40 座敷わらし、ラトレルさんを雇う
食堂まで下りていくと、ラトレルさんはすでに食事が済んでいてお茶を飲んでいた。エルシーもいつも通り給仕をしている。昨日のラトレルさんの慌てぶりが普通ではなかったから、何かあったのかと思ったが勘違いだったようだ。
「おはようございます」
「おはよう」
「早いなラトレルさん」
私たちは同じテーブルについて今日の予定を話し合うことにした。静水館で出るお茶は後味がすっきりするハーブティだ。十也は美味いと言うが、お茶と言うと緑茶しか飲んだことがなかったので初めは少し苦手だった。
それでも徐々になれてきているので、いつか美味いと思う時がくるかもしれない。
「昨日の買い物で手持ちが少なくなったから今日はどうしても山まで行きたい」
「森じゃなくて山かい? うーん。オラクは問題ないだろうけど、トーヤが心配だな」
「足手纏いですみません。だから今日から必死にスリングショット練習します」
「いやいや、君たちの年齢ならトーヤが普通で、オラクの魔法がすごいんだから」
それでも残念ながら素材として持ち込むために、噛みつきは封印するしかない。
「そこでだ、今日は私が魔物狩りをするので、ラトレルさんを十也の護衛で雇いたい。報酬は私が捕獲した魔物の半分でどうだ。」
「魔物にもよるけど、もしマジカクラスだったら貰いすぎになるし、あとで決めないか?」
「一日付き合ってもらうんだ。逆に報酬が少ないことだってあり得る。ラトレルさんが遠慮すると私たちが髭もじゃたちに怒られるからな。町の人から嫌われるのは困るぞ」
「そう言われると断りづらいな。でも多かった場合は俺の一日の稼ぎ代を上限にさせてもらいたい。それなら引き受けてもいい。実力以上の報酬を貰ったら次から君たちに付き合えなくなるよ」
「では、そうするか。あと私の戦い方を見てもらいたい。おかしなところがないか確認してくれ」
「いいけど、俺には魔法のことはわからないと思うよ」
「それでもかまわん、頼んだぞ」
予定が決まったので食事の後すぐに東の山へ向かうことにした。
「みんな、気をつけてね」
ベルナさんに見送られたが視線はラトレルさんに向いていた。この町の人はラトレルさんの心配ばかりしているように思う。いったい何があったんだ?
今回はセンターで荷車も借りてきた。靴を新調したおかげで歩きやすいと十也が引いて歩いている。
十也も何か仕事をしたいらしいので私もラトレルさんも好きなようにさせておいた。
「この猫よく見るけど、君たちが飼っているの?」
今日もネコがついて来ているのに気付いたラトレルさんから聞かれたので
「僕たちの仲間です」
と十也が答えた。心なしかネコの歩き方が嬉しそうに見える。
薬草採取の森を通り抜け坂道が少し続いたあと、東の山の中を通る街道でラトレルさんの指示を仰いぐ。十也がいるので、この前のように私が闇雲に動き回るわけにはいかない。
それにこの山は結構起伏に富んでいる樹海が広がっていてあまり奥まで入り込むと遭難するおそれもあるそうだ。この前は実際帰り道もわからなかったのでラトレルさんが追いかけて来たから帰ることができたんだろう。
荷車は街道から少し入ったところで、木にワイヤーで繋いでおく。自転車のワイヤーロックのようなもので鍵がなければ外すことができない。
ラトレルさんが前を歩きその後をトウヤ、私、ネコが順番についていった。山の浅い場所では他の冒険者も狩猟をしているので周りの気配を読みながら人のいない場所を選んで進む。
中型以上の魔物はラトレルさんのように魔物の縄張りを把握していなければ、素人はそう簡単に見つけることはできないらしい。
遠目に兎や爬虫類っぽい何かわからない生き物がいるのをみつけたが、私たちは中型~大型を狙っているし、ラトレルさんが血の匂いをさせながら奥地へ向かうのは危険だと言うので無視して先を急いだ。
