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第三十六話 海老ヶ島城の戦い

「佐竹だー! 佐竹が下ってくるぞ!!」


 物見櫓から怒声が鳴り響いた。

 城門は開かれ、近隣から戦災を逃れて食料を持ちこむ農民が村単位、あるいは一族単位の小集団で入城し、各自の待機場所へは平塚家の中間や若党の指示に従って移動する。

 戦時の略奪、殺傷、強姦の類を逃れて城へ入るのは農民の当然の権利であった。故に平時から城普請や維持を領主と折半して請け負うのである。そして、城にいざ入ればそこは運命共同体。持ち込んだ食料は強制的な徴発に遭い、竹の柄に矛を付けた簡素な鑓を持たされる。


「逆茂木を増やせ! 盾を並べよ! 駄馬を送り兵粮の運び入れを急がせるのだ!」


 若党の一人が叫び、城門前で俵を担いで息を切らす農民を急かした。

 敵が眼前に迫り、間もなく門が閉まるからだ。下男達は組頭の中間に従って、逆茂木と言う枝を残して葉を落した木を敵方向へ向けて並べるだけという、簡素な障害物を設置し続けていた。

 逆茂木は古くから使われる防御施設で、設置は容易だが鋭い枝は人の接近を拒み、処理も手間がかかる見た目以上に役に立つ存在であった。今でいう鉄条網の先駆けである。


 また、城内では平塚家の一門衆が農民に指示をして土俵を作らせ、それを城門付近に積んでゆく。


大兄様(おおあにさま)白木にも何か手伝わせてくださいませ」


 白木と名乗る少女は齢十三、おっとりと御淑やかな印象を受ける佇まいからは想像しがたいほど武術の才に秀で、これを自身でも理解していた。このため、城中が臨戦態勢であるにも拘らず自らが手持無沙汰であるのが我慢ならないのか、兄の裾を引いて仕事をせがむ。

 しかし男はその手を優しくほどかせ、その頭を撫でて優しく言い聞かせた。


「白木、その心意気やよし。されど佐竹が攻め寄せるは今に始まったことではないのだ。勝手知ったる戦に、まだ幼い妹の手を煩わせるのも愚かしや。お前でも握り飯を作る手伝いは出来るだろう? 姉上たちと女中に混じって後ろ支えを頼むぞ」


「大兄様! 姉上様たちは先ほど甲冑具足に身支度整えるところを見ました! なぜ白木にはそれを許してはくださらないのです!」


 白木は兄である男の言葉に駄々をこねて反発した。

 男はそれを聞いて長女と次女の愚行に呆れ、ため息を吐く。


「あ、あいつ等……白木に悪影響なことはあれほどやめよと言うに……」


 戦を知らぬ白木は、無邪気に身を跳ねさせ、夢描く英傑たちの誉れある戦風景を眼に浮かべて表情を輝かせた。


「白木も戦えます! 甲冑をお貸しくださいませ!」


「わ、わかった、わかったから落ちつけ。しかし、お前に合う大きさの甲冑などない。いつもの訓練着に着替えて待機せよ。兄が手傷を負うたら助けてくれるな?」


 男は白木の両肩を押さえ、真剣な眼差しで説得すると、白木は目を輝かせたままその言を聞き入れ頷いた。


「はい!」


「よし! では今は館を警備しておれ。母上もお一人では心細かろうからな」


「承知しましたわ!」


 普段、玲とはまた違った大人しさを見せる白木であるが、今日ばかりは無邪気に城内を駆けまわっていた。そして、兄に任された本丸の館へと戻ると、そこには厳しい顔つきの冬のような静けさを纏う美女、玲が弁慶立ちしていた。


「……白木、どこを出回っていた」


大姉様(だいねえさま)、大兄様に戦陣に加わりたいと願い出てまいりました」


「……そう。回答は?」


「お許しいただけましたわ!」


「っな!? ……愚兄め、正気か……!」


「私は大兄様が傷ついたときに援護を求められるそうです。それまでは心細いであろう母上様を守るために一人ですが館を死守して見せますわ!」


(まぁ、私が全て討てば問題も無い、か)


 玲は白木の頭を一度だけ撫でると、再び視線を前方に移して白木を無視した。

 館からは母を奥屋敷に隠し、護衛の女丈夫を置き、残りの女衆五十人余りを武装させて率いながら次女の(たけ)が姿を現した。


「姉様!」


「あら、白木。今日はとっても元気そうね。でも駄目よ、女の子がそんなにはしたなくはしゃいじゃ」


「……お前が言うのか」


「あらお姉様、私も白木の前ではお上品でしてよ。おほほほほ」


「っは! 舌を抜かれるぞ」


「全く、玲姉様はつれないお人ね」


 長女の玲と次女の武は、陰陽の対する性格の為か反りは合わず、互いに棘を持つぎこちない態度を取る。

 次女の武は白木の方へ歩み寄り、顔を見合わせると視線を僅かに細める。


「にしても、白木が館の警備ねぇ……」


「はい!」


 白木は無邪気な笑みを向ける。


(お兄様もお人が悪いわね。この子も騙されたと気づかないなんてお馬鹿な子だけれど。この時分、私はもう少し賢かったわ)

