第三十一話 諌言無用
城攻めとは、主に力攻めと包囲戦に分けられる。
力攻めとは武力に任せ力押しすることで当然多くの人的被害を伴う。包囲戦は力押しと違い、短期決戦でないため時間や軍の維持、滞在するための設備などで多くの費用を必要とするものだ。
多くの戦は包囲戦で、その中から一計案じて勝敗を決めることが多い。つまり、今回氏治は後者をとったことになる。
(まぁ、その一計をこいつが案じることができるのかは、甚だ疑わしいもんだがな)
「結城家の本城を落とすとあれば、この戦は長引きましょう。すぐに近隣の村から壊取りし、陣具を揃えて氏治様の陣屋を立てましょう」
赤松擬淵斎は力を込めて発言する。
長丁場となれば、将はもちろん兵に至るまでを雨風に野曝しにするわけにはいかないのだ。それには多くの家屋がいる。また、それらに必要な資材を一から切り出してはきりがないので、壊取るという発想も時代からすれば至極当然のことである。
しかし、氏治は顔を顰めた。
「それは許可できないわ……」
しかしこればかりは筋が通らない。大将とは配下の兵すべての責任を負う。それは命を掛けさせる上で当然の責任であり、その責任には兵の戦場の生活も含まれる。
寝袋もないこの時代、野宿などすれば夜の吹きすさぶ風に体温を奪われ、それだけで大いに体力を使う。そうして下がった士気で戦うことは兵士の生存率にも直結する。
「氏治様、それでは兵も納得せぬというもの。そのような無理は我等一同了承しかねますぞ」
赤松擬淵斎が威厳ある厳しい口調で言うと、氏治は顎を手で触れ、眉をひそめて「そうだけど……」と呟いた。数秒の思考の後、氏治は凛とした表情で決断を下す。
「……わかった。なら、できる限り住居の多いところに陣取りして、足りない分は近隣の小さな村からの壊取りを許可します。ただ、寺院や御社からの壊取りを行ったものには厳罰を下します」
氏治は神妙な表情で、若干力強い声で厳命する。
「その際逃げ遅れた村民がいた場合、無抵抗なら手荒なことはせずに見逃すように。抵抗があれば……切り捨ても許可します。しかし、全軍雑兵の末端に至るまでこれだけはよく聞かせ置くように。私たちの敵は、あくまでも結城氏とそれに運命を共にすると決意した者たち。それ以外の者は、村民から敵兵に至るまで私の保護を受けるべき民であること。これを全軍によくよく伝えなさい!」
本陣に揃う武将達は一斉に「オウ!」と暑苦しい声を上げる。
この後すぐに本陣の武将達は解散し、各々の陣取り場所を決めるために駈け出した。
八幡は本陣である氏治の陣営内で早速寝床作りを始める。
穴を掘り、柱を立てて藁などの草で覆う竪穴式住居のようなものが戦場での一般的な仮設住居であった。このため、柱材はある程度持ち込んでおり、不足分を近隣から伐採し、湿地で集めた葦や薄を集めて茅葺きにして何棟も建て、石を集めてかまど等を作成する。
「太兵衛、どうしたんだ? 浮かない顔をして」
「いえ……『侍にもなって夫丸が如き地下普請など』と同期の者に笑われたのです。気にしてはならぬと思えども、辺りを見ればちらほらと我等を笑っているものが居る気がして……」
太兵衛は俯きがちに、拳を握りしめながら悔しげに語った。武士と言う身分の者は基本的には作事には指揮する立場として参加するだけで、現場で労働することは無く、徴用した農民を始めとする番匠やその他雑多な職種の者、あるいは足軽に任せるのが一般的である。
ところが、八幡はそういう慣習を考えずに手勢の全てを動員して作業をしたものだから、太兵衛のような明らかな士分は目立ち、同僚に地下、所謂農民仕事をしているとからかわれたのである。
八幡は気を回せなかったことを悪く思い、頭を下げた。
「あぁ、そうか……そうだよな。太兵衛、気にするなと言っても無理なのはわかる。確かにお前たちの立場を考慮してやれなかったな。悪かった、無理はせず休んでいていいぞ。加茂殿にも伝えてくれ」
「……いえ、それはなりません。士分の者が泥働きを嫌って怠けては、隊の中に不和が生じかねません。私は八幡様の与力として禄を賜ったのです。覚悟を決めました。弱言を口にして申し訳ありません! すぐに作業に取り掛かりまする!」
「そうか、ありがとう。俺たちには俺たちのやり方があるはずだ。それで小田家の役に立って、そいつらを見返してやろうな!」
「はいっ!」
八幡隊と加茂隊以外は半数近くの兵が雨よけを用意できず、連日の五月雨に体力を奪われつつあった。
簡易的な雨よけの用意も間に合わなかった兵は木陰に入り、蓑を被って体を寄せ合う事で雨を凌いだ。幸い、新芽の張りがよく木々には葉が生い茂っていたために雨はある程度避けられたが、まだ時折冬の名残の冷たい風が兵の体力を奪っていく。
