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35 座敷わらし、静水館へ行く

 武器の適性試験の時にできた十也の手のひらの傷は、なんと教官のアルガンが治癒魔法で治してくれた。冒険者だったころ多少魔力があったので自分で自分の傷を治しているうちに治癒魔法はそこそこ使えるようになったらしい。


 用事はすべて終わったが、ラトレルさんを訪ねるにはまだ時間が早いので、センターで依頼掲示板を見て十也ができそうなものを選び、次の仕事を決めることにした。 


 掲示板を★1から順番に見ていくと★4のところに昨夜の鹿、魔鹿(マジカ)の角の納入依頼があった。

 角が薬の材料になるらしく、随時依頼のようだ。本当だったらEランクの私が受けることはできない依頼だが、持ち込んでしまえば問題ないので、担当眼鏡に怒られようが次も東の山へ捕獲に行くつもりだ。ここまで運ぶのは大変だがセンターで荷車を貸し出していると教えてもらったから、今度は事前に用意して行こうと思っている。


 私の場合、依頼を受けて動くよりは、素材持ち込みをメインにした方がよさそうだ。とりあえず十也にとって危険ではない場所から徐々に行動範囲を山の方へ広げて行くやり方で仕事をすることに決めた。


 まだ数時間は暇だ。私はセンターの本棚にあった持ち出し禁止の魔物図鑑や地図を十也と二人で読みながら時間を潰すことにした。


 ラトレルさんは静水館を定宿にしている。そこは十也が診てもらった治療院から路地を入った奥にあるらしい。


 鐘が四回鳴ったのを聞き、そろそろいいだろうと、静水館へ訪ねていくことにした。



 受付でラトレルさんのことを聞くと、ここでもまた、受付をしていた二十歳前後の黄色い癖毛の娘がため息をつく。


「今、呼んでくるから待っててね」


 しばらくしてラトレルさんが娘と一緒に宿の受付までやってきた。


「昨日はご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 と、まず十也と二人で謝罪。


「そんなことよかったのに」


 その後、ラトレルさんに昨夜借りた銀貨三枚と、マジカ運搬の謝礼で銀貨三枚、合わせて六枚を渡そうとした。


「運搬料なんてもらえないよ」


 受け取らないラトレルさんと押し問答になってしまう。

 センターで、山からの運搬を頼んだ際の正式な金額が銀貨二枚だと調べてきたから、お詫びも含め銀貨三枚用意したのだ。どうしても受け取らないとラトレルさんが言うので二人で困ってしまう。


 それを見かねた静水館の受付の娘が仲裁に入った。


「ラトレルさんが受け取らないから、その子たちが困っているじゃない、遠慮している方が逆に可哀そうよ。なんなら宿代の前払いってことであたしが貰っておこうか」


 そう言って十也から銀貨を受け取ると、目でどうするとラトレルさんに訴えた。三対一で分が悪いと思ったのかラトレルさんは苦笑いしながら娘からそれを受け取ることしたようだ。


「ありがとう。じゃあ、都合のいい日は君たちに同行して魔物の狩り方とか教えるし運搬も手伝うよ」


「えっと、それなら買い物がしたいからラトレルさんの都合がいい日に付き合ってもらえませんか? 何を揃えればいいのかアドバイスしてもらいたいし、必要な物を教えて欲しいんですけど」

「それじゃあ明日さっそく行くか。俺のことはいつでも頼ってくれて構わないからな」

「はい。お願いします」


 ではさっそく頼らせてもらうぞ。


「私たちは今日泊まるところを探しているんだが、安く、食事が二食ついて、間違いなく美味いところはないか」

「あら、だったらうちに泊まりなさいよ! 二人部屋で銀貨一枚に大銅貨六枚。建物は古いけど設備はちゃんとしてるし、食事もよそに引けを取らないわよ」


 静水館の娘が受付から前のめりで話に加わってきた。


「ここは居心地がいい宿だからおすすめだよ」


 他にあてもくラトレルさんもここに泊まっているので、とりあえず今日の宿は静水館でいいか。


 外で待っていたネコに、ここに泊まることを伝えると部屋の場所を教えて欲しいと言うので、二階の個室に案内されたあと、わかるように窓を開けて手を振っておいた。


 静水館は確かに古びていて部屋は狭かったが、清潔で大通りから離れていることもあり静かな環境。


 十也が一番喜んだのは、青獅子荘にはなかった洗い場が併設されていたことだ。銭湯で洗い場だけを思い浮かべてもらえばいいだろうか。

 がらんとした石張りの広い空間に、大きな水瓶がいくつか置いてあり、そこから桶で水を汲んで水浴びができるようになっていた。洗濯もここでするらしい。


 この水はベルナさんが魔法で補充しているそうで、洗い場がある宿や施設には大抵一人は水魔法が使える者がいる。


 誰もいない時間を見計らい、十也はこの世界に来て初めて身体を洗うことができた。石鹸の代わりに何かの粉(有料)を使い「水は冷たかったがさっぱりした」と、とても嬉しそうだ。


 ちなみに私は参考までに覗いただけ。一度妖精体になれば汚れは落ちてしまうので身体を洗う必要はない。


 ちなみに貴族の屋敷にはお湯の出る魔道具がついているので温水のシャワーや浴槽も完備されているらしい。


 この世界、魔法が使えない庶民は水を浴びるか、水やお湯で身体を拭く程度らしいので格安の宿には、魔道具を使った設備はないようだ。


「美味い。本当に美味い。驚くほど美味い」

「オラク君褒めすぎよ」


 夕食に出た【魔猪(マイノ)】肉の煮込みシチューは、シチュー自体を初めて食べた私には衝撃的だった。世の中にこんな美味いものがあったのか。元の世界ではとても損をしていた。


 十也も気に入ったようなので、この町にいる間はここに泊まり続けることにする。「静水館の食材はラトレルさんから直接購入していて、保存肉ではないから美味しいのよ」と受付をしていたこの宿屋の娘のベルナさんが教えてくれた。


 食事をとることは供物の扱いになるようで少しだけ霊力が増えた。私が何かを食べることは金の無駄使いだと思っていたがそうではなかったようだ。


 寝具はベッドに薄いが布団が備え付けてあり、きちんとした部屋で眠るのもこの宿が初めてだ。静水館に泊まり続けるために、十也の鍛錬とは別に、私だけで高額な報酬の魔物を捕獲に行こうと思う。


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