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あの人を思いながら…前に進もう


丘を越え、戦場が見えてきたとき――

一行は、息を呑んだ。


そこには、言葉では言い表せないほどの惨状が広がっていた。


無数の屍。

ミンスタ、西、ワスト、そしてシズルの兵士たち。

計1600人を超える兵の命が、そこに無惨に横たわっていた。


川には、赤黒く濁った水。

血に染まり、遺体が幾重にも浮かんでいる。


地獄。

その一言に尽きた。


馬上のシリは、青ざめた顔でそっと馬を降りた。


「・・・この暑さでは、すぐに遺体が傷んでしまう」

ロイが、沈痛な声でつぶやく。


「領民に連絡を。すぐに埋葬の準備を始めましょう」

グユウが静かに命じた。


領民たちが遺体を弔う代わりに、衣服や武具を剥ぎ取るのが暗黙の了解となっている。

それは、家や畑を失った者たちにとって、数少ない生活の糧でもあった。


「・・・鉄砲玉を回収したいのです」

シリが、かすれる声で言った。


「鉛は貴重です。落ちた玉も、矢もすべて拾い上げて、次に活かすべきです」


「なるほど・・・確かに」


グユウの瞳が細くなり、彼女の意志を読み取るようにうなずいた。


「城の者に作業を命じましょうか」

ジムが即座に応じる。


「ミンスタとワストでは、鉛の質が違うはず。銃の型は同じでも、玉の感触が違うかもしれません。

比べておきたいのです」


横一列に並び、玉を拾う作業を指示するシリの姿に、重臣たちは一瞬言葉を失った。


マサキの口は開き、ロイは思わずヒューと軽く口笛を吹いた。


オーエンは黙ってシリの顔を見つめた。


普通の女性ならば、これだけの死体の数々を見たら叫び出すだろう。


それなのに、気丈に鉄砲玉と矢のリサイクルの話をしている。


「すごい妃だ」

サムがつぶやいた。


「まったくだ・・・」

マサキが苦々しくうなずいた



重臣達は、以前グユウが話していたことを思い出した。


『シリは男に生まれていたら立派な領主になる』


今、それを疑う者は誰もいなかった。


「ジェームズはどこにいるの?」

シリが震える声で質問をした。


「確か・・・あの辺りだと思う」

チャーリーが指を指す。


死体を避けながら、そっと馬を進める。

誰もが無言で彼女の背中を追う。


そして、――その場所に辿り着いた。



「ここにいます」


チャーリーの言葉に、全員が馬を降り、ジェームズの亡骸の前に膝をついた。


シリは、傍らに落ちていたワスト領の旗を拾い上げ、

涙を浮かべながら、そっとジェームズの身体に巻きつけた。


誰も言葉を発さず、ただ静かにその作業を手伝った。


「家族に渡そう」

チャーリーが剣と盾を手に取り、そっと抱える。


グユウはジェームズの瞳を閉じ、その手に静かに触れた。


「・・・ありがとう、ジェームズ」


グユウのつぶやきが、風に消えた。


「明るくて、朗らかで、剣技も見事。

みんなを励ましてくれた、かけがえのない家臣だった・・・」


その言葉に、誰もが目を伏せた。


争いは、終わってなどいない。

ただの一時の幕間にすぎない。

ゼンシは再び、この城を狙ってくるだろう。


失ったものは、あまりにも大きかった。

ジェームズも、町も、兵も――。


「ジェームズを思いながら・・・前に進みましょう」

泣きながら、シリは手を差し出した。


シリが泣きながら、そっと手を差し出す。


グユウがその手を取り、静かにうなずく。


オーエン、ジムも続くように手を重ねる。


そして、重臣たちが次々と手を差し伸べた。


「前へ進もう」


その声が、戦場に立つ者たちの胸に深く響いた。


血と涙の地に、小さな団結の火が灯った瞬間だった。



次回ーー


「毎日、この子たちの寝顔を見られたら・・・」


けれど、この平穏が長く続かないことを、二人は知っていた。


明日の17時20分 そんな顔をしないでくれ

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