(長期の包囲戦はやはり不利、か。そろそろ攻めかからねばなるまいな)
赤松擬淵斎の進言で開かれた軍議により、総攻撃の日取りが決められた。密偵からの新しい情報によると、結城方でもめ事が起きて不遇な扱いを受けている者がいるというのである。同様の噂も民衆を伝って流れていた。
「本日は、敵方で兵士の鼓舞の為に実城[本丸]に多くの兵を集めてささやかな宴を催すとのことで、今宵から明日の明朝にかけて敵の防備はわずかに隙があるものと思われます」
「敵方に不遇な扱いを受けて不満を持っているものがいると聞く。この者たちは現在半数の兵を取り上げられ、僅かな兵で西門の守備に当たっておるようだ。この件に関しては真偽を改める必要があるが、工作してみる価値があるのではありますまいか?」
赤松擬淵斎に続きこの飯塚美濃守という男が発言する。この者は家中でも鼻つまみ者とされ、発言をするたびに周囲の将の顔色が変わる。飯塚は声高に発言し周囲を見回すと、諸将も話については一理ありと、大筋納得した様子で二度、三度と頷いて見せていた。
そして氏治がふと問う。
「西門に今翻る旗は誰だったかな……?」
「あぁ、それなら水谷正村と真壁久幹だったはず……」
氏治が問うと、飯塚美濃守も何事もないかのように敵将の名を口にした。
この瞬間、氏治と八幡を除く全員はハッとした。
その様子に気づいた八幡は一同を見回すと一様に青ざめた顔をしている。何事かと思って氏治に事情を聴こうと振り向くと、こちらは真逆に頭に血を上らせ真っ赤な顔をして、ふるふると小刻みに震えていた。
(な、何事だ……なんか知らんが雰囲気がおかしい、全員緊迫した表情に一瞬で変わりやがった! これから何が起こるっていうんだよ……!)
八幡は空気の変わる周囲を見渡して、慌てつつも状況を理解しようと考えを巡らせる。
「や! ……しかし氏治様、あ奴らが不遇な扱いで不満があるというならこれを利用しない手はございますまい!」
赤松擬淵斎が慌てて発言し氏治の言葉を牽制する。
しかし、それも空しく氏治は意を決した様子で宣言した。
「明朝をもって全軍で出陣し、西門へ総攻撃をかける! 全軍、用意せよ!」
(何が起きてる!? 展開が早すぎて状況が呑み込めん!)
これに、増援として参陣した江戸山城守、同じく小田六騎の関刑部、沼尻又五郎等が床几を蹴倒す様にして慌てて立ち上がり、反対の意見を述べる。
しかし、氏治は諸将の諫言に尽く反論して我を押し通す。
「全軍は勿体のうございます。せめて半数は本陣に残し……」
「出し惜しみをして負けるなんて武門の名折れ! 敵には常に全力を持って当たるのがせめてもの情けというものよ!」
「敵は猛将鬼真壁に知勇兼備の水谷正村殿ですぞ!? 危のうございます、せめて我々に先陣をお任せくだされ!」
「恥も外聞もなく当家を裏切り結城に尻尾を振る子犬が鬼とは大仰なこと! 犬真壁なんて鎧袖一触で打ち負かせてくれる!」
「では全軍を西門に当てては遊軍がでますし、他の門にも等しく圧力を掛けましょう」
「他の門の正面に陣幕を張り、陣太鼓を打ち鳴らせばそれで敵は警戒する筈。分散した兵は無視して一点を集中的に攻略して食い破るわよ!」
怒涛の如く諸将が口々に提案や進言を繰り出すが、氏治の頑迷固陋振りはすさまじく、諌言を尽く無視するその様、まさに馬耳東風であった。
「一気に勝敗を決することでどちらの領民への負担も減らせるし、一か所を集中的に攻撃し、兵力差をつくることでこちらの被害を最小限にする」
(城攻めだとその兵力差は生かせないだろ……)
八幡は呆れ、苦笑いを浮かべるが歴戦の猛者たちの集うこの場で意見出来る勇気等有りはせず、ただその流れを眺めるばかりである。
飯塚美濃守は早くも説得を諦めてか、そっぽを向き、呆れてため息ながらに単調な声色で発言した。
「さすがは、慈悲深き殿にござりますなぁ」
赤松擬淵斎、岡見治広等も牽制が失敗したあたりでこの結論を導き出したのか、その時からずっと無表情のまま一切動じる様子がない。
「じゃぁ皆! 何か異論はある?」
「氏治様の命がままに!」
諸将も意を決したように声を張り上げる。
諸将の表情を見るに、氏治に嫌気を指して士気が下がるといった様子はなく、これを乗り越えて氏治を喜ばせようと言った心意気を感じる、熱く燃えたぎる何かを持った表情をしていた。
しかし、数分前のこの場の様子を知る男からすればそれは実にシュールな光景でしかなく、大きくため息を一つ吐いた。
(わかった……この娘は人の話を全く聞かない……いやまぁ、薄々わかってはいたけれど……)




