明日を知らぬ夜に
20時
いろいろありすぎた1日が終わろうとしている。
グユウもシリも重い足取りで寝室へむかう。
明日も争いは続く。
しかも、自分達が住む城が攻撃されるのだ。
ーーやるべき事はたくさんあるけれど、とにかく休もう。
5時間くらいは眠れる。
キヨの訪問で物思いに沈んでいたシリは、寝室にむかう道中に足音が軽くなってきた。
顔には微笑をたたえている。
その様子を横目で見ながら、グユウは疑問に思っていた。
微笑むような出来事は皆無だった。
争いは敗れ、多くの戦死者が出た。
大事な重臣の1人を失った。
明日は早朝から城攻めがあり、勝算は限りなくゼロだ。
シリは敵である生家に子供を連れて戻るように言われている。
子供の身の安全を考えれば、この城を出ることが1番だ。
そんな状況の中、シリは澄んだ目に口元に微笑を漂わせている。
ーー何を考えているのだろう。
寝室に入った途端、グユウは質問をした。
「シリ、何を考えている?」
シリは窓辺に立ちながら、微笑んで答えた。
「明日の戦のことを考えています」
「明日の戦?」
「ええ。このレーク城は立地的に難攻不落の城。
今まで貯めておいた投石を、どこに配置しようか・・・。
攻め込まれたら、あの重い木の根っこを落とすにはどうしたらよいか。
そんな空想をめぐらせていました」
シリは夢みるような話し方をしていた。
その後、目を伏せる。
「考えている間だけ、不安を忘れられるのです。空想という名の盾が、私を守ってくれます」
「ユウとウイのためにも城から出た方が良い」
グユウは真剣な眼差しで、シリの両肩に手をかけた。
「レーク城から離れません」
シリが例の強い眼差しでグユウを見つめる。
ーーまた、あの瞳だ。
負けない、曲げない、強い意志を帯びた瞳。
グユウは、何度もその瞳に心を揺さぶられ、翻弄されている。
生家に戻ること。
争いが始まってから、2人の間では何度も同じやり取りがあった。
でも、今度ばかりは危険だ。
シリと子供達を守るためにも手放さなければいけない。
「シリ、どうして?」
グユウはシリを見つめる。
質問をするしかなかった。
シリの背後には少し欠けた月が浮かんでいた。
淡い月明かりに輝く金色の髪、湖の底のような青い瞳。
質素な黒いドレスは、シリのまろやかな曲線を描いていた。
一枚の絵のような美しさだった。
グユウは目を細めた。
「グユウさんは諦めるのですか?」
シリの問いにグユウは息を呑む。
「城攻めを受けたら、まるで敗北するような言い方・・・戦う前から諦めるつもりですか」
シリが強い口調で問う。
グユウは呆然としていた。
ーーそうだった。
負ける要素しか考えてないけれど、まだ争いは始まっていない。
「私はまだ諦めていません」
シリはグユウを見つめた後に、一歩近づき口を開いた。
「勝ち抜く方法を考えましょう」
2人の間に長い沈黙が流れる。
「すごい妻だ・・・」
少し荒れたシリの手をそっととる。
ーー普通の女なら泣いて城から出るだろう。
城攻めの作戦など立てない。
明日には、自分の命がないかもしれない。
戦の疲れと焦燥が、胸の奥で渦を巻いていた。
無傷で朝を迎えられる保証などどこにもない。
それなら今、彼女を抱きしめなければ何も始まらない気がした。
「シリ、したい」
唐突に自分を求めるグユウの発言に、今度はシリがたじろぐ。
「は?何を言っているのですか?明日は争いですよ」
「何をしたいか、わかるか?」
「わかりません」
シリは目を白黒しながら答える。
「抱きたい」
グユウはシリの細い体を抱きしめる。
「もう抱いているじゃないですか・・・!」
突然の抱擁と大胆な発言に、シリは激しく動揺している。
グユウの乾いた硬い唇の感触がした。
その後、ついばむように吸いつかれる。
性急な行動とは裏腹に、何度も優しく触れられる。
「グユウさん、今日は疲れているはずです。早くお休みになった方が・・・」
口づけの合間に溺れるような声で、シリは訴える。
グユウはシリの話に聞く耳を持たず、口づけを続ける。
薄目を開けると、グユウと目があうので慌てて目を閉じる。
グユウはシリの顔に両手を添え、より深く唇を貪る。
ーー争いの後で気が昂っているのかもしれない。
疲れているはずなのに・・・
シリは想いを巡らす。
口づけを続けていると、シリの肩の力が抜けた。
「シリ、抱きたい」
いつになく強い口調で言われると、シリも断れなくなる。
返事を待たずに、再び口づけが降ってきた。
そのまま、ベットに着地する。
グユウの唇から解放されて、シリは息を整える。
「すまない・・・嫌か?」
「なんですか。この状況でその質問は・・・ズルいです」
言葉は激しいけれど、シリの口調は弱々しい。
傷だらけの身体でグユウは、そっとシリを抱いた。
◇
ミンスタ領 本陣
「戻らなかったか」
ゼンシは低くつぶやいた。
「揺さぶりはかけました。明日の朝、再訪すればきっと・・・」
キヨの声は甲高く、必死だった。
「・・・もうよい。行け」
ゼンシは手を振った。
ゴロクが静かに伝える。
「配達人が参っております」
「通せ」
窓の外、わずかに欠けた月。
「あの女は・・・本当に厄介だ」
少し欠けた月を見ながらつぶやく。
波乱に満ちた1日が終わりを告げた。
次回ーー
「私は戻りません。ワスト領の妃ですから」
安堵の笑みを浮かべるシリ。
けれど、その笑顔が続くとは限らなかった。
明日の17時20分 戻りませんよ。私は…ワスト領の后ですよ
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お正月が終わり日常ですね。今週も頑張りましょう。




