夫婦の別れと撤退の夜明け
午前3時。
いつの間にか寝てしまったようだ。
まだ薄暗いけれど、城の外が騒がしい。
昨夜の情事で身体がだるい。
ベッドの隣を見るとグユウはもういない。
ろうそくを灯して支度を行う。
エマが部屋に来る前に、シリは支度を終わらす必要があった。
ーー今日も忙しい1日になるはずだ。
汚れても良いように黒いドレスを選ぶ。
腰に真っ赤な帯を締めた。
衣装室の奥にある戸棚の引き出しを開ける。
そこには嫁入り道具に貰ったナイフが横たわっていた。
定期的に刃を研いでいる。
ろうそくの灯りの中で刃は淡い光を放っていた。
シリは真剣な顔でナイフを見つめ、真っ赤な帯にそれを忍ばせた。
軍服を着たグユウが寝室に戻ってきた。
ほんのわずかなひと時を、シリと過ごすために来てくれた。
夫婦の会話は、ここでしかできない。
グユウをまとう雰囲気が、これから争い前であることがヒシヒシと感じる。
「必ず帰ってきてください」
シリが強い目で訴える。
「あぁ」
グユウは答えた後に少し目を泳がす。
「身体は大丈夫か」
少し恥ずかしそうにシリに質問をした。
「そんな質問をするなら・・・手加減をしてください!」
シリは頬を染めながら強い口調で返す。
「善処する」
グユウは眉毛を下げて答えた。
シリの緊張を嗅ぎ取ったグユウは、優しくシリの手を取って両手で包みこんだ。
グユウから清涼な香りがする。
ーーこの香り・・・今夜もこの香りに包まれたい。
シリは束の間の安らぎを求めて目を閉じた。
グユウは名残惜しそうに手を離した。
「行こうか」
「ええ」
◇
ホールにはすでに、トナカと重臣たちが集まっていた。
玄関の扉は開け放たれ、城外のざわめきがそのまま流れ込んでいる。
皆が困惑した顔をしている。
「どうした?」
「ミンスタ領が撤退している」
トナカの声が動揺して震えている。
「・・・本当か?」
グユウは眉をひそめ、急ぎ城を飛び出す。
馬場へ駆け寄った一同の目に飛び込んできたのは、
東へ向かって列をなして退却していくミンスタ軍の姿だった。
その様子は、まるで逃げるように、慌ただしく――。
「何が起こったの?」
シリが困惑した顔で話す。
「わからない」
グユウがつぶやく。
「・・・何が起きたのかわからないけれど、助かったな」
トナカは、心底安堵したように肩を落とす。
シリはへなへなと地面に座り込んだ。
とりあえず、城攻めは延期になったようだ。
ほんのわずかの差で、命運は変わったのだ。
座り込んだシリにエマが駆け寄る。
グユウとトナカは二人で熱心に話し込んでいる。
そこにシリが入りこむ隙間はない。
よろめく足取りで城へ戻る途中、
左腕に包帯を巻いたオーエンが立っていた。
彼はシリを見て、目を大きく見開いた。
「ミンスタ領に戻ったかと・・・」
その一言に、シリはふっと微笑む。
「戻りませんよ。私は・・・ワスト領の妃ですよ」
イタズラっぽく微笑んで石段を登っていく。
エマに向かって軽く振り返りながら、つぶやいた。
「兎にも角にも、キヨの顔を見ずに済んだわ。・・・それだけで、気分がいい」
そして、子どもたちが待つ部屋へと足を運んでいった。
――その笑顔が、続くとは限らないことを知りながら。
次回ーー
一夜にして国中が動き出した。
その中心にいたのは、小さな領の一人の妃――シリ。
届いた手紙が示したのは、反ゼンシの連合。
そして国王の勅命は「ゼンシ討伐」だった。
目の前の危機は去ったが、もっと大きな戦の渦が始まろうとしていた。
それが吉と出るか、凶と出るか――誰にもわからない。
明日の17時20分 取扱注意の妻
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シリとグユウの初夜 エピソード17 初夜 あなたなら良いですよ 200文字加筆しました。
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