「……なんて、ふふ。関係ないわね、そんな事」


 武は僅かな嫉妬と共に自嘲気味に笑うと、白木の頭を幾度と優しく撫でた。

 白木はいつも以上に優しい手触りに違和感を抱き、首を傾げる。


「どうしたのです? 姉様?」


「わかったわ。私はお姉さまと前へ出るから、館と母上様のことはお願いね。一人だと荷が重くて心細いでしょうけど、貴女も立派な平塚の武者ですからね。しっかりと務めを果たすのよ?」


「大丈夫です姉様。世話役の小次郎もいますから」


「そうね。じゃぁ、私はもう行くから後はお願いね」


「お任せください!」


 白木が楽しげに大手を振りながら二人の姉を見送ると、奥屋敷の世話役である小次郎という男を呼びつけ、母の隠れる部屋へと向かう。



 この頃、城外では平塚自省長信の下で二人の息子が戦支度を整え終え、合流していた。


「兄者! 三の丸の防戦の構えが整いました! 本丸と搦め手門の武備は如何にて?」


「うむ、こちらも万全。これなら五倍を超す敵も、我等の力があれば容易に撥ね退けられようぞ」


「それと、白木は如何なさいました? 先ほどはちょろまかと城中を駆け回っていたようですが?」


「白木は言い聞かせて館でおとなしくして居る。それがどうかしたのか?」


「いえ、先ほど門を閉めようとしたら、姉者と妹が門を駆けでておりましたので」


「ぬぅぉぉぉおお!! また妹共(あやつら)かぁ! おとなしくして居れと言っておるのに!!」


 激怒して青筋を立てながら拳を握りしめる兄とは対照的に、弟は我儘勝手な姉と妹の行動を止めるのは無理だと半ば諦めながら楽しげに笑う。


「まぁ、いいではありませぬか。それより男手が四百ばかり集まりましたぞ。我等の手勢は百弱。父上の隊の生き残り百足して六百。佐竹の軍容は定かではないと言え、このぐらいならどうにかなりそうですな」


「しかし、気は緩めるなよ。諸将を集めよ。方針を決めるぞ」


 男は腕を捲り、鉢巻を締め直すと弟の油断をたしなめながら呼吸を整える。


「なぁに、我等はこの世に生まれ落ちたその日から常に常在戦場の心得を叩きこまれてきたではありませぬか。気を抜いたことなどありませぬ」


「うむ。そうだな。では俺は軍備の最終確認をしてまいる。諸将の事、頼むぞ」


「承知」


 城内の防備の点検を済ませた平塚自省長信は、自分が指図をせずとも完璧に籠城の支度が済んでいることに感心し、二人の息子を両脇に抱きかかえて満面の笑みを浮かべた。



「わっはははは! 流石はわしの息子だ! 準備が万端ではないか! さて、到着した佐竹殿の軍勢にたらふく矢を喰らわせやろうぞ!」


「い、痛いですって父上! 離してくだされ」

「見張り役、敵の様子はどうだ」


 矢倉で胡坐をかいて休息を取っていた見張りは慌てて外へと顔を覗かせ、遠目に上がる土埃の多さに驚きの声を挙げた。


「丸山と羽田山の谷沿いより約一千、その向かいの羽田山山麓方面より数千余りが接近中です!」


 この報告に一同はその身を震わせた。恐怖、あるいは武者震い。

 佐竹家は山入の乱という一世紀にも及ぶ同族の内乱を乗り越え、半世紀の間に関東の荒波に上手く乗り続け、常陸北部の奥七郡を制覇する一大勢力として戦国大名に名乗りを上げた。

 しかし、盤石で無い地盤や警戒する周囲の勢力との対立もあり、常陸南部へ送り込める軍勢は少ないであろうというのが小田家の見立てであった。想定では二千強から、最大三千弱としていたが、実際に目の前に現れた大軍は四千を超える陣容を誇っていたのである。


 平塚兄弟は急ぎ矢倉に駆け上がり、己の目で報告の数と差異はないか確認をする。


「あれは……何人いるんだ……」


「兄者、あれは三千……いや、四千は超えるかと」


 この時、海老ヶ島城に籠る士分以上のものは皆戦慄し、佐竹家の本気を見た。そして誰もが熾烈な争いとなることを予感し、死を覚悟した。


 帰還した平塚自省長信の軍勢では継続して戦える人間は百余りしかおらず、留守居軍と合わせてようやく二百余り、農兵を合わせても総勢で六百しかいない。対する佐竹の軍勢は四千余人。

 自省長信は、実に五倍以上の軍勢に抗う術はなかったが、包囲直後に来た佐竹の降伏勧告を書状も明けずに破り捨てた。使者が口頭で高禄を保証するが、自省長信はこれを怒鳴り散らし、結われた髪を切り落として使者を送り返し、すぐさま開戦するように伝えさせたのである。


