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第四十話 姫と童女

「みなさん! 桜木 葵です! よろしくお願いします!」


 私は、とある戦で唯一の保護者であったお父さんを失い、一家離散、もとい兄弟離散の危機にあったのですが、領主氏治さまの目に留まり、そのご厚意という名の憐み、もしくは同情で拾い上げてもらい、使用人として小田城に仕えることになりました。

 そして、今は台所係に配属されることになりました。そこには先輩の女性が十人ほど詰めていらっしゃいます。


「あ、あの! 私は何をしたら……?」


「あぁん? そんなん知ったことじゃないよ。自分で探しておくれ。あんたと違って皆暇じゃないんだよ」


 どうやら、浮浪児とさして変わらない生活環境の私たちに対する、御世間様の風当たりは強いようです。

 女社会だからという理由もあるとはいえ、氏治さまの仰った「小田領の人はみんな気のいい人ばかりだから周りと助け合っていこう!」という状況には程遠い環境です。


 まぁ、こんなことだろうとは思っていたのですが……。


「あ、あの! 私料理できます! お味噌汁とか作るの得意なのでお手伝いさせてください!」


「はぁ、貴方みたいな子供に手伝わせてお殿様に変な物出したりしたら大変だろうが。子供はお呼びじゃないんだ。外で遊んでな」


 誰も戦力としてあてにはしてくれません。

 でもここで折れるつもりは全くありません。家ではおなかをすかせて待っている弟や妹がいるんですから!

 しかし台所場ではお仕事がもらえそうにないので掃除係さんのところへ行きます。


「雑巾がけだけでもやらせてください!」


 掃除の係りの皆さんは台所係の時とは違い、連絡すらも入っていないためか、唖然として仲間内でこそこそ話をし、迷子か何かと結論付けたようで、


「お嬢ちゃん。どうやって入ったのかは知らないけど、こんなところにいたら衛兵さんにつかまっちまうよ? 早く来た道を帰りなさい」


 そういったことを口々に言い、私が此処の使用人という事を信じてさえくれませんでした。せめて、寺子屋にでも通って何らかの能力があればと悔しくなりました。


 そうこうして、仕事を見つけられずに城内の敷地をとぼとぼ歩いていると、どういうわけか私と同じくらいの年の子が同じように空地を歩いていました。

 声をかけようと一瞬思いましたが、相手の子は身なりのいい衣服だったのでためらってしまいました。すると向こうから、


「貴女は……どこの子?」


 そう声をかけられてしまいました。


「ぇ、えっと……農民の桜木家の長女で、氏治さまに召し上げていただき、こうして使用人をさせていただいている葵と言います」


 自分の中で精いっぱいの礼儀を尽くして丁寧に返すと、相手の女の子は振り返りざまに笑顔で返してくれました。


挿絵(By みてみん)


「私は海老ヶ島城主平塚家の三女、平塚白木というの。ところで葵さんはこんなところで何をしているのかしら?」


 平塚さまのお家柄は知りませんが、お城持ちということはさぞ立派であるということは、いやしい町娘である私にもわかりました。さすがはそんなお姫さまというだけあって、白木さまは名前通りの白く透き通るような肌をして、とてもきれいだったので見とれていると、


「ねぇ? 聞こえてる?」


 と、返事を催促されたので、慌てて何か答えようとしますが、何をしているかと言われても何もしていないので答えに困ってしまいました。


「え……えっと……」


 そう答えを考えあぐねていると平塚さまは、


「暇なの?」


 そうバッサリと核心を突かれることを仰いました。


「えぇ……まぁ……あの! 申し訳ありません!」


 私が必死に謝ると、平塚さまはクスっと笑いながら「謝罪を求めているんじゃないのよ?」と仰いました。


「暇なのね? ちょうどよかったわ。手伝ってほしいと思っていたの」


 そう仰るなり私の手を引き、かなり立派な城内の武家屋敷前まで連れてこられました。近づくのも恐れ多くて後ずさりする私の手を、強く握りしめて離さない平塚さまは、私に入るように促しどんどん館内を進んでいきました。

 そして血なまぐさいにおいのする一室の前で立ち止まると一言、


「覚悟はしておいてね?」


 と、不意に覚悟を促され、当然、急に覚悟できるはずもない私などそっちのけで襖をあけてしまわれました。


「北条おじさま。お待たせしました」


 平塚さまはそう仰ると、テキパキと北条さまと呼ばれた恰幅のいい中年のお侍さまの包帯を交換なさいました。覚悟ができてなかったので、生傷を見たとき私は吐き気を催しましたが、必死にこらえ、なすがまま平塚さまのお手伝いをしました。


