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66 座敷わらし、ベルナさんに諭される

 次の日、朝早くに治療院に向かおうとしたが、静水館を出る前にベルナさんに止められてしまった。


「トーヤ君が心配なのはわかるけど、こんなに早い時間に行ったら迷惑よ。オラク君だってちゃんと休まないと身体をこわしちゃうかもしれないでしょ。朝はちゃんと食べてね」


 昨夜、夕飯も食べずに部屋に籠ってしまったのでベルナさんに心配を掛けてしまったらしい。


「ベルナさんの言うとおりだな。忠告してもらって助かった。朝食を食べてから出かけようと思うのだが食堂に行っても大丈夫か」


「食事はもうちょっと待ってね。お茶を入れるから一緒にどうかしら」


 ベルナさんの誘いをありがたく受けることにして私は食堂へと足を運んだ。


 苦手だったハーブティも物によっては美味いと思えるようになってきた。

 今日、ベルナさんが淹れてくれたハーブティは薄紫色をしていて花の香りが強いので、食事の時にはあまり一緒に飲まないものらしい。


 初めて口にしたが、スズランのような香りで、味わいも爽やでさっぱりしていた。


「心を落ち着かせるお茶なんですって。私なんか最近いつもこればかり飲んでるわ、はぁ」


 ベルナさんにも悩み事があるようだが気の利いた言葉が言えない私は黙ってハーブティをすすっている。


 しばらくすると私たち二人しかいない食堂へ、厨房から朝食のプレートを持った中年の男性がやって来た。


 スクランブルエッグとパンが載ったプレートとスープのカップを私の前に置いた男性は中肉中背、少し猫背でベルナさんと同じ黄色い髪をしている。


「いつもうちの宿を使っていただいてありがとうございます」


 そう言うとすぐに厨房へ戻って行ってしまった。


「ベルナさんの父親か? 初めて見たぞ」


「宿屋の主人のくせに人見知りで困っちゃってるの。人に会わないように裏方の仕事ばかりしているから、長く泊まっている人でもあまり会うことがないと思うわ。たぶん昨日オラク君が夕飯を食べなかったから様子を見に来たんじゃないかしら」


「心配を掛けてすまなかった。ベルナさんと一緒で優しいな」


 ベルナさんはニコニコしながらハーブティのお代わりを入れてくれた。


「人に会わないってラトレルさんもか?」


 ベルナさんは自分の顎に手を当て、少し考えてから返事をした。


「うーん、そうね。もう二年くらいは顔を合わせたことがないんじゃないかしら」


「それはすごいな。ベルナさんの父親は幻の生き物みたいだ。目にしたら良いことがありそうだな」

「面白いこと言うわね。それなら今日は何かいいことがあるかもしれないわよ」


 そう言ってベルナさんはウインクしながら立ち上がった。話しているうちに他の泊り客も食堂に下りてきたので、自分の飲んでいたカップを片付け給仕の仕事を始めるようだ。


「おはようございます」

「エルシーか、おはよう」


 相変わらず挨拶しかしないが、常連客には人気があるらしい。たしかに白銀のおかっぱで灰色の大きな瞳の可愛らしい少女が、甲斐甲斐しく働いている姿は応援したくなるのはわかるけどな。


 朝食を運びながらベルナさんは他の客とも楽しそうに話をしていた。静水館はベルナさんとエルシーが看板娘だからやっていけているんじゃないだろうか。


 ここに泊まっている人たちで問題が起きたことはないし、居心地がいい宿だから、この町で早いうちにここに巡り合えて本当に良かったと思っている。


 そんなことを考えていると。ふと視線を感じた。

 気になってそちらを見ると、なぜかエルシーが私を見つめている。私と目が合うと、すぐに視線をそらした。そして何もなかったかのように仕事に専念し始める。


 なんだったのだろうか?



 朝食を食べ終わったのでベルナさんに一声かけてから外に出た。治療院へと向かうとネコが寄って来たので昨夜の話を聞いてみる。


 十也の寝ている部屋の窓が開くのを外でずっと待っていたが、一晩十也が顔を出すことはなかったそうだ。


「静かでしたから(にゃに)も起こってにゃいと思いますよぅ」

「今日は十也の治療を済ませてから一緒に帰る。たぶん大丈夫だ」


 治療院の入り口でネコとそんな話をしていると、外にいる私に気がついたのか治療師が中から扉を開けてくれた。


「朝早くから申し訳ない。十也はどんな具合だ」

「まだ眠ってます。オラク君は部屋で待ってもらって結構ですよ」


 治療師から丸椅子を渡されので、それを持って十也の寝ている部屋へと歩いて行った。


 部屋にはもう一つベッドがあったが、今は十也の他には誰もいない。私はベットの脇に丸椅子を置いて座った。


 十也は顔色も良さそうだし静かに眠っているので、足の怪我だけで他に痛めたところはなかったのかもしれない。足の怪我も治療師の魔法さえ効けば治してもらえるはずだ。


 十也が目覚めるまで私は十也の顔をずっと見つめていた。


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