第二十二話 月見の宴
そして、三日後。小田城へと帰還した八幡は一つの報せを受ける。
現代の世界で生きていた頃、ドラマやアニメと言った物語の中で、大きなイベントが大概は視聴者、もとい主人公の前で起きていた。八幡は己がそういった者であるという自惚れこそしないが、特殊な境遇であるのは誰から見ても明白であり、何らかの大きな出来事は自分のすぐ傍で起るのではないか、という気が漠然としていた。
例えそれが、小田家という地方の片田舎の小大名であっても、である。
しかし、現実では傍観者ですらないということを思い知ることになる。
小田家における一大事が、この男とは全く無関係の場所で起り、全てが終わったという報せだったのである。
そして、その大事件とは――
――信太家の代表の一人にして木田余城主。当主である小田氏治の外叔父として権勢を揮っていた重臣、信太伊勢守範宗の誅殺である。
「信太伊勢守範宗の誅殺……?」
八幡には大事件として報じられるが、実際の所感覚が掴めずに反応に困っていた。
八幡から見れば、見たことも聞いたことも無い上司が突如殺されたという話である。別の支部の統括上司が死んだという話を液晶画面越しで聞くような感覚でしかないのだ。
「これは、一大事ですよ……いったい、何が……」
しかし、太兵衛の反応から事の重大さは察することができていた。そして、詳しく聞いてみると、信太家当主頼範の弟にして先代当主政治の義弟、つまりは現当主氏治の外叔父にあたる要人が突如として殺されたのである。
信太一門からすれば、頼範の実力と範宗の姻戚関係によって小田の威を借る事で権威を着飾っていたにもかかわらず、その重要な小田家との繋がりが途絶えてしまったのである。今はまだ、頼範という先代政治と共に家督争いを戦い抜いた人物がいるおかげで信太家の威勢が衰えることはないが、それにしても大打撃を受ける信太一門からすれば怒りはこの上なく、場合によっては一触即発の事態ともなりかねないのだ。
「信太家は小田家中でも大門です。彼らだけでも数百人。領内で最大の動員をかければ千にも届きます。もし今反旗を翻せば、小田家は周囲との均衡を保てずに滅びかねません……」
「マジかよ。想像以上にヤバいな……俺にできることはないか?」
「残念ながら、我等では一兵卒として奮戦する他は……」
八幡はせっかく武家という身分を認めてもらった傍から滅ぼされるのは堪ったものではないと苛立ちと焦りを浮かべる。現代の感覚で言えば契約社員としての努力が認められ、ホワイト企業への就職という念願かなった傍から経営陣対立による倒産という事態である。
誰であろうとも冗談ではないという感想を抱くのも不思議からぬ事であった。
二人は自分たちでできることはないかと考えつつ、戦時に備えてか慌ただしくなる城内を見て、自主的に武具や兵糧の備えの確認を買って出る。
そうして仕事で気を紛らわせて日が頭上に上る頃、事態は一歩前へと動いた。
誅殺を実行した犯人が範宗の首を携えて小田城へと帰還したのである。
「菅谷政貞様御帰還! 氏治様の命である。開門せよ!」
矢倉門の上に立つ兵が下にいる門番へ命じ、間もなく扉が開かれる。
僅か三十人ばかりの兵を連れた菅谷政貞は、一度何処かで身を改めたのか小奇麗な姿で、首桶に範宗とその側近と思わしき首を入れ、塩漬けにした状態で持参したのである。
八幡は武家の末席とし、人数合わせの意味合いで広間へ呼集された。
会所の広間では現在小田城にいる家臣が左右二列で整然と座り、しばらくの後に菅谷政貞の一団が中央を通り抜ける様にして前へ進み出ると、城主の間の前で座り、頭を垂れて待つ。
「菅谷政貞。頭を挙げて、事の次第を報告なさい」
氏治は努めて冷たい声色と、侮蔑の表情を浮かべて菅谷政貞に問い質す。
菅谷政貞は深く一度頭を下げてから顔を上げると、一呼吸おいて淡々と語り出した。
「は。事の次第は、蟄居中の我がもとに一通の書状が届いたことに始まりまする。信太一門を臭わす書状には謀反を誘う内容があり、これに乗る振りをして幾度かの書状をやり取りした結果、書状の主は叛意を明らかにしたのです」
「し、信太家を愚弄する気か! 貴様、元より範宗様を!」
「信太兵庫! 黙りなさい!」
「なっ!?」
氏治の一喝は少女特有の声の高さからか室内に良く響き、鼓膜の奥へと声を沈ませる。
信太兵庫は思わず口を止めて言葉が喉に支えるようになる。
「続けて」
