59 座敷わらしと沼蟹の戦い 1
冒険者が小動物で沼蟹を釣ると聞いていたので私は尻尾を使おうと思う。
元の世界で蟹の捕獲にスルメを使っていたことを覚えていたので、かわりに干し肉を餌としておびき寄せる予定だ。
まず、尾長猿の長い尻尾を尻から生やした。
服も元々身体の一部なのでズボンを脱ぐ必要はなく尻の部分から尻尾だけが出ていた。自分のことながら不思議な感じがする。
この世界に来てから、変幻が簡単にできるようになったので、何ができて何ができないのかをいろいろ検証している最中だ。
元の世界でする必要がなかったから、今やっているような人型の一部だけを動物の身体に変幻するなんてことは、試そうと思ったことさえなかった。
何故だかわからないが人間ベースなら可能でも、動物ベースに動物を足すことは不可能だった。自分の能力なのに不明なことが多い。
霊力が少なすぎて存在するだけで精いっぱいだったせいもあるのだか。元の世界では、自分の能力について把握がほとんどできてなかったんだとつくづく実感していた。
細長く割いた干し肉を尻尾の先に紐で縛り付け沼の中へと垂らす。
沼に背を向け体育座りの状態で尻尾を左右にふーらふーらとゆっくり揺すりながら待っていると、しばらくして何かが触ったので、すぐに尻尾を持ち上げようとした。
全身に力を入れながら踏ん張ってどうにか持ち上げることは出来たが、尻尾にぶら下がっている物はとても重い。
首だけ後ろに回して水から出ている自分の尻尾を見ると、甲羅だけでニ十センチはある全身トゲトゲした青黒い蟹が片方のハサミで尻尾の先っぽを挟んでいた。
そのまま釣り上げようと私が身体を動かしたとたん沼蟹がハサミに力を入れたようで『ジャキン』と尻尾を切り落とされてしまった。切られた尻尾の先は霧散し、沼蟹はボチャンと沼へと落ちていく。
切断されても私に痛みはない。ただ尻尾が短くなっただけだ。
実体化している時でも、影狼や風猿に普通なら重傷を負うような攻撃をされても怪我ひとつせず、それどころか私に痛覚がほとんどないことを知った十也が、痛みの感じ方について聞いてきたことがあった。
牙や杭は実際に刺さっていても私には身体に当たっている感触がするだけだ。十也は『鼻の穴に指を突っ込んでいるみたいな感じかもね』と言ったので、やってみると実際にそんな感じ。
今回のように身体の一部分が切り取られることは、人間でいう爪を切る感覚と同じではないかと推測している。
尾長猿の尻尾では細すぎて沼蟹を持ち上げることにとても苦労した。
それにハサミで簡単に切り落とされるようでは逃げられて捕獲することができない。
変化した時の身体の性能はあくまでも元になっている生き物のそれと同等らしいので沼蟹の重さと力に勝る生き物へと変幻しなければいけないようだ。
「なんか水音がしたけど大丈夫かい」
ラトレルさんが心配して声を掛けてきた。
「ああ、問題ない。逃げられただけだ」
次は狐の尻尾で挑戦だ。先ほどと同じようにモフモフの尻尾をお尻に生やして沼に垂らし揺らしてみる。
ハサミで挟まれている感触がしてから、すぐに尻尾を上げたのだが『ジャキン』『ボチャン』またしても沼蟹は沼へと吸い込まれていった。
甲羅の大きいトゲトゲがちょうど笑顔のマークに見える個体だったので、落ちていく瞬間、私をあざ笑っているように見えてすごく悔しい。
太いと思っていた狐の尻尾は濡れるとモフモフがなくなって思った以上に細かった。この程度の太さでは何度やっても切り落とされてしまいそうだ。
二度試してみた実感として、やはり私には沼蟹の毒棘は効かないらしい。激痛どころか痛みもない。少し痒いかなという程度だ。
これなら手か脚を使った方が早いかもしれない。
今度は沼に人間の腕を突っ込んで何かいないか探ってみた。
地面にうつぶせになり肩まで水につけ腕を伸ばす。沼は思ったより深く、岸に近い場所でも底には手が届かない。尻尾で釣ることができたのだから、すごく深いわけではないと思うのだが――。
水の色を見た時から懸念はしていた。
水面に顔を近づけた時、沼はとても生臭く、水に突っ込んだ右腕はドロドロになってしまった。
気持ちが悪いので一度妖精体になって汚れを落としておいたが、この緑茶色の水面を見るたびにやる気が削がれていく。
沼蟹をたくさん捕まえるためにはどうにかしてモチベーションを上げなければいけないと思う。
試練は続きそうだ。