「組む敵やよし! 三十騎ばかり続け! 敵の開戦なぞ待つ義理はない! 先手を打つぞ!」


 そういって平塚自省は城門を開き敵陣に突入する。

 一番鑓を巡って揉めていた佐竹勢はこの不意打ちに大きく崩される。佐竹勢は体勢を立て直して一番鑓の名誉を奪われた怒りのままに反撃を行う。これに全軍がつられ、足並みの揃わないまま佐竹軍は海老ヶ島城を総攻撃したが、抵抗激しい海老ヶ島城に跳ね返されて多くの死者を田畠に曝すこととなる。


「まずは上々。しかし……」


「父上、敵は次にどんな行動に出るのでしょうか?」


「知らぬ。我等はただここを死守する。それ以外に何の考えもいらん」


「は!」


 しかし、佐竹家は二度、三度と冷静に足並みをそろえて総攻撃を加える。

 これを両方とも見事に撥ね退けた平塚一族だがこの過程で三の丸が焼け落ちた。この段階で平塚自省長信の武勇を惜しんだ佐竹義昭から再度降伏を促す勧告が届いた。


「くどいわ!! 我等は日の本半国賜ろうとも小田家からの鞍替えなどはせん! 我等の命は小田の家名と共にある。これを奉じて最後まで戦い抜くことこそ武家の誇りであろうが!!」


「……義昭様は貴殿ほどの豪傑を得られずに悲しむでしょうな。承知仕った。その心意気、敵ながら誠に清々しきもの、言葉そのままに貴殿の主君にもお伝えいたそう」


「かたじけない。義昭殿には武士が如何なるものか、関東では忘れられて久しい武士(もののふ)の道というものを御覧に入れると伝えられよ」


「承知した。では、次は戦場にて会いまみえましょうぞ」


 使者が佐竹家の陣へと帰り、一言一句違えずにこれを伝えると、佐竹義昭はその返答に感激しながら全軍を鼓舞し、次の総攻撃で必ず城を落とすように、撤退は許さないと厳命を下したのである。


「全軍! 総攻撃を開始せよ!」


 佐竹義昭が軍配を振り下ろすと、全軍は雄叫びをあげ、目の色を変えて海老ヶ島に殺到した。

 すると瞬く間に二の丸が破られ、本丸にも火矢が撃ち込まれる。


 平塚家の多くの家臣将兵が討ち死にを遂げる中、限界を悟った平塚自省長信は手勢の約三割を切り分け、それを海老ヶ島七騎の筆頭武者である星野後藤太という勇敢な男に預ける。そして、西の丸へ避難させた農民兵全軍を引き入らせて退路を斬り開き、撤退するように命じた。


「赤木! 赤木大学はどこだ! 居たら顔を見せよ!」


「どうした、星野よ。赤木大学なら先ほど二の丸で殿(しんがり)をして居ったぞ」

「あ、ありゃぁ、死んだぜ。きっととな、な」


 各地から火の手の上がる城内で、星野後藤太は武勇を認め合う友人であり、同じく海老ヶ島七騎である赤木大学を探した。主である平塚自省長信の最期の命令を託すためである。

 しかし、赤木大学の姿は見当たらず、代わりに同じく七騎の一員である比企駿河と大木修理という男が現れた。


「おぉ、比企駿河に大木修理。丁度良かった、どちらか西の丸に居る三百余りの農兵共を避難させてほしいのだ」


「なら、びびりの大木、おぬしが行け。そのまま戦地からおさらばよ」


 比企駿河は任の内容を聞くなり、嘲笑気味に鼻で笑って隣の男の肩を叩こうとする。

 しかし、大木修理はその手を逆に掴むと不気味に笑みを浮かべた。


「フ、フフフ、そ、それはごめんだぜ」


「はぁ? 何を言っておる。貴様が適任だろうが。それとも、逃げる事からも逃げると申すか? ふはははは!」


「そ、そのまさかさ。比企駿河、走れ、俺が時間を稼ぐ間に……」


「じょ、冗談であろう? まさかあの貴様が……」


 臆病ゆえの退き際の巧みさが評価され七騎の一員となっている大木修理は、他六名と違って武勇に特別秀でている訳ではなかった。そんな男の普段では有り得ない台詞に、比企駿河は思わず頬を引きつらせる。


 大木修理は不気味な笑みのまま、本丸の土塁上で行われている小競り合いを見つめると、弓を捨て、鑓へと持ち替える。


「う、ぅう、うおぉおおおお!!! 殿! いいぃ、今、お傍に馳せ参じまするぞぉ!!」


 そして、助走をつける様にして全力で走り始めると、そのまま土塁を駆け上がって二の丸の中へと姿を消した。


「あ、あの馬鹿! 敵中に孤立した殿を助けるつもりか!?」


「仕方があるまい。比企駿河、殿の最期の御命ぞ、抜かりなく民を逃がせ。殿と腰抜けの……いや、大木修理が時間を稼ぐ間に!」


「お、おう! だが、貴様は!」


「わしもまだやることがある!」


 星野後藤太はそう言い残すと、後の事を比企駿河に任せ、奥屋敷へと向かう。

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