オレは変わる・・・そのために努力をしてみる
出立まで、あと三日。
ワスト領は今、争いに向けての緊張に包まれていた。
会議の灯は深夜まで消えることがなく、重臣たちの声は日に日に険しさを増してゆく。
その中心にいるグユウもまた、連日の領務に追われ、シリと向き合う時間はほとんどなかった。
「今回の争いは、周辺の三領と連携し、ゼンシを討つ計画を立てている」
夕暮れ時、久しぶりに二人きりで散歩をしていたとき、グユウが静かにそう告げた。
妃に争いの計画を話す。
グユウは珍しい領主だった。
「どの領と連帯を組むのですか?」
シリが尋ねる。
そして、争いについて質問をする妃。
これも、この時代珍しい妃だった。
この時代の女性は、男達の争いに関心を示さず、心を和ます会話をすること。
そのように教育をされていた。
「シズル領、リャク領、ミル領。あわせて三万以上の兵が集まる予定だ」
それは、ワスト領単独では到底及ばなかった力だった。
「リャク領が協力してくれるのはありがたい」
グユウがつぶやく。
ミヤビに滞在中は、隣のリャク領で陣を構えることになった。
「そうですね。4つの領が協力して兄を倒せば・・・いけるかもしれません」
シリがうなずく。
争いが始まった当初、小領 ワスト領はゼンシに適うはずがなかった。
今は、ワスト領に協力してくれる領が増えてきた。
ゼンシを殺すことが夢ではなくなった。
実現できそうな気がする。
「グユウさん・・・明日は半日ほど時間をもらえますか」
シリは上目遣いでお願いをする。
「どうした」
グユウが優しく聞いてくる。
「りんごのお花見をしたいのです」
「花見?」
グユウがシリの提案に不思議そうな顔をする。
「はい・・・。今年は争いでりんごの花をみていません」
「しかし・・・花は今・・・」
グユウは不思議そうな顔をしている。
りんごの花が咲くのは5月だ。
今は9月。
花が咲いているはずがない。
「今年は争いばかりで、りんごの花を見る暇もありませんでしたから・・・
たとえ咲いていなくても、見に行きたいんです」
「・・・明日の午前中なら大丈夫だ」
グユウの返事にシリの表情はパッと華やぐ。
「嬉しいです」
「そうか」
グユウの口元が少しだけ笑みの形に緩む。
その優しい笑みに、シリの心もまた、ぱっと花開くように温かくなった。
翌朝、グユウとシリは馬を操り、りんご並木までむかった。
その日は美しく、道も美しかった。
ジムや他の重臣たちは戦の準備で忙しい。
渋る家臣達を説得して、2人で城外を繰り出した。
結婚して初めての事だった。
2人がりんご並木に着いた時には、
シリは目的の地点へ着いてしまった事が心残りに感じたほどだった。
城の内では戦支度に追われる家臣たちのざわめきが響いていただろうが、
ここにはただ、木々と、実を揺らす音だけがある。
9月のりんご並木は、当然花は咲いてない。
しかし、青いりんごが鈴なりに実っていた。
「昨年の今頃は、この青リンゴを食べていたわ!」
つわりで苦しんでいた時に、シリが唯一食べていたのが青りんごだった。
「今は・・・食べないな」
「ええ、もう無理です。あんなに美味しく感じていたのに、不思議ですね」
シリは笑い、グユウも目を細めた。
二人は、かつて語り合った木の根元に腰を下ろした。
そして、グユウがそっとシリの肩を引き寄せ、唇を重ねた。
不意のくちづけに、シリは耳まで赤くなり、心臓が跳ねるのを止められなかった。
ーー私はこんなに緊張するのに。
グユウの表情は普段と変わらない様子だった。
「突然すぎます・・・」
変わらない表情が悔しくて、シリはついぶっきらぼうに話してしまう。
「すまない。次からは宣言して行う」
今度はシリの髪に口づけを落とす。
「そういうことではなくて・・・」
シリが悔しそうに話す。
顔を真っ赤にしながらも、シリは伝えたいことを思い出す。
「グユウさん・・・お願いがあります」
「なんだ。言ってみろ」
