70 座敷童わらし、決心する
魔道具屋をあとにしてから大通りを西に向かって歩いていると、たまに人間の視線を感じる。
顔を下に向ければ人間としての身体がちゃんとここにある。
少し前までは存在自体が薄れていて、誰にも気づかれず一人ぼっちの世界にいた。
まさか人間に紛れて人間のフリをして暮らすことになるとは夢にも思っていなかった。
この世界に移転してきてから『座敷わらし』としては異例の生活をしている。でも今の生活は嫌ではない。
今は十也のことばかり考えているが、そんな毎日のなか私は幸せを感じていた。
若様と過ごしていたころ、あの頃は気づきもしなかったが、あれはあれで幸せだったのだと今になってわかった。
「おかえりにゃさい」
「おかえり、もう用事はすんだの」
静水館にもどってみると十也はベッドに座ってネコに沼での出来事を話をしていた。
「魔道具屋で水筒を見てきた。十也が使っている革袋よりよさそうだから、玉虫蛇の報酬が出たら買いに行かないか」
遅くなったが十也のお昼用にパン屋で丸パンを買ってきたので渡しながら聞いてみた。
「お楽がいいなら絶対そうしたい。本当にあれひどいんだよ。臭いしまずいしみんなよく使ってるよね。パンありがとう、お昼はベルナさんがオムレツとミルクを持ってきてくれたから、これはあとで食べる」
「十也は寝てなくて大丈夫なのか」
「もう足は全然痛くないし、だるさもとれて身体も軽いよ。治療魔法のおかげで筋肉痛とかも一緒に治っちゃったみたい」
「そうか、でも今日は大人しくしてろよ」
「うん、魔法ってすごいよね。治療もできるし、水魔法使えたら水筒なんて必要ないしさ、魔法がある世界で使えないのは残念だよ」
「小説だったら、異世界転移ですごい能力をもらえてるしな」
「我にゃんて、何ひとつ変わってにゃいです。十也さんは運の魔法が使えますし。童は実体化してます。すごいじゃにゃいですかぁ」
「そう言えばネコって元のままなんだな」
「もしかしたらネコちゃんには、何かすごい力が秘められてるかもしれないよ」
「だったら嬉しいので、我もいろいろ試してみますね」
ネコが二本足で立ち、両手を前に出しながら『はぁー!』と叫んだ。
十也も一緒になっていろいろなポーズをとって遊び始める。
もちろんそれで魔法が使えるようになるわけではないが二人はとても楽しそうだ。
大人しくしてろって言ったのに……
「十也」
「ん、なに?」
「フェルミに会いに行こう」




