表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/542

第二十五話 敗戦するも他人事

 信太範宗の乱として鎮圧された一件以降、二月ほどかけて八幡は小田家の内情を知るべく積極的に動き出した。時代の常識などを覚え、足場固めをある程度十分に終えたからである。


「結城政勝めぇ……性懲りも無く! 全軍出陣! 今日こそ結城家を討ち滅ぼすわ!」


 しかし、この間にも小田家と結城家の抗争は続き、結城政勝率いる軍勢が海老ヶ島城を包囲。氏治は救援を率いるも敗北。海老ヶ島城は落城し、猛将の平塚長春が一門郎党共に討ち死に遂げる。平塚長春は弟の平塚長信に後を託し、長信らは山野に逃げて海老ヶ島城奪還の機会の到来を待った。

 氏治はこの際も敗北して土浦城へ撤退。八幡は極楽寺へと避難して拠点とし、この間も護衛を付けて小田領域内を巡り、細々と仕事を続けた。


 そして、菅谷一門を始めとする諸将の活躍で復帰。海老ヶ島城も奪還して平塚自省長信が入城する。



 そして月日を跨ぐしばらくの事。


「結城家は当主政勝が伊勢神宮参詣の為に不在、護衛の為に精兵部隊も城を留守にしているわ。佐竹家は不戦を申し入れて来たし、宇都宮家が共闘で結城家北部方面からの進撃を約束している。これ程の好機は稀にも無い、まさに天恵! 今こそ積年の恨みを晴らし、共に戦った仲間たちの仇を討つ時よ! 全軍、出陣!!」


 大名家の当主にとって、先代や父祖、家臣郎党の仇討は家中の信頼を勝ち得るためにも必須であると言える。そして、結城家の攻勢に散々いたぶられたこともあり、氏治もまた隙あれば結城領への侵攻を企てた。


 この時は珍しく佐竹家、宇都宮家と図り、勢力を拡大、強固にしつつあった結城家の当主政勝が伊勢参りの隙を突いたのだが、折悪く政勝はまだ相模国小田原逗留中での出来事であり、報告を受けるなりすぐさま小田原城へ登城し、北条氏康に救援を乞う事が出来た。

 これにより伝令がすぐさま江戸城へと出立。武藏国の江戸城主遠山丹波守高俊、道景、岩槻城主太田資正を始め富永政家等の江戸衆五百騎余りが結城家の加勢として出現。

此処へさらに古河公方足利義氏の命で、常陸国多賀谷政経、上野国茂呂因幡守忠季、下野国佐野顕綱、千本通長、梁田、一色、赤井、榎本等並み居る諸将が結城への加勢として結集する。


 下野国の名門宇都宮家は当主広綱が子の忠綱と共に出陣していたが、同国の壬生、鹿沼両城を支配する壬生末治、政廣父子の軍勢とぶつかり、これに敢え無く敗北。

 結城政勝は結城城へと帰還すると、これらの援軍諸侯を引き連れていつも通り海老ヶ島へ進撃。小田軍は氏治を筆頭に江戸山城守、宍戸義綱、同外記、同四郎、石川、尾上等諸将軍二千を引き連れて海老ヶ島へ出陣。


「な! 宇都宮親子は既に敗走!? なんて情けない……!」


「氏治様、想定外の状況です。敵はあまりに多勢で名将揃い。ここは一度引き揚げて軍備を整え直し、兵員を増やしてから事に当たるべきかと思いまする」


「六騎筆頭の江戸山城守ともあろう貴方が何を弱腰な! ここで、味方の目の前で民を捨て置いて逃げられるものですか! 行くわ! 敵は所詮烏合の衆の寄せ集め! 家格と矜持が邪魔をして碌に連携なんて取れる筈もないもの、私達が一丸となって負ける訳もないじゃない! 全軍、突撃!!」


 一丸となった小田家の戦いぶりは凄まじく、少数の殴り合いでは意外な強さを見せる小田軍であるが、敵将にはかの名将道灌の血を引く太田資正をはじめとする智将がおり、不利な地形に引きずり込まれた挙句、数の不利もあって次第に押し込まれる。


「政勝が子、七郎晴朝! いざ、参る!!」

「今ぞ、敵は崩れた! 突け込めぇい! 太田家伝来の足軽戦法を見せつけよ! かかれかかれぇい!」


 劣勢に喘ぐ小田勢は徐々に死傷者を増やし、深田に足を取られた死体が山の様になり始める。


「伝令、新井三河守殿、お討ち死に!」

「石川様、尾上様両名ともお討ち死になさいました!


