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義兄への怒り、消せぬ記憶


ロク湖の辺りには、朝の冷気がまだ残っていた。


トナカとグユウは、静かに馬を歩ませながら言葉を交わしていた。

今日、トナカはワスト領を発つ。


「双方とも痛み分けのような戦になった」

グユウがぽつりと口を開いた。


「あぁ・・・けど、国王がゼンシ討伐の許可を与えたのはありがたい」

トナカは馬上で足をさすりながらつぶやいた。

傷が癒えきらぬ身体に、無理を押しての帰還だ。


「今回も直前でゼンシを逃した」

トナカは忌々しそうに話す。


グユウは頷いて話した。


「次こそは・・・」


その声音には、燃えるような怒りと決意が滲んでいた。


「グユウ・・・急にどうした?あんなにゼンシを慕っていたのに・・・」

トナカが疑問を口にした。


そう。かつてのグユウは、義兄であるゼンシに強い尊敬の念を抱いていた。

それが今では、怒りと闘志を隠そうともしない。


「領主としての力量は、今でも尊敬してる。あの人は・・・規格外の才がある」


グユウの声は震えていた。

言葉を選び、紡ぎ出すように、感情の底から引きずり上げていた。


「けれど・・・信用してはいけない人だ。人として・・・許せない想いがある」


グユウの瞳が、鋭く前を見据える。


その奥には、抑えきれぬ怒りの炎がゆらめいていた。


ふと、脳裏に浮かんだのは――

シリの顔。ユウの顔。


あの夜のこと。

初めてシリを抱いた夜、彼女の身体は怯えていた。

気丈にふるまう彼女が、何かを隠していた。


それがゼンシによるものだと、気づいたときの衝撃。


今回のシズル領への裏切り、そして城下町の放火で、グユウの中に燻っていた怒りに火がついた。


怒りは、日に日に膨れ上がり、今では抑えきれない業火となって胸に燃えていた。


「シリを大事に想えば想うほど、許せなくなっていった」


グユウは静かに告げた。


トナカは沈黙した。


普段、大人しい男を怒らせると怖い。


ゼンシとの間に何があったのか。

聞きたくても、聞けない事情がありそうで黙ってしまった。


「・・・俺は今回の争いではじめてゼンシを見た。認めたくないけれど、すごい存在感だ。遠目でもわかる」

悔しそうにトナカが話す。


「あぁ」

グユウは怒りを鎮めるために目を閉じた。


「けれど、存在感ならシリも負けてない。すごい女性だ・・・並の男は扱えない」

ふいに口調を崩し、トナカは笑った。


「シリは・・・オレより有能な領主に嫁いだ方が幸せだったと思う・・・」

グユウはうつむいて話す。


「何を言ってやがる。グユウにしか、あの女は扱えない」


トナカは肩をすくめ、にやりと笑う。


「俺の理想の嫁はな、“気持ちよくて、優しくて、癒し”だ。あの妃さまは、全部反対だろ」


冗談めかして言いながらも、どこか本気だった。


グユウは思わず吹き出し、顔をゆるませた。


「けどな、あのシリが、グユウに惚れてるんだ。お前、やっぱすごいよ」


真顔に戻ったトナカが、ぽつりと漏らす。


その言葉は、グユウの心に深く沁みていった。


遠くの湖面が、朝日を受けてきらめいていた。


その美しさとは裏腹に、2人の間には、これから起きる戦の気配が確かに流れていた。



次回ーー

トナカが去り、静けさを取り戻したレーク城。

だが南の砦には、なおミンスタの旗が翻っていた。


そしてその隣には――見慣れぬ黄色の旗。


「キヨだわ」

シリの声には、憎悪がにじんでいた。


交渉に長け、人を虜にする男。

彼の狙いはただひとつ――ワスト領を内から崩すこと。


風にはためく旗を睨みつけ、シリの拳は震えていた。



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