甘い沈黙 揺れる瞳
「国王が兄を攻撃するように要請をかけたの?」
寝室にシリの声が響く。
「あぁ」
その夜、久しぶりに二人はソファに並んで座っていた。
窓の外からは虫の声が聞こえ、夏の夜の静けさが部屋を包み込む。
「周辺の領から同盟の申し出が相次いでいる。国王を含めて、今や反ゼンシ派のほうが多数派だ」
「そうですか・・・」
シリの声はかすかに揺れていた。
助かったという安堵と、生家が攻められることへの葛藤が、胸の奥で絡まり合っている。
それでも──
ミンスタ領を裏切った自分が、その矢面に立たずに済んでいるのは、皮肉にも救いだった。
「シリ・・・」
グユウの低い声がシリの名を呼ぶ。
それだけで、シリの瞳に温かいものが滲んだ。
言葉はいらなかった。
伝えたい思いは、彼の声のトーンと間に、すべて込められていた。
シリはそっとグユウの肩に頭を預けた。
2人はどちらも話したいと思わず、快い、甘さが満ちた沈黙を味わっていた。
争いが決まってから、ゆっくり過ごすことは皆無だった。
ミンスタ領の兵が引き払ったお陰で、静かな夏の夜を過ごせる。
グユウの目の下には隈があった。
もう何日もまともに睡眠をとっていない。
シリも同じく疲れ果てていた。
争いの最中に感じなかった疲れがどっと出た。
「明日はトナカが帰る。そろそろ寝よう」
グユウがつぶやいた。
『寝よう』という言葉に訳もなくシリは緊張する。
グユウはその反応を見逃さなかった。
「すまない。今夜は抱けない」
わざわざ、丁寧に謝る。
「私は何も期待していません!」
シリは真っ赤な顔で反論する。
その様子に、グユウは少しだけ目尻を下げて、真っ黒な瞳でシリを見つめた。
あぁ。この瞳。
口下手なグユウは、「好いている」と滅多に言わない。
多くを語らないグユウだけど、瞳は雄弁で、行動で気持ちを表すことが多い。
見つめた後に、優しく腰を引き寄せてそっと唇を寄せてくる。
わかりやすくグユウが感情を表しているのが口づけだ。
グユウが見つめるたびに。
口づけをするたびに、シリは満たされていく。
やがて2人はベッドへ向かい、互いの温もりに包まれながら横たわる。
グユウの大きく、固く、温かい手が、そっとシリの髪を撫でていた。
「オレには過ぎた妻だ・・・」
ぼそりとこぼされたその言葉に、シリはグユウの顔を見上げた。
「シリの行動が皆の気持ちを動かした」
シリは恍惚とした顔で、グユウの顔を見上げる。
グユウさんの声が好き。
いつもは淡々として澱みがなく、無機質な声なのに、
シリの名前を呼ぶときは、不器用で、掠れていて、甘い。
「それは・・・あなたと結婚したから」
シリは深い湖の底のような色をたたえグユウを見つめた。
「毎日、こんな夜を過ごせることができたら…何もいらない」
争いがなく、命の不安を感じることなく、グユウと子供達のそばにいられたら。
毎晩、グユウに髪を撫でてもらえば…どんなに幸せなのだろうか。
この束の間の平和がずっと続けば良いのに。
どうして、争いは起きるのだろうか。
そんな思いを最後に、
シリは、温かく柔らかい泥の中に落ちていくように、深い眠りへと沈んでいった。
次回ーー
ロク湖の朝靄の下、グユウとトナカは別れの言葉を交わしていた。
かつて尊敬していた義兄ゼンシへの想いは、今や燃える怒りへと変わっている。
「シリを大事に想えば想うほど、許せなくなっていった」
静かに告げたその声の奥には、抑えきれぬ炎が揺れていた。
湖面は朝日に輝いていたが、二人の胸には戦の影が濃く迫っていた。
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