 後でお話を伺ったところ、平塚さまのお城は落城し、わずかな部下のお侍さまやお世話の方に促され、かろうじて落ち延びたそうです。

 家族の死にさまなど、私であれば聞きたくも、知っているなら思い出したくもないことだと思うのですが、平塚さまは手当を終えて沈黙してしまった私を気遣いがてら、悲しげに微笑みながら詳細をお話くださいました。


 城を落ち、山中を逃げ延びていたところ、兄のように慕っていた自分の世話係兼護衛の侍の方は途中の戦闘で受けた傷に入った毒で亡くなられます。

 その後、もう一人いた侍従の女性も、残る僅かな食料を平塚さまに与え、南へ走るように伝えて自分は森へ姿を消してしまいました。

 だんだんと心細くなり、山をどうにか下りたあたりで力尽き、行き倒れていたところを、同じく落城した北条城から落ち延びた北条治高さまに救われたそうなのです。


「ですが、何故平塚さまが自らの御手を血に染めてまでそのようなことを?」


「白木でいいわよ。年もほとんど同じなのだし、気にしないわ」


「そ、それはさすがに駄目ですよ。あの、白木さま……で、いいですか?」


 遠慮がちに私が訪ねると、平塚さまは上品な笑顔で「いいわよ」と小さく返答なさいました。


「ところで、私が傷のお世話をすることについてでしたね。私も、最初は怖くてできなかったわ。いつも手当をする女中の方が、今日はご病気で来られなくなったそうなの。でも、他の人も忙しくて、しばらくしたら人を送ると使いの方が言っていらしたのだけれど……北条さまが苦しそうにしているのを見てられなくて……でも、それでも私一人では心細くて、館を出てどうしようか考えていたのです」


「もしかして、そこに偶然居合わせたのが私という事ですか?」


 白木さまは笑いながら「正解」と言って微笑んで庭へ出ると、くるくると回り始めました。


 なんとなく、私と似た……いや、それ以上に悲しい境遇であるにも関わらず取り乱すでもなく、立派に明るくふるまっている姿を見ると、自分が氏治さまへした行いの愚かさを突きつけられるようで胸が痛みました。


 目の前で大勢の、そして親族の死という惨劇を目の当たりにした白木さまに、私は何とお声をかければいいのかと暗い顔をしていると、


「ねぇ、何か遊びましょ? 大人の方は皆忙しそうで一言も声をかけられないでいたの。よかったら何か楽しいことを教えてほしいわ」


 と、逆に気を使われてしまいました。


「えっと、ですが……」


 私は使用人という身分で、しかも仕事中という事もあり気が咎めていると、そのようなことはお見通しとばかりに、白木さまは笑いながら仰いました。


「使用人という事を気に病んでいるの? それとも仕事を放棄してしまう事? それなら心配いらないわ」


 不意に白木さまがそんなことを仰るので、真意を読みかねて失礼にも訝しむような顔をしてしまったのですが、白木さまはそんな私の顔も面白いわねと仰って気に留めることもなく、先ほどの台詞の答えを教えてくださいました。


「だって、私と遊ぶことを仕事にしてしまえばいいのだから。使用人とはいえ、仕事なら遊ばないわけにもいかないでしょう? そして、遊ぶこと自体が仕事なら、それは仕事を放棄することにはならないと思うわ。どうかしら?」


 私はとりあえず上司の人に確認をするべきかとも思いましたが、私に上司はなく、唯一上司とも言うべき一番偉い人は氏治さまです。

 ですが、さすがに私がお会いできるわけもなく思案するうちに、私は卑しい町娘故なのか、一瞬だけ最悪の場合でもそれなりの身分ある白木さまが弁護してくださればどうにかなるか、などという打算的なことを頭に思い浮かべ、それをすぐに振り払いました。


「だ、だめ……だったかしら……?」


 白木さまが少し悲しそうに俯かれると、先ほどまでの邪念は消え去り、笑顔にしなければという純粋な思いが込み上げ、すぐさま白木さまに駆け寄り、その手をつかんで、


「そんなことはありません! どうか私にお任せください!」


 と宣言してしまいました。

 すると白木さまは心よりうれしそうな顔をなさって白木さまの、いわゆる上流階級の遊びを教わる事にもなりました。白木さまにとっての遊び、がこんなに苛酷な物とはつゆ知らずに……。


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