44 座敷わらしとワギュウ
この世界に来てからずっと休みなしで動き回っていたので、今日は十也と相談して休息日にした。
十也はまだ、ひとりでは知らない人と接することができないが、静水館の中なら安心できるようなので一日部屋でゴロゴロするつもりらしい。
私は部屋にいても暇なのでちょっと出掛けると言って出てきた。もちろん、また山へ行くつもりだ。
ネコがいないと山で迷いそうなので、ついて来てもらっている。
また影狼が寄ってくると困るので今回は餌は用意しない。
私には今日、是非とも遭遇したい魔物がいる。その名も【環牛】。
Cランクパーティ推奨の魔物で全身は黒いが首にだけ白い毛が首輪のように生えている高級食材だ。
ロバほどの大きさで小柄ながら絶品のため、貴族の食卓か高級料理店の材料として扱われ市場には出回らない。
求めている料理人が多いので必ず競りになり、入荷待ちの時間が長いほど高値がつくので一獲千金の魔物だ。
センターで、テンゴウ山にいる魔物のうち小さめで報酬が高いものを担当眼鏡に聞いて来た。
ただ、この環牛はかなり奥深い場所に生息しており、しかも牛のくせに雑食で狂暴らしい。
他にもいくつか教えてもらったが、小さくて高額になるとどうしても群れをなす魔物が多い。影狼の時と同じ轍を踏みそうなのでできれば群れは避けたい。
普通ならDランクの冒険者に環牛の情報は話さないと思うが、私はひとりで魔鹿と影狼を捕獲できる技量があるので教えてもらえたらしい。
魔鹿の時は偶然傷ついた魔物に遭遇したと思われていたようだが、影狼を怪我もなく持ち込み、しかも冒険者カードが短期間でDランクに変わっていたことで新進気鋭の冒険者として信用されたそうだ。
私に対する担当眼鏡の扱いもずいぶん変わって、受付カウンターに並んでいると、笑顔で向こうからやってくるようになった。
今はこうしてお勧めの魔物まで紹介してくれる。私の扱いが初めのころとは大違いだ。貴族の戯れで冒険者をやっているのだとは、もう思っていないのだろう。
「強い魔法使いの力を欲する者は多いので、一人で行動する際には、気をつけるようにしてください。特にオラク君は見た目が少女のようなので特に注意した方がいいですよ」
と忠告された。そんな心配もしてくれているようだ。
獲物を探している最中、ウォーハンマーがとても邪魔だった。実体がないネコは草も枝も関係なくスルスル山の中を歩いていく。
荷物がなく私が妖精体だったら倍の距離は進めたと思う。放り出したいが人間の世界で存在していくためにはそうもいかない。
ちなみにウエストポーチはウォーハンマーに無理やり括り付けているので、この前のように落として気づかない、ということはないと思う。
十也と一緒にいるためには、できるだけ人間社会に溶け込む必要がある。人間に追われた妖精や妖の末路は知っている。人間との距離が近くなったせいか、最近はよくあの時のことを思い出してしまう。
正午になったら折り返すと決めて、どんどん奥へ進んでいった。小動物は見かけるが私の求めている獲物には全く会えずにいた。
体感時間で二時間ほど歩いたと思われる頃。
「童―、さっきから木が揺れているんですけど、だんだんこっちに近づいてきてませんかぁ」
「木の上だろ、私も気がついているが、鳥は無理だ」
鳥は初めから眼中にないので木の上の方は無視していたのだが。
「あれ、猿じゃないですかねぇ」
「猿? あ? また群れか、最悪だな」
よく見れば木の上の方に何匹も猿がいてこちらを見ている。たぶんネコを見てるな。
「我、餌ではにゃいのに。猿も嫌いににゃりそうです。うぎゃっ」
そんな会話をしているとネコのいる地面に木の棒が突き刺さった。
あの猿の魔物はセンターにあった『魔物図鑑(魔法を使う魔物)』に載っていたので知っている。
【風猿】と言ってこうやって木の棒を槍のように使う猿で、ボスともなると風魔法を使ってかなり遠くまで飛ばせるという厄介な魔物だ。
ただ、命中率は低くそれほど脅威ではないと書いてあった。センターで売っている魔物向けの煙幕を焚くと麻痺して一網打尽らしいが、そんな物は持っていない。
その煙幕、人間にも効いてしまうので取り扱いが難しいと書いてあった。万が一トウヤが吸い込むと困るので購入する気はなかったが私だけの時なら使えそうだ。
煙幕といえば魔物除けもあるそうなのでセンターで購入できるなら用意しておいてもいいかもしれない。
「面倒くさい魔物ばかりだな。よし、無視するぞ」
「えー、殺らにゃいんですか。敵とってくださいよぅ」
「木の上。群れ。道具を使う猿。無理」
指を折りつつ、ネコにそんなことを言っている間にも木の棒がガンガン飛んでくるので、私は今串刺し状態になっている。一瞬妖精化するだけで私に刺さっていた木の棒は、すべて足元に転がった。人間でいうと何か触れたほどの感覚だと思うが、気持ちとしては納得がいかない。
「猿、許すまじ」
「自分がやられるのは許せにゃいんですねぇ。どうするんですか。猿だけにまたゴリラで対抗ですか」
ネコは煽るが何も考えていなかった。
結局木の上にいる猿には手出しができないので、やはり無視することにした。猿の方も餌扱いの私たちを倒せずに悔しがっているだろうからそれでよしとする。
山奥へ足を進めていると背中に何度か木の棒が刺さったが獲物にならない魔物に時間を割くのも馬鹿らしく、相手をする気は全くなかった。
それでもずっと猿がついて来ていたが放っておくことにした。




