようとしましたが、それをさらに八幡さまが制して口を開きました。


「申し訳ありません白木御前……私は平塚殿を身代りにして生き延びているのです」


 八幡さまがそういうと私と北条さまは驚き、それでも北条さまは何かわけを知っているご様子で、何かを口にしようとしていましたが、不意の出来事で声を張り上げそうになったのか、傷に響いたらしく、傷口を押さえて倒れてしまいました。

 しかし、白木さまだけは驚くでもなく、どこか胸のつかえがとれたように悲しげな笑顔を浮かべ、


「左様でしたか」


 そう小さくつぶやいただけでした。


「白木御前、今更許しを請おうなどとは思いません。しかし、どうかこの身で償えることがあれば、どうか償わせていただきたく思います」


 八幡さまはそういうと、畳に額をこすり付けるように深々平伏し、それを見た白木さまは微笑みながら仰いました。


「いえ、八幡さまは隠していらっしゃる。北条さまもご説明してくださろうとなさいましたが、傷に響くうちは無理でしょう。でも、私にはなんとなくですが……わかるのです」


 白木さまが虚ろな目で宙を見つめると、八幡さまも顔をあげて、白木さまの顔を見つめました。たぶん、その言葉の真意を探ろうとなさっていたのだと思います。


「おそらくですが、八幡さまだけでも生きて、小田家を守ってほしいとでも思ったのでしょう。それで父は一計案じて八幡さまを城から遠ざけたのではございませんか?」


 白木さまは相変わらず虚ろな目で宙を眺めていましたが、顔は微笑み、別世界の誰かと会話でもしているかのような面持ちでした。

 八幡さまも図星を刺されたのか、目を丸くして口を閉じたまま微動だにしません。


「それに、父は気のいい人です。仮に騙されて身代りにされたとしても、八幡さまさえ生きていれば笑ってこう言いますよ。後のことは頼んだぞ。と」


 それを聞いた八幡さまは涙目になっていました。

 私もこの悲劇的な話に痛み入り、涙が流れそうになりましたが、おそらく一番泣きたいのは白木さまであったはずです。そんな白木さまを差し置いて私なんかが先に泣くわけにはいかない。と、必死に涙や嗚咽をこらえました。


 そのあと、少し元気が出て、気が楽になった様子の八幡さまは、仕事があるのでと屋敷を出て行きました。入れ違うように氏治さまもいらして、八幡さまはこなかったかと問いながら部屋に入ってまいりました。


「八幡さまですか? それなら、つい先ほどここを発たれたばかりですが、八幡さまに何か御用でしたか?」


 と、白木さまが問うと、氏治さまは「いや、お見舞いに来たの」と何かをごまかすように取り繕いながら、甘い果物を北条さまに差し出しました。たぶん八幡さまに会いに来てますね。


 北条さまが半身を白木さまに支えられながら起こすと、かごのみかんを一つとり、残りは三人で食べるようにとかごをくださいました。私たち三人もみかんを一つずつとって食べ始めると、包帯も取り替え終えて手持無沙汰になった白木さまが唐突に、


「今日は良いお天気ですし、何かして遊びましょう!」


 と、仰いました。


 私はこれが仕事ですし、そうでなくとも白木さまのお誘いとあれば喜んでついていきますが、どういうわけか氏治さまも嬉々として賛成なさいました。


 当主さまとしてのお仕事はないのでしょうか?


「蹴鞠はどうかな? 白木ちゃんはできる?」


 氏治さまが楽しそうにそう仰ると、白木さまは少し困ったように、


「私は出来ますが、葵さんはおそらく存じていないでしょう?」


 と、こちらを向かれ、私なんかを気遣ってくださいました。でも氏治さまはそれも含めてけまりがしたかったようで、


「大丈夫! 二人で教えればきっとすぐ上達するよ!ね?」


 というと、白木さまは納得顔で、


「それは妙案ですわ! ぜひそうしましょう!」


 と、楽しそうになさっていました。ただ、私がまりはどうするのかとたずねたら、本丸にしか置いていないそうでとってくるのは少し時間がかかるから、明日にしようということになりました。では二人が私に教えられるのは何があるだろうかとお二人は話され、


「では、武術を教えましょう!」


「それも妙案ですね!」


 と、なぜか武術の訓練をさせられることとなりました……どうやら二人は根っからの教育好きなようです……


(武術は遊びに含まれるのでしょうか……?)


 しかも氏治さまはまだしも、白木さまはその上品な見た目に似合わず武術の上級者だそうで、武人の女たるもの護身術を。と、お父上に言われていたそうです。薙刀、鑓、弓、短刀、馬術が得意らしく、かなり活発な運動をなさいます。

 当主として育てられた氏治さまは剣術、鑓術、弓、格闘、馬術を習ったそうで、お二方とも才能をお持ちなのか、若くして立派な男性と組み合うことができるほどの力量をお持ちです。


「そこ! 腰が甘い!」


「もっと腕に力入れて!」


 お二人の怒声が響き、兵士の訓練が此処まで過酷なのかと、地獄を見た心地がしました。

 でもこの訓練を週に数度は続けるそうで、労力的にはまだ奴隷にされていた方がましだったのでは? というほど厳しく体を痛めつけました。最もつらいのがお二人には何の悪気もなく、楽しそうにあれこれ命じる様を見ると弱音の一つも吐けません……。


 あぁ、夏もまだまだ続くというのに、例年より暑く感じる夏を恨めしく思う日々が始まり、気が紛れるなら青稲の香る風すらもありがたく感じます。


「鑓はもっと早く突き出して!」


「弓はもっと絞らないと当たりませんよ?」


(そういえば私って……使用人、ですよね……)


 なぜ戦いの訓練なんかさせられているんだろう。と心の中でため息をつきながらお二人につきあう日々が始まりました……。


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