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兄がいなくなれば、この日々は守れるのに


ワスト領では先の戦いで重臣のジェームズを失った。


代わりの重臣を兵の中から補充をしなくてはいけない。


「カツイですか?!」


シリはグユウと、いつもの散歩コースである馬場を歩いていた。


グユウの発言にシリの足は思わず止まってしまった。


「あぁ。カツイが重臣になる」

グユウは夕陽に照らされた湖の方を見やりながら、淡々と言った。


「・・・カツイは少し・・・頼りないというか・・・」

シリにしては珍しく言葉選びが曖昧だ。


カツイ、シリが初めてグユウと乗馬をした時に一緒に付き添っていた家臣だった。


乗馬は上手くなく、剣技も際立ったものは感じない。


痩せて筋力が少なく、黄色髪の色に褐色の瞳、いつも弱々しく笑っている。


善人ではあるが重臣という雰囲気はない。


「カツイは33才だ。そろそろ重臣にしないと。家柄も悪くない」


「33才!!グユウさんより8歳も年上なのですか?」

シリが叫ぶ。


カツイは年齢よりも若く見える。


そして、いつまで経っても初々しい雰囲気があった。


主な仕事は見張り役が多い。


シリの中では、カツイの役割は窓から

『〇〇さんが来た』と報告するポジションだった。

とても、戦を背負う重臣には思えなかった。


グユウは湖に視線を落としたまま、つぶやく。

「これからの戦に備えて、育てなければならない。新しい時代を支える者を」



「兄は再びミヤビで争っているようですね」

シリがつぶやいた。


ゼンシはシュドリー城に兵を半分残した。


兵を半分残したのは、自分が不在の時にシュドリー城を攻めないためだ。


半ゼンシ派の動きが活発になり、

ゼンシは四方八方に敵がいる状態だった。


グユウは、他の領主達と頻繁に手紙を交換していた。


争い前の独特な空気をシリは感じていた。


「・・・グユウさん、また争いに行くのですか」

シリの声が不安に陰る。


「ゼンシがミル領に仕掛けた。ミヤビは混乱している。

俺たち――ワストとシズルも、後方から攻めることになる。今度こそ、皆で協力してゼンシを討たねばならない」


「いつ頃、出立の予定ですか」


「9月になったら行くつもりだ」


「そうですか」

思わず視線を落とした。


「・・・そんな顔をしないでくれ」

グユウの声が優しくも、どこか困ったように響いた。


シリはハッと我にかえる。


ーーそんな顔ってどんな顔だろう。


思わず自分の顔に触れてみる。


グユウが気づくほど、不安げな顔をしていたのだろうか。


ーーグユウを困らす妻になりたくないのに。


ぎこちなく笑顔を作ってみた。


「シリ・・・」


不意に、腕をぐいと引かれた。

気づけば馬場の建物の陰へ連れ込まれていた。


戸惑うシリの髪に、まぶたに、頬に、額に、髪の毛に優しい口づけが降ってきた。


「グユウさん・・・誰か見ているかもしれませんよ」


小さな声でたしなめたが、返事はなかった。

そのかわり、グユウの手が首の後ろにまわされ、唇を塞がれた。



「ん・・・ん!!ん〜!!」


声なき声でシリは責めるけれど、グユウは口づけをやめなかった。


むしろ、必死に何かを伝えようとしているようだった。


争いを経験してから、グユウは以前よりもはっきりと気持ちを示すようになった。


それは、もしかすると、


――死がすぐ隣にある日々だから。


ーー死んでしまえばいい。


シリは、ふとそう思った。


兄がいなくなれば、この平穏が続くかもしれない。


子どもたちと笑い、眠る夜が、もっとあればいいのに。


そんなことを願うなんて、間違っている。


兄の死を望むなんて。


それでも――

束の間の幸せを守るには、ゼンシが邪魔だった。


八月の終わり、太陽はまだ高く、けれど空気にはもう、戦の気配が滲んでいた


次回ーー

出立まで、あと三日。

戦支度に追われる中、シリは「りんごの花見がしたい」と願った。


花はなくとも、実を揺らす並木の下で、ふたりきりのひととき。

そこでシリは、どうしても伝えたかった願いを口にする。


――最前線には立たないで。

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