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確かに愛されたいと願いましたが、これはちょっと違うんじゃないでしょうか  作者: あさづき ゆう
本編

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4/19

愛されたいから、できました?


 もう泣きたい。


 お尻のすぐ上の位置から生えてきた大きな白い尻尾はぼわんとしている。そのせいで、スカートの下に隠すと、スカートの後ろが大きく盛り上がり、ふくらはぎがどうしても見えてしまう。侍女たちに手伝ってもらいながら色々なドレスで確認したけど、絶望的に大きなこの尻尾は隠すことが不可能だった。

 一晩寝たら、元に戻っていることを期待したけど、見事に今日も耳も尻尾もある。


 仕方がなく、腰のあたりから穴をあけてもらってしっぽを出してみたけれど――。


「は、恥ずかしすぎる」


 鏡を見れば、床にまでつくほどの太くて大きな尻尾が丸見えだ。この尻尾を出すためにドレスには穴が開いているわけで。尻尾の毛でドレスの切れ込みはわからないようにはなっているけれど、ちょっとズレたら肌が見えてしまうのではないかと心配になる。


 鏡を見ながら色々と尻尾を動かして確認していれば、お母さまが困ったように首を傾げている。


「ちょっとエロイわね」

「お母さま、言葉」

「ああ、ごめんなさい。とても男の変態心を(くすぐ)る格好ね」


 ちっともよくなっていない。

 お母さまは外に出れば、皆が褒めたたえるほどの貴婦人だけど、こうして家族だけになると何故か言葉が崩れる。しかもその発想がちょっとおかしいと思うのだ。清楚な顔立ちをしているのに、表現がやや品がない。


 どうしていいのかわからなくて、鏡の前でぼうっと立っていると、乱暴に肩が掴まれた。驚いて後ろを見れば、いつの間に部屋に来たのか4歳年下の弟、スティーブがいた。普段は騎士になるための学校に所属しており、寄宿舎生活をしているのだ。


 スティーブはわたしの肩を押えたまま、尻尾を掴む。突然の刺激に体が飛び跳ねた。


「きゃうう!」

「姉上! この尻尾、可愛いぞ!」


 遠慮なく尻尾を掴み、捻って、毛を逆立てる。恐ろしい動きを見せるスティーブの手に、わたしの腰が抜けた。

 気持ちの悪さが背筋をゆっくりと這い上がる。誰が触ってもとても気持ちが悪いのだ。たとえそれが家族であっても。


 肌が次第にぶつぶつと泡立つ。その上、足から力が抜けるという最悪な作用付き。


 スティーブの手から逃れようと力の入らない体を叱咤して床を這うようにして逃げようとするが、元気が余っている彼がそんなわたしに気遣うわけもなく。


 さらに力を入れて尻尾を押さえつけた。ぷるぷると体を震わせ、尻尾を確認作業のように握ったり引っ張ったりするスティーブを涙目で睨む。


「やめて……! 触らないで!」

「こんな気持ち良い手触りなのに、触らないなんてありえない!」

「坊ちゃま。いけません」


 遠慮なく触るスティーブの手を侍女の一人ががしっと掴んだ。スティーブはキョトンとして自分の手を止めた侍女を見た。


「なんで?」

「そのような乱暴な触り方をすれば、折角のふわふわした白い毛が痛みます。触るなら、ほら、こうして」


 優しいタッチで(くすぐ)るように毛の中に指を埋め、指の間で毛を挟んで撫で上げる。その撫で方に、わたしは泣いた。


「やめて、本当にやめて! 気持ち悪くて吐きそう」

「……と、姉上は言っている」

「それは残念です」


 ようやく開放されて、よろよろしながら長椅子に座る。尻尾が邪魔で、浅くしか腰掛けられない。


「それにしても困ったわね」

「本当だな。そんな大きな尻尾、隠せないな」

「それに、耳も問題ね」


 耳、と言われて思わず手を頭にやる。指先にふわふわの耳が触れた。尻尾もそうだが、耳も実は動く。耳は音を拾うときにぴくぴくするし、尻尾は揺れたりぴんとしたり、感情をもろに表してしまう。


「耳って、どうなっているの? 人間の耳とケモ耳、両方あるの?」


 スティーブが好奇心たっぷりに体を乗り出してきた。テーブルを挟んでいるが、今にも手が伸びてきそうで、体が自然と後ろに下がる。触って確認される前に、わたしは髪を自前の耳にかけた。


