陽に乾く願いと、母の眼差し
黄金色に照りつける八月の陽射しの下、レーク城の庭には、ずらりと丸い保存食が並んでいた。
干し台の上に並んだそれは、遠征用に作られた携帯食だ。
「ものすごい量だわ」
シリはズラリと干された携帯食を見つめた。
戦の最中、兵たちはゆっくり食事を摂る余裕もない。
天候が崩れれば火も使えない。
だからこそ、調理せず口に運べる食糧は命をつなぐ要だ。
「この前の戦でも、兵たちはこれに助けられましたね」
エマが日傘をたたみながら言う。
「飲まず食わずで、10時間以上戦い続けることはできないわ」
シリが話す。
シリはつぶやきながら、干しあがったばかりの保存食を手に取った。
ワスト領の携帯食は、蕎麦粉と砂糖を練った素朴なもの。
そこに、シリは独自の工夫として、免疫力を高めるエキナセアと、血を整えるよもぎを粉末にして加えていた。
薬草の効能を信じて、祈るような気持ちで作ること――
それが、女の自分にできるささやかな「戦」だと、シリは思っていた。
高温続きの夏。
保存食はあっという間に乾く。
まだ温もりが残るひと粒を、シリはそっと口に運んだ。
「どうですか?」
エマが質問をする。
「美味しい・・・とは言えないわ」
苦笑まじりに言うと、エマが肩をすくめて笑った。
「味は二の次ですからね。とにかくエネルギー補給になれば」
毎日、大量に作っても困ることはない。
むしろ足りないくらいだ。
◇◇
争いが一段落し、久しぶりに夫婦で子ども部屋を訪ねた。
入るなり、シンとユウがシリに飛びついてきた。
・・・笑いながら、叫びながら、ふざけながら、シンがまとわりついてくる。
ユウは、じっとシリを見つめて離れない。
ウイはグユウにむかって手を差し伸べた。
まだ3歳と1歳なら、争いや両親が不在の意味も理解もできないだろう。
それでも、いつもと違った城内の雰囲気を感じ取ったかもしれない。
ーー子供たちに寂しい想いをさせてしまった。
言葉が遅いユウは、何かを言いたそうだけど話さない。
その言葉が出てくるまで、ユウの顔をじっと見つめたかった。
「ははうえ!」
無邪気に叫ぶシンが、得意そうに小さな竹刀を振り回す仕草も眺めたい。
普段、無表情のグユウも、
子供部屋にいる時は眉毛が下がり、目元が緩み、口元が上がる。
抱きしめたい子が百人分もいる気持ちだった。
ひとりひとりの声を聞き、手を取り、肌を確かめていたい。
けれど、時間はあまりに短い。
子どもたちが眠りにつくと、シリはユウの寝姿をそっと直した。
うつぶせになっていた身体を仰向けにすると、金色の髪が枕に波打った。
ぴたりと目を閉じたまま、ユウは微動だにしない。
その顔を見つめながら、シリはそっと言った。
「毎日、子供達の寝顔を見ることができたら・・・幸せだわ」
隣で眠るウイの淡い髪に指をすべらせながら、吐き出すようにつぶやく。
その肩に、グユウの手がそっと置かれた。
ぬくもりは優しかった。
けれど――
ーーきっと、こんな時間は長くはない。
そう思うと、願わずにいられなかった。
無理だとわかっていても、声にしてしまいたくなる。
この平穏が、どうか、少しでも長く続きますように――と。
明日の17時20分 オレは変わる 努力をしてみる
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