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第二十四話 呵責

 信太家に対する判決が言い渡され、集会が解散となって諸将が退席していく中、八幡は末席という事もあり席を立つのは最後にすべきと、部屋の片隅で退室していく諸将の顔と名前を必死に覚えるように努めていた。

 そして、全ての人物が退室し、八幡は一呼吸おいて自らも退室しようと腰を上げた時、すぐ背後から思いもよらぬ声がかかる。


「貴方、今日の予定は?」


 声の主は意外にも当主、小田氏治その人である。

 氏治が八幡に質問すると、ここ最近あからさまに避けられていた氏治からの誘いに違和感を覚える。


「いえ、まだ特には。何か御用でも?」


 すると氏治は、自分から質問したにもかかわらずその回答を聞いてからしばらく逡巡し、それが自己解決したのかひとつ頷いてから会話を再開する。


「えぇ、暇ならついてきて。私も今日はもうする事がないし、せっかくだから話ぐらいは聞こうと思って」


 氏治はそういうと八幡の前を通り抜けて前に立ち、廊下を進み始める。この少女は相変わらず強気且つ見下した態度のままである。

 無論、普段であればどのような家臣にも親しく接する氏治であるが、この対応は八幡が極楽寺の謂う使いなのか、そうだとして何ができるというのか、という一種の反抗心。それでいて心の奥底では何もかもが上手くいかない自分を助けて欲しい、という矛盾する様な複雑な葛藤から今の類の言動が出てしまうのであった。


 しかし、未成熟な少女の複雑な内心を推し量れるほど器用でも察しの良い人間でもない八幡は、この対応に苛立ちを通り越して子ども扱いするようになり、あえて淡々とした丁寧で大人な対応を取る。


「まだ功も上げてない私ごときの為に時間を割いてくださるとは恐悦至極……」

「やめて」


 少女は立ち止まると歯を食いしばり、声はくぐもった。

 八幡はいったい何の事かもわからずに全身が固まってしまう。自分は目に見える粗相をしていないはずだと自身に問いかけ記憶を精査する。それでもどこが悪かったのか見当がつかず、耳を疑いながらも一応聞き返す。


「な……何をですか?」


 不意であったその一言に動揺が隠せず、声が少し上ずってしまう。八幡が聞き返すと氏治は少し俯き、拳を握りしめる。


「その……馬鹿にした口調」


 八幡は意識したつもりがなかったが敬語を使おうとすると、仮にも一国の主である氏治の前だと尚更慇懃で、気づかぬうちに、人によっては馬鹿にしたと思われてもおかしくない口調になっていた。

 今更ながら、これはしまったと口を押さえるがどうしようもない。とりあえず不可抗力であることを説明しようとする。


「いえ、これは……」


「私だって……私だってわかってるの! このままじゃダメなことぐらい! ごめんなさい。謝るから……謝るから教えてよ……どうすればいいの……どうすればよかったって言うの! 私は……」


 目に涙を湛えた少女は振り返りざまに苦しそうに声を押し出していた。 謝罪の言葉も本当は言いたくもないはずである。そんな当主の苦しげな声を聴いた何人かの兵士が目を向ける。


「あんな人でも、私の義叔父だったのよ。小さいころには、私の歌や舞を見て手を叩いて喜んでくれた。思い入れの無い人なんかじゃないの。それでも、こうして殺されるのを傍観するしかなかった……。私は知らなかったことにしようとみんなの気遣いも解るし、無下にもできない。でも、だからこそ苦しいの! でも、私には、小田家の当主であるはずなのに私には! なにも、できないのよ……」


 あまりの大将のお粗末さに、新参者である八幡にさえも馬鹿にされているのだと感じたのだろう。

 八幡は評議の場で述べられる罪状や一連の流れに漠然とした違和感を抱いていたが、氏治の告白で事の顛末をある程度察した。


「と、とりあえずここではまずいですから、部屋へ行ってからにしましょう」


 八幡はそういうが早いか、手を取って氏治の私室まで移動した。



 氏治の私室はやはり武家の当主を意識してか武骨な書院造で、飾り気のない部屋である。

 しかし、これも小田城が攻略される際に極楽寺へ避難させた私物がまだ戻せていないだけであり、その実態は少女らしさの強い色とりどりの布と糸を取り揃えた、さながら仕立屋のような光景が本来の姿であった。


 八幡は氏治に勧められて正面の円座に座る。そして一呼吸おいてから話し始めた。


「で、先ほどの続きですが……」


「いいよ。その敬語はもう」


「いえ、私は本当に馬鹿にするつもりなどなく……」


 流石に罪悪感を覚えてか、八幡は下手に出るとかは考えなくなっていた。

 氏治にもそういった感情がなんとなしに伝わったのか、廊下の時の様に怒っている様子はなく、むしろ冷静な佇まいをして座っていた。


「でも、使い慣れてないでしょ? 疲れるだろうから普通にして」


「は……あぁ、わかった」


 八幡が返事をすると少女は一呼吸おいた。少し空気は変わり、真剣なものになった。


「先日、農村で会った時は、貴方は私に問題はないって言ったよね。それ、本気?」


「……なんだ? 自分の資質を自ら疑うのか」


 八幡は緊張をほぐし、普段通りの口調で答える。それとは反対に、氏治は肩を張り、緊張した面持ちで男の目をじっと見つめる。


「人の七癖自分の八癖。自分のこととなると存外気づかない物よ。それに……私が悪いんじゃなかったら、家臣や領民のせいになるじゃない」


 氏治はそういうと、開け放たれた障子から板塀で見えない、その先にある小田城下を見やって苦しそうに胸を押さえた。


「まぁ、割と本気で対外情勢っていう天の采配のせいもあると思うけどな」


 そんな氏治を気遣ってか、男は本来の性格とは違った軽い口調で若干茶化すようにしていった。

 しかし氏治の表情は変わらない。


「私は運に左右されるつもりはない。領民も家臣もよく支えてくれてる。だから、私にできることはできる限りお返しがしたいの」


(話には聞いて、少ない接点の中でもなんとなく感じたところからもだいぶ想像はできていたが、この子は大分時代にそぐわない特殊な感性を持っているんだな……)


 他にも茶々を入れたりしてみるも、領民の話となるとことさら真剣な様子ですべての茶々は適当に返された。また、年代の権力者に相応しくない民への対応に八幡は信じられない様子で考え込んでしまう。


「なるほどね。領民思いのいい領主さまなこった」


 続ける言葉が出ないのでまたも茶化してみる。

 すると、いい加減に苛立ってきたのか少し氏治の目つきが変わった。


「私を馬鹿にするのもほどほどにして、どうすればいいかあなたの意見を述べて。でないとあなたを武将として迎えている意味がないわ」


「ごもっとも。ただ俺からは今のところ何も進言できそうにないな。今はまだこの家と周囲の関係を正確につかめてもないし、今はまだ実際に何もしてない。ほかの家臣の人にも認められるようにならなきゃ表舞台にすら立てないからな」


「そう……それもそうよね……それじゃぁ、私に対して何か要望はある? 大したことはできないけど、たとえば従者を増やすとか」


「いや、太兵衛さんを借りられれば十分」


「そう。わかった。何かあれば話は通しておくから連絡して」


 八幡は、氏治が思いのほか話が通じるということが分かったのはいい収穫とばかりの満足顔で部屋を出た。

 一方氏治はその背を見送った後も晴れた気分にはなれなかった。



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