「うわ、両方あるんだ。こりゃあ、変態が好きそうな……」

「変態?!」


 恐ろしい単語に、びくりと体を揺らした。


「そうね、特殊性癖を持っている貴族なんて結構いるから……。あんなことや、こんなことをされてしまうかもしれないわ」

「特殊性癖……」


 わたしは恐怖で気が遠くなった。お母さまの言うあんなことや、こんなことが、具体的になんだかよくわからないけど、良からぬことなのはわかる。これは絶対に見つかってはいけないのではないだろうか。


「しばらくは病気で引きこもるしかないんじゃない? 姉上がどこかの変態に捕まってしまうのも嫌だし」

「そうね、そうするしかないわね」

「でもさ、なんでこんなことになったの?」


 スティーブは乗り出した体を戻すと、テーブルの上に並んだ菓子を手でつかみながら聞いてきた。相変わらずガサツというのか、マナーが悪いと言うのか。お母さまもスティーブのマナーは見逃せなかったらしく、ぺしっと手を叩いている。軽く叩いただけのように見えたのに、スティーブの手は赤く痕になっていた。


「たぶん、奇跡の種のせいだと思う。わたし、奇跡の種に彼に愛されるようになりたいと願ったの」

「奇跡の種?」


 予想外の解答だったらしく、スティーブがぽかんとした顔になった。


「王妃様にもらったの。侯爵家の秘宝だと言っていたわ。王家に嫁ぐときに、支えになればと渡されたそうよ」

「侯爵家の秘宝? 母上は聞いたことある?」

「うーん。どうだったかしら? 昔、聞いたような気がするわね」


 お母さまと王妃様は結婚前から仲のいい友人同士だ。あるお茶会で意気投合して仲良くなったそうだ。そのつながりで、お父さまと出会い、お母さまは嫁いできた。今でも王妃様とお母さまはとても仲がいい。


「そういう事なら、この家に何か文献があるかもしれないわね」


 お母さまの呟きに、スティーブは慌てて手に持っていた菓子を口の中に突っ込み、温くなったお茶を流し込む。


「俺、これから剣の稽古があるんだ。それじゃあ」

「お待ちなさい。お前も文献を探すのを手伝いなさい」

「え?! 俺が本が嫌いなのを知っているだろう?! 兄上に頼んでよ」


 顔をひきつらせ、スティーブは慌てて断る。ふふふ、とお母さまが嫌な笑いを漏らした。


「あら、そんなこと言ってもいいのかしら?」

「母上の脅しに、俺は屈しない!」


 きりっとした顔で宣言するが、お母さまの方が絶対に上手だ。負けるとわかっているのに挑むから、余計に負荷が大きくなることをそろそろ学んだ方がいいと思う。スティーブを気の毒そうに見ながら、つい助け船を出してしまった。


「お母さま。王妃様はこの奇跡の種が花を咲かせるまで、待ってくれるとおっしゃっていたの」

「……そう」


 お母さまは何も言わなかったけど、言いたいことは伝わったみたい。スティーブもふざけた表情を改め、背筋を伸ばしてわたしを見た。


「姉上は十分我慢したと思うよ。夜会前なら結婚前の遊びですむけど、流石にエスコートはありえない」

「でも」

「王妃様はもう十分だと判断したのでしょう。これ以上は優柔不断としてみなされてしまうわ」


 ひどく突き放したような口調に、わたしは俯いた。


「仕方がない、のかしら?」

「貴女の婚約者がどんなつもりかは知らないけど、我が家も侮辱されたままでいることも問題よ」

「……わかりました」


 どんなに願っても、奇跡なんて起きなかった。

 それは受け入れなければいけない現実だった。

 家同士の関係が優先されるのは、わかっていた。


「クローディア」


 お母さまが少しだけ優しい表情になる。わたしの辛い気持ちもわかってくれている。


「わたしもわかっているんです。でも、だったらどうしてこんな耳と尻尾ができるのかしら? 前の二人の関係に戻りたいと、彼に愛されたいと願っただけなのに」

「あの男、実は変態で、こういう格好をさせるのが好きなんじゃないのか?」

「え?!」


 予想外の解釈に固まった。スティーブはにやりと笑う。


「だって愛されたいと願ってこうなってしまったんだろう?」

「た、確かに……」


 もしかしたら、わたしがそれに気がつかないで二人きりの時にも尻尾も耳もつけなかったから、愛想をつかされたのかもしれない。


「スティーブ、いい加減なことを言わないの。クローディアが変な勘違いをしているじゃない」

「だって、そうとしか考えられないじゃないか」


 お母さまに注意されたスティーブはぶつぶつと文句を言う。わたしはそれを聞き流し、立ち上がった。


「耳と尻尾を見せたら、元に戻ってくれると言う事ね!」


 お母さまとスティーブは微妙な顔をした。

 でも、気にしない。


 もしかしたらこの耳と尻尾が彼を正気にさせてくれるかもしれないのだから。




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