テンゴウ山には魔力がたまっているらしく、魔物の成長がとても速い。冒険者が狩ったとしても、あっという間に増えてしまうらしい。だからこの付近の町では乳牛と鶏卵以外の畜産農家がなかった。肉はすべて狩猟で賄っているそうだ。
山の浅い場所にいる冒険者たちはEランクほどで、【魔栗鼠】や【赤爪兎】、小型の爬虫類などの小動物を狙っている。たまに、はぐれゴブリンと遭遇することもあるそうだが一、二匹ならEランクでもパーティなら問題ない。
ラトレルさんが普段捕獲しているマイノの生息地に案内されたが、私だけでここへ来るには何回も足を運ばないと道を覚えることは難しそうだ。
ラトレルさんが地面を見ながら獣道の様な場所を歩いていく。マイノは縄張りを巡回しているのでそのコースさえわかれば、追うか待ち伏せができる。いつも同じ場所へ芋などを置いておくとそこを餌場だと思い回るようになるので、次の狩りが楽になるように帰りにはいつも置いて帰るそうだ。
今日はトウヤの体力も考慮して待ち伏せすることにした。ただ、マイノ一頭ではラトレルさんの報酬が足りないので、ここでトウヤをラトレルさんに任せて、私だけで魔物を探すことにした。
道に迷う恐れはあったが、ネコが来た道を帰ることはできると言うので一緒に来てもらうことにする。
「私は他の魔物を探しに行く。マイノを捕獲した時点で私が帰らなかったら荷車のところで待っていてくれ」
二人は心配そうにしていたが私の強さは実証済みなので「無理そうだったら深追いせず手ぶらで帰る」と約束して山の奥へ分け入った。
今後こんな風に一度分かれてから落ちあう場合、時刻板を用意した方がだいたいの時間を把握できるので、待たせる時間が少なくて済みそうだ。魔力印もそうだが、必要なものがまた増えたな。
ネコと一緒に山の中を進んでいるが、しばらくは何も現れなかった。またさらに奥へ進むと鳥が枝にとまっているのは見つかるが高さがあるので狙えない。
「にゃにもいませんねぇ。だから、こちらに来たころ西へ向かう人が多かったんですかねぇ」
「たしかオークが大量発生していていい狩場になってるとか言ってたな」
オークは害獣扱いで食料にはならない魔物だ。西の森のオーク狩りは数を減らすことが目的とされているため右足首だけを持って帰ればいいので、たくさん狩ったとしてもそれほど荷物にならない。
そして報酬も銀貨二枚とそこそこいいので、腕の立つ冒険者はそちらに向かっていたようだ。
「こっちは山が広すぎて、魔物をみつけるのが大変ですもんねぇ」
「そうかもしれないな。こんなことなら小型の魔物を一匹狩っておくんだった。血の匂いで魔物が襲ってくるんだろ? この辺に何か小動物はいないか?」
「見当たりまえんねぇ」
とりあえず餌にするための小動物を探すことにした。周りを注意しながら歩き続けていると、ネコが自分と同じサイズの野鼠を発見したので捕獲して山奥を再び目指す。
今日はウォーハンマーを持ってきたので、運ばなければいけないため面倒だがずっと実体化している。
私は人間と違い疲れたりしなし、怪我をする心配もないので、多少の枝や草なら避けたりせずに平気で歩いてきた。
人間のように怪我に気をつける必要がない分早く進める。そうとう山奥まで移動したはずだ。
十也達のいる場所からかなり離れたので野鼠の解体を始めることにした。
解体と言ってもウォーハンマーを使って力ずくで切断しているだけだ。血の匂いを拡散させて大物を釣ろうと思ってやっているのだが一向に現れる気配がない。
十也達を待たせてしまうので、これ以上奥地に行く選択は今日はない。太陽の位置を見てギリギリまでその場所で粘ったが、結局、手ぶらで帰ることにした。




