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敗戦 帰ってきた者、戻らぬ者

15時


「城攻めは明日になるはず」

シリがつぶやくとジムがうなずいた。


生家ミンスタ領と戦い、ワスト領は負けた。


ゼンシは勢いに乗って、レーク城を攻めるだろう。


ゼンシなら、日が暮れてからの城攻めは行わない。


あの戦場ならミンスタ領も怪我人が多く兵も疲弊しているはずだからだ。



――そのとき、玄関の扉が開いた。