「氏治様、もはやこれまでです。殿(しんがり)はこの江戸山城守が引き受けまする。ささ、退却を……」

「そ、そんな、こんなこと……」


「宍戸義綱様、敗走!」

「氏治様! 早く!」

「うっぐ、く……た、退却!」


 さらには太田康資等の剛腕の将の奮戦もあり小田勢は無残にも敗北。一説には軍勢の半数でもある一千騎余りを失ったとさえ言われる惨敗を喫したのである。

 そして、今回は幾度とない落城の経験を生かして事前に防備を固めた海老ヶ島城は敵の攻勢を絶え凌ぐが、あえなく手子生城や小田城が陥落。氏治は再び土浦城へ撤退するのである。


 そして無論、小田城奪還は菅谷親子の仕事である。



 しかし、八幡はその様な戦況はどこ吹く風とばかりに我が道を進み、常識を身に付けつつ人脈を構築するという地固めを終える。そして、戦場に出ない分、兵糧配給や褒賞品確保等の事務方や行政官の仕事だけでもと気を張り、その手始めに綿花の状態を見つつ農業を手伝い、気づいた細々とした点の改善を試みる。

 まずは、鉄堀串(スコップ)の時と同様に小型の模型を作り、備中鍬等の江戸時代の水準まで耕耘、開墾の効率を上げるべく道具の改良に取り組み、氏治の許可のもと改良された道具の販売益の一部を税として職人から徴収する。しかし、主目的はこれらの道具の普及と生産量増加が目的であり、利潤は広く浅く取る形にしたために、販売数は伸びても儲けは微々たるものであった。

 他にも、小田町小普請奉行としての業務も忠実にこなし、土浦城で仕事を共にしたものに呼びかけ、勝手の解る者を中心に小田城下での新規人員を加えて作業を行った。


「また随分と買い込みましたね……お金ができた傍からそう毎度使い切ってしまうのは如何なものかと思いますが」


「そりゃ、こんなご時世だからな。棺桶に銭を入れる訳にもいかないだろ? 彼岸での六文銭ってのは、自分のために使ってくれた他人の金だというし」


「それはそうですが……」


「ま、江戸っ子は宵越しの金はもたねぇって奴さ」


「……江戸は北条領ですし、今の我等には耳にもしたくない言葉です……。それに、そもそも銭が多く流通するほどの町でもないのですが……確か寂れた漁村であったとか」


「……そういやまだそうね。まぁ、せこせこ貯めても死んだら意味ないんだ。死なない為に使うのは有意義な事だと思わね?」


 八幡はこれらの税収や臨時の役職手当金を基に、臼で挽いた麦、所謂小麦粉や上酒、白粉など当時の一般的に喜ばれる贈答品を用意して、これを菅谷政貞の紹介で知り合った家中の各将に配り歩いた。

 業務を共にした塚原内記を始めとし、仕事で付き合いのある江戸山城守、菅谷治貞、加茂兵蔵。氏治の近習である由良憲綱、由良信濃守と一時の上司、信太重成、その紹介で兄利重。菅谷政貞の紹介で小田家四天王の赤松擬淵斎、その家臣矢口伊重、子である左近修理重康、その弟の右近玄蕃重利、手野城主中根主膳万太夫等である。


「頻繁に飲めや食えやのどんちゃん騒ぎ、日を見て農村に出かけては鍬を持ち、溜まった金が入れば町で贈答品集め……もう少しご自身にお金を使ってください。未だに甲冑一つ持っていないじゃありませんか。それどころか衣類も僅か、刀や鑓を替えの分まで備えておくのが武士の基本ですよ?」


 太兵衛は武士の本分を一向に理解しない八幡に、呆れる様子で溜息を吐き、肩を落とした。いつになれば土浦城に返り咲けるかと考えると少し不安になる日々だが、この様子を見るに当分先であろうと思いやられる心地である。

 一方八幡は、左遷気分の太兵衛の内心など気がつく様子も無く、その背を叩いて笑いながら返す。


「まぁ、そう怒るなよ。どうせ当分は戦に駆り出してももらえないだろ。それに、今更俺が刀や鑓を持ったところで扱えるとは思えないからなぁ」


「なんと腰ぬけたことを……その様だから戦にも御呼ばれしないのです」


「しかし、そうは言うがな、氏治……様、だって桜が咲いている間は桜の宴と称して各地を歩き回っていたじゃないか。それに、武具だって御貸具足が城に有るんだろ?」


 御貸具足とは、戦国中、後期になり、足軽の動員が増えるにつれて集団戦闘力を増すために、量産型の甲冑を足軽に貸し与えたものを総称してそう呼んだ。借り手の足軽はこれを御借具足と呼ぶ。


