白い生き物は聖獣らしい
この国の建国には聖獣様の存在は無視できない。
この世界には魔法はないが、神の御使いである聖獣の加護の力は凄まじく、聖獣様の加護を持つ者は神に選ばれし代行者とも言われている。
聖獣様は全部で5体おり、各国の建国に関わっている。5つの古くからある王国は必ず聖獣様の加護を受けていた。
平民でもわかりやすいように童話のような簡単なものから、歌や劇など様々な形で継承されている。ただし、建国から500年経っている今、聖獣様の姿を実際に見たものはなく、また聖獣様の加護を受けた者もいないことから、おとぎ話との認識しかない。
王族や上位貴族になると聖獣様についての教育は平民とは異なり、加護とは何か、聖獣様と王族の間で交わされた契約の内容などを詳しく教わる。
わたしも侯爵家の令嬢であるので、すでにその教育は受けていた。
聖獣様のお姿を書いた絵も見たことがある。いくつか有名な絵画があるが、わたしがその時に見せてもらった絵画は聖獣様と聖獣様の加護を得た初代国王が描かれたものだった。
凛々しい表情で立つ初代国王様に寄り添うように書かれた大きな聖獣。
真っ白な毛に覆われた4つ足で、尻尾が大きく3つに分かれている。耳も大きめでピンと立ち上がっていた。体格はとても大きく、きっと二本足で立ったら初代国王様よりも大きい。
その絵画で見た聖獣様と目の前にいるちんまりとした白い生き物と結びつかない。耳だってぴんとせずに、垂れている。尻尾も太いけど1本だ。
もっとも、手のひらサイズの動物などいないのだから、聖獣様であると言われてもそういうものかとも頷きそうになる。
『この耳と尻尾は私の加護を受けている証である』
「加護、ですか」
アルフレッド様が首を傾げた。やはり知ってる聖獣様と齟齬を感じているのかもしれない。
『そうだ。わかりやすいだろう』
偉そうに胸を反らした。
「初代国王様に耳や尻尾があったとは聞いていませんけど」
躊躇いがちにわたしは口を挟んだ。聖獣様とアルフレッド様の視線がわたしの方へと向けられた。聖獣様は不機嫌そうにぐるぐると唸った。
『あの男はこの素晴らしい耳と尻尾を邪魔だと言って、毛を刈ったのだ!』
「……毛を刈る」
『無残な姿になった耳と尻尾を見るのが辛くて、仕方がなく別のもので代用した』
肖像画に残る初代国王は精悍な顔立ちをした美丈夫で、確かに耳や尻尾は似合わない。どれだけの攻防があったかはわからないが、心なし耳が後ろに倒れたところを見れば加護の証である耳と尻尾をなくしたくなかったのだろう。
「そんな思いをしてまで加護を与えるなんて、初代国王は素晴らしい方なの?」
思わず零した呟きに、聖獣様は嫌そうな顔をした。
『あの男は神の力を使うだけの器があった。私がどんなに嫌がっていても、神に定められたものを変えることはできない』
「その聖獣様がどうしてこのような種の中に?」
なんだか話が長くなりそうだと、アルフレッド様がわたしと聖獣様の間に割り込んだ。
『今の私は過去の残滓である。既に聖獣としての役割を果たし、本来は大地に溶け空気に漂うだけの存在だ』
話が難しくなってきた。後半の言葉が理解できずに眉を寄せた。アルフレッド様も同じだったようで、少し考え込む。わたしたちの様子を気にすることなく、聖獣様は大きく息を吐いた。
『あの男はどうでもいいが、あの男の娘は私の愛し子だ。その血に連なる者たちの幸せを願って、わずかに残された力を使ってこのような形で眠っていた』
「聖獣様の愛し子に連なる者、それがこの侯爵家なのですか?」
アルフレッド様は聖獣様の言葉をかみ砕き、確認する。聖獣様は笑った。
『そうだ。何度か、種を植えた者がいたが私がこのように顕現したのは初めてだな』
