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24 十也、魔法を試す

「あの人大丈夫なの? いい人っぽくても他人と一緒にいるの心配なんだけど」


 宿に帰る途中、さっきからほとんど口を開かなかった十也が話しかけてきた。


「そうだった。何も説明してなくてすまん」


 私の突然の行動と、善良青年は信用しても問題ないことを説明した。


「お楽の能力は別として、お楽の感覚が信じられないんだけど」

「確かに失敗しているので何とも言い難いが、今回は本当に大丈夫だ。十也が嫌なら、私が一人でセンターに行って善良青年と依頼を受けようと思う」


 そう言うと、「わかったよ。一緒に行くよ」と十也も参加することにしたらしい。


「それなら、さっきから思っていたけど、善良青年って何。本人にあだ名で呼んだりしたら絶対ダメだから。“ラトレルさん”だからね。それに口調、いつも偉そうだし。さっき転んだ時みたいにちゃんと話すこともできるんでしょ」


 そう言われても、何せこちらは存在に気づかれたのが六十年ぶりで、人間と会話したのが、最後はいつだったか覚えていないくらいだ。

 それに昔は、座敷わらしは幸運をもたらす子どもとして敬われていたので、この口調で問題なかったしな。

 頑張れば丁寧に話すこともできるが、地がこちらだからいつもそうしろと言われると難しい。現代会話は初心者なので諦めてもらうしかない。


「それより、十也はここがどこだかわかったか。国の名前は何となく見た覚えがある」

「インディアム国だからやっぱりあの時読んでいた『冒険者アーサーと天上人の末裔』って本だよ。ラトレルさんからその名前を聞いたとき愕然とした。読み始めたばかりだったから、この後何が起こるか全然わからない。最悪だよ」


「主人公のこととか覚えているか、住んでいた場所とか」

「名前はたしか本名が『アーサニクス』、ほかの固有名称は覚えてない。主人公の名前だけを頼りに行動するしかないよ」


 何もわからないよりはいい。いずれアーサニクスが英雄になるのなら、ある程度強くなった時点で有名になるだろう。それこそBランクやAランクになれば放っておいても耳に入るかもしれない。だから今、焦って探す必要はないと思う。


 それより、今後アーサニクスを尾行するためには、私たちも強くならなければいけない。何もしなくても話が完結した時点で、元の世界にもどれるなら構わないが、今はまったくわからない状況だから、結末に立ち会えなかったせいで帰還できなくなる未来の方が怖い。


「そういえば、十也は魔法が使えるかもしれないぞ。試してみろ」

「試すって、どうやって」

「魔法を叫んでみたらどうだ」

「やだよ、恥ずかしい」

「元の世界ならともかく、ここは魔法の世界だ。魔法使いはみんな叫んでいるはずだ。今はちょうど暗くなってきたから、明るくしてくれ」

「え、え、そうかな。おかしくないかな。じゃあやってみようかな」


 なんだかんだ言いながら十也だってやってみたかったんだろう。右手をまっすぐ上にあげた。


「ライトォォォォ」




「……さて帰るか」

「ちょっと、何かつっこんでよ。無視されると本当につらいんだけど」

「では言うが、この世界の魔法の呪文が分からない。だから、十也が本当に使えないのかわからん」


 また、頭をはたかれた。


 あんまりそういうことすると私と別れる時に不幸を背負うことになるぞ。と思ったが十也にはたかれても不運は増えない。不思議だ。


 とりあえず魔法のことも明日()()()()さんに聞くとしよう。




 ついでに帰り際、青獅子荘の男子が言っていた『洗い場』を見に行った。のだが……。


「こっちは男用だ。おまえは向こうへ行け」


 男女別の入口。男用に入ろうとした私は、冒険者であろうがっちりとした体形の中年男に注意された。


「やっぱりね。お楽はやめた方がいいよ。無理して入ったら騒ぎになっちゃうかも」

「ではここで待っている。十也は汗を流してこい」

「えー、ひとりでここに入る勇気はないよ。今日は青獅子荘で身体拭くからいいや。お金ももったいないし」


 出入りしている人間を見れば、十也の言うこともわからないではない。冒険者の町だけあって体格のいい男たちが多い。ボディビルダーやプロレスラーのような集団の中で十也が裸になるのは、そうとう度胸がいるだろう。


「帰るか」

「そうだね」


 そのあとはどこにも寄らず、私たちは宿屋にもどった。受付で薄手の敷物と毛布を受け取り大部屋に移動する。

 この宿はとなりに併設された建物でパン屋も営んでいるらしい。宿に食堂はないので食べ物が必用であれば受付でパンが購入できる仕組みになっていた。夕飯はラトレルさんに奢ってもらったので十也にも今は必要ない。



「結構広いね」


 板張りの広い部屋だが、高い場所に明り取りの小窓がいくつかついているだけのシンプルなつくりだ。床には線が引いてあった。この四角い部分が一人分ということなのだろう。一人分の区画はシングルベッドほどの大きさなので私たちには余裕がある。


 この時間、私たち以外はまだ三人しかいない。動きやすいように私たちが選んだのは、入口付近の部屋の隅だ。


 今日も私が寝ているふりをして不寝番で十也一人を休ませることにした。十也はラトレルさんからもらった軟膏を頬とかかとに塗って毛布に包まれるとあっという間に眠りについてしまった。


 この世界に来てから疲れがたまっていたのだろう。センターなんかに行かず、すぐにここで休めばよかったと思う反面、今日ラトレルさんと出会えたことでいろいろわかったし、これからも私たちには必要な人間のはずだ。会っていなければ、未だに何もわからず困っていただろうとも思う。

 運がよかった。いや違うか、十也の運が良くて会えたなら、明日でもラトレルさんには会えた可能性がある。


 うーん、悩んだところで答えは出ないのだから考えるのはやめた。


 大部屋は結局私たちも含めて八人だったので、かなり広く感じる。その夜、問題は起こらなかったし、すし詰め状態をイメージしていたから、寝るだけなら許容範囲だ。元の世界のベッドを知っているから、十也の寝具が薄手の敷物と毛布一枚なのを不憫には思うが我慢してもらうしかない。

 これでも地面に直接寝るよりはましだろう。


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