「それは足軽のものであって、真っ当な武将は自分でそろえるのが常識です! それと、氏治様の方は領民を慰撫し労う為の興業なのです。商人司でもあられる手塚石見守様が市を開くことで人も物も集まりますし、氏治様とその御友人である野中瀬鈍斎様は手塚様から芸事を習ったこともあって御三方で興業を行われるのです」


 商人司は各種商人の統率と、取引上での不当不正の取り締まり、定期市の開催を行う権利を持つ者であり、地域の特権大商人が任じられることが多い。時には市や街道警備まで請け負う代官のような側面も持ち、大名と結びついた新興、外来商人がなることもあり、手塚石見守は後者に当たる。


 八幡は商業関係でよく名前が上がる手塚石見守について、ふと一つの疑問を口にする。


「へぇ、確かその手塚なんとか殿は蔵奉行でもあるんだよな? 大層な役職を兼任してないか?」


「えぇ。なんでも元は西国の商人であったとか、流れの傭兵団であったとかとも言われてまして、政治様の代に家中に加わったのです。でも、その経緯から商いや取引、算段に長けているのでこのような役職を一手に引き受けておられるのです」


「へぇ。なるほどね。居城はどこなの?」


「手塚様は四天王という立場ではおられますが、居城は持っていないのです。それぞれの役職で忙しい為、領地を経営することは難しく、常に領内を移動しておられますので。ですが、様々な特権で得ている収入は並みの城主に匹敵し、百人余りの直属隊、通称百鬼夜行を率いております」


「そんなこともあるのか……というか、すごい名前だな、百鬼夜行……。その手塚様にも贈り物をしておきたいが、何がいいだろうか……というか、どうやって渡せば……」


 八幡は手塚石見守率いる軍勢の渾名に思わず苦笑いがこぼれる。繊細な役職、仕事柄とどうにも結び付かない渾名がこの上ない違和感を八幡に与えるのだ。

 そして、要職である手塚石見守への接触方法を悩みあぐねると、太兵衛が思いもよらない提案をする。


「それなら、そこらの宿場町の破落戸を訪ね歩いてみては?」


「は?」


「宿場町の口利きで用心棒を請け負う者の、約半数くらいは手塚様の被官関係にある者ですよ。それと、贈り物ならお酒が良いでしょう。酒屋への徴税権を持ち、酒も上納品を各地に私有する蔵に納めさせているくらいですから」


 さらに聞けば、筑波山麓の色町を始めとした、各地の色町管理に加え、宿場町の傭兵家業の口利き業務や日雇い仕事の口入れ等の特権を持ち、自分の被官関係にある者を優遇する形で領内の破落戸を統率する役目も担っていた。

 そう、元商人で且つ各地を旅してきた経験から、的確な能力を備えているために商人司になったというだけではない。元々破落戸傭兵であった立場から、特徴を理解して束ね、商人の必要とする傭兵の用意や管理、市の興業で必要な市庭(いちば)と街道警備にいつでも人を動員できるという都合の良さからもこの役職が任じられているのである。


(……要は、公認ヤ○ザってことなのね……。まぁ、武士がそもそも国家ヤ○ザといえばそうなんだけどさ……)


 八幡は苦笑いを浮かべながら感謝を述べると、破落戸との触れ合いが怖い為に手塚石見守への挨拶は最後に回すこととした。


 この後、商人関係や流通についても学ぶべく、氏治からの紹介状を携えて小田家の御用商人菟玖波屋を訪ねる。菟玖波屋の大旦那は商人親方と言う役職が小田家から与えられており、これは商人司と一般的には同義である。

 小田家では武家寄りの立場を商人司、実際に大店商人から選び、商人寄りであるものを商人親方と呼び分け、町の声が行政に反映される組織として設置されていたのである。


 菟玖波屋の大旦那はその様な役柄からか、手塚石見守とは頻繁に顔を合わせており、贈り物の仲介をしてくれる運びとなる。手塚石見守の好みであるという九州博多の地酒で十五世紀から既に全国的な銘酒であった「練貫酒」を八幡の名で送り届けると約した。


(一斗で二百文は決して安くない……でも、これで歓心が買えれば……でも、一日で一斗飲むなんてウソだろ……?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