「争いの時に・・・最前線に立つのはやめてもらえますか」
それこそが、今日ここに来た本当の目的だった。
グユウは領主なのに、争いの時は危険な最前列にいることが多い。
旅立ち前に説得したいと思っていた。
「シリ・・・なぜ」
グユウの顔は口づけの後より困惑している。
「グユウさんが強い戦士なのはわかります。毎日、一生懸命鍛錬をしている。
でも、領主が最前列にいることは危険です」
「オレが手本を示さないと」
シリが説得しても、グユウは方針を変える気はなさそうだ。
「もう、家臣達は十分わかっているはずです」
シリも引かない。
「オレが頑張らないと・・・勝てない」
「もっと自分の家臣や兵を信じてあげてください。皆、素晴らしい戦士です」
シリが話すとグユウは無言でうつむく。
「兄もかつては最前列にいました。でも、いまは後ろから皆を見ている。
それは、信頼です」
争いを知らない女性が争いについて口を出す。
ーー普通の男の人なら怒り出すだろう。
シリの胸中は落ち着かなかった。
「一人でやれることは限られてます。でも・・・仲間と一緒に行うと予想以上の効果ができます。
カツイが戦場に放り出されても・・・何もできないはずです。皆で取り組みましょう」
しばらく沈黙が続いた。
「シリ、わかった」
グユウは諦めたような、認めたような顔をしてシリを見つめた。
「ありがとうございます・・・」
安堵に満ちたシリの声に、グユウは小さく笑い、
「シリの方が領主の才がある」
冗談めいて言いながらも、グユウの言葉には確かな敬意があった。
「今回の争い・・・私は多くの学びを得ました」
シリはグユウの目を見つめる。
「学び・・・?」
「ええ。籠城の準備が甘かったです。兄の気短さを読めなかった。
まさか・・・城下町を焼き払うなんて・・・兄の方が何枚も上手だった・・・悔しいです」
シリは悔しそうに拳をギュッと握りしめる。
「敗れた争いほど…学びが多いな」
グユウはゆっくり言った。
「同じ過ちをしないためにも・・・今度は籠城の準備を完璧に行います。
レーク城が攻撃をされても・・・誰1人餓死しないために。策を練ります」
決意に満ちたシリの顔をグユウは優しく見つめる。
「シリ・・・頼りにしている」
ポンと頭に手を乗せ、労わるような優しい手つきで撫でられる。
「・・・オレも変わらないと」
「そうですよ・・・私を未亡人にしたら承知しません」
シリは目もとを赤らめながらキッとにらんだ。
「あぁ」
グユウはシリの顔を見て微笑んだ。
ーーグユウさんの微笑み・・・刺激が強い。
じわじわとシリの顔が赤くなって、オロオロと視線が彷徨う。
そんなシリにグユウは、更なる爆弾を投下する。
「・・・可愛いな」
顔を赤らめているシリに耳元でささやいた。
シリは気が遠くなった。
ーーグユウは見た目も良いけれど声も良い。
こんなことを言うなんて刺激が強い。
「こんな事を言うなんて・・・本当にグユウさんですか」
耳まで顔を赤くして話す。
「オレは確かにグユウだ」
「こんなことを言う人は知りません」
グユウに褒められて嬉しいはずなのに、心の動揺は止まらない。
「言っただろ。オレは変わる・・・努力をしてみる」
グユウの発言にシリは目を見張る。
「グユウさん、毎日褒めてほしいです」
「それはでき・・・努力をする」
澄んだ空の下、花のないりんご並木で。
咲いていない花の代わりに、心のつぼみがそっと綻ぶような、そんな朝だった。
次回ーー
谷を前に知恵を巡らす二人。
シリは頑なな義父を見限り、オーエンに託した。
「もし、また無茶をするなら――止めてください」
小さな手が、自分の手を包む。
それは忠義か、憧れか。
心の奥で熱が揺らめく。
「・・・全力でお守りします」
言葉は誓いであり、同時に抗えぬ想いでもあった。
明日の17時20分 与えられた役割の中で頑張るしかない
雨日の住んでいるところは雪です。
皆さま、良い週末をお過ごしください。