「は! 叛意を汲み取った某は、これを討伐すること意を決したのです。しかし、某は蟄居の身で呼び込む城も無く、その為に手野城主である中根主膳万太夫殿に協力を仰ぎ、月見の宴と称して範宗殿を手野城に誘い、そこでこの首を討ち取ったのです」
「……そう。範宗が謀反……信じられないわね。でも、書状を見るに、嘘ではないようだし、致し方が無いわ……」
「そ、そんな! 氏治様、我が父は菅谷親子に謀られたのです! あり得ない! その者に厳罰を!」
範宗の嫡男である範国は父の死を嘆き、怒りの形相で涙を流しながら、必死になって菅谷親子の謀だと喚き散らす。その様は無様ながらも、父の死に気が動転するもやむなしと誰も止めず、あるいは全ての状況を理解したものは意図的にこれを止めずに傍観した。
この場には父の危急を聞きつけた三男重成の姿もあったが、こちらは長兄範国とは対照的に冷静であり、しかしながらその表情は焦りが見えるものであった。
(不味い。このままでは信太家が滅ぼされる……。事の次第を鹿沼の兄上にも伝えねば)
鹿沼の兄上とは、二男利重である。この男は特別優秀ではないが、長男範国ほど盲目な人物ではなく、客観性を保つのに長けた人物であり、能力に勝り出来人と称されている重成も素直に敬意を抱いていた人物である。
信太範国に続き、信太兵庫も息を吹き返して菅谷家を悪し様に罵り、信太家関係者からの厳しい言動が室内に飛び交う。しかし政貞は、仮にも氏治の外叔父である男を殺めてしまったという僅かな罪悪感を表情に浮かべ、黙々と氏治からの言葉を待っていた。
「沙汰を言い渡します」
「はは」
氏治の神妙な言動に、室内は静まり返り、視線を集める。
「今回の一件は、信太範宗の叛意は明らかであり、中根主膳の証言も届いています。よって、菅谷政貞による範宗の討伐を誅殺と認め、罪には問わず。また、接収した木田余城は菅谷家に預けるものとします」
「はは!」
一同は静粛にこれを聞き、内心でほくそ笑んだ。一様に言い気味だと思っていたのである。
しかし、このような沙汰を信太家側からすれば当然受け入れられるものではない。ましてや、誅殺と同時に政貞の手勢が占領した木田余城は範宗が死ねば本来は嫡男範国のものである。
「お待ちくだされ氏治様! その沙汰はあんまりに御座る! 判決が恣意的ではありませぬか? なぜ木田余城まで。しかも、少数とは言え我が城を圧するほどの手勢、何故蟄居の身で集められたというのです!」
しかし、氏治はこの意見を黙殺した。何故なら、意見が的を射ていたからである。
「……以上。他の関連する細かな沙汰については追って知らせます。解散」
実はこの月見の宴と範宗の誅殺は信太一門の言い分通り、仕組まれたものであった。
史実の各文書によって時期や内容、人物に差異があるが、概ねの粗筋は統一されている。予てより小田氏治に反感を抱く信太範宗を菅谷政貞が誅殺するべく、意図的に氏治の勘気を被って、蟄居の身となり、範宗に謀反の誘いを持ちかけるというものである。
そして今回の一件。菅谷政貞の父、勝貞の手によって土浦城が信太重成に譲渡される時から仕組まれていたのである。
勝貞は予てより信太範宗との折り合いは悪く、常に失脚の機会を覗っていた。そして今回、意図的に信太重成の功績を褒め称え、要衝土浦の主将にすべきであるという進言を続け、氏治もまた重成を気に入っていた為、その言葉を聞き入れて配置替えを行ったのである。
そして、公の場で範宗をそれとなく煽り、罵声を浴びせられることで周囲の同情を買いつつ、子の政貞には小田城奪還の出陣の折りに策を教え、意図的に蟄居されるように命じたのである。この際、謀反人を炙り出すとして、氏治にも政貞に蟄居を命じる事を頼み込んでいたのである。氏治はこの際にすべてを察し、極楽寺を訪れたのだ。
そして、忠臣ともっぱらの評判である菅谷勝貞は子の政貞による氏治への反抗的態度に激怒するという芝居を打ち、険悪な関係を作る。すると、菅谷勝貞を警戒している信太範宗は小田家や勝貞に叛意を抱いた政貞はこの上なく心強い味方だと考え、そこへ来る謀反の誘いは渡りに舟であるとばかりに飛びついたのである。
すっかりやり取りの内に警戒心を解いた範宗は手野城でまんまと誅殺され、政貞の兵との名目ながら、実際には勝貞が精兵の側近を率いて木田余城を襲撃。親子ですべての証拠を隠滅したうえで、中根主膳とも共謀してその身を潔白なものとしたのである。