「わたしも耳と尻尾はいらなかった……」
願いを叶えるだけでも可能なら、余計なものはいらないと思うのは普通だと思う。わたしの本心に聖獣様がムッとした顔をする。
『くだらん男に傷つけられて、自分では動かないくせに泣いてばかりいるお前を見ていたら、加護を与えたくなったのだ。あれも男運がなくて、年中泣いていたから……』
前半は聞き流した。まともに受け取ったら、きっとまた涙が出そうだ。もう一つ、気になったことを聞いてみる。
「愛し子様の男運が悪かったというのはどういうことですか?」
『そのままの意味だ。権力欲のある男に目を付けられて、結婚すれば私の加護を得られると思っているようなゲスだった』
当時を思い出したのか、聖獣様は怒りで地団太を踏んでいる。小さいので、怒りを感じるよりも可愛いと思ってしまうのは仕方がないことだと思う。
微笑ましく聖獣様を眺めているわたしと違って、アルフレッド様は感心したように聖獣様にずいっと顔を近づけた。
「聖獣様は心優しいですね。心無い婚約者に傷つけられているクローディア嬢を放っておけなかったのですか」
『うむ。私の愛し子の血に連なるものが同じように辛い目に遭っているのを黙って見ていられなかった』
なるほど。
それなら、加護の証だという耳も尻尾も聖獣様の優しさでできているんだろう。
そっと自分の耳に触れてみた。柔らかくてふわふわとした気持ちの良い手触りがわたしの心を温かくする。ルシアン様の好みで出てきたわけではないようなので、その点だけは残念だ。
「聖獣様はクローディア嬢が幸せになるために顕現されたということは、彼女の幸せに手を貸してくださいますよね?」
『当然だ』
うん?
わたしは話が変な方向にねじ曲がったのを確かに感じた。慌てて聖獣様を摘まんで自分の手のひらへと乗せる。
「内容を確認する前に約束しない方がいいわ」
「おや? 私はクローディア嬢の不利になるようなことは致しませんが?」
アルフレッド様が傷ついたような色を浮かべる。そのわざとらしい作った表情にますます信用ならないと思う。そもそも外交を担っている人だ。有益な言葉を引き出すのは得意なはずだ。特に素直で人を疑うことを知らなそうな聖獣様の言質を取ることは楽そうだ。
『クローディア。私はお前に幸せになってもらいたいのだ』
「聖獣様」
もしかしたら聖獣様が心を寄せた愛し子は幸せになれなかったのだろうか。
『心配しなくとも、私の愛し子は最後には幸せになった。だがその道のりはとても辛く悲しいものだった』
「……大した理由じゃなく植えてしまってごめんなさい」
自分が情けなくなって頭を下げた。たかが失恋ぐらいで、奇跡に縋ったのだ。奇跡なんて信じていなかったから気軽に植えてしまったけど、その理由が恥ずかしい。
頬が熱を持ったが、頭を下げることで誤魔化す。耳が感情に引きずられてぺたんと倒れた。感情が丸見えになる耳と尻尾が嫌になる。
「それで、お力添え、いただけるということでいいですか?」
『ああ』
「よかったですね。クローディア嬢。オーガスト殿下にもお伝えしておきます」
アルフレッド様がにこにこと上機嫌に締めた。突然の終わりに、唖然とする。
「え? あの?」
「私はこれからオーガスト殿下に説明しに行きます。クローディア嬢はよくよく聖獣様と話し合ってください」
その話し合いというのは、聖獣様が何をしてくれるかという事だろうか。いまいち飲み込めずに戸惑っていれば、聖獣様がわたしの手のひらから頭の上に移動した。
『任せておけ。これの婚約者というクソ野郎に目にものを見せてやる』
その報復っぽいもの、いらない。
アルフレッド様の言うように、聖獣様との話し合いは必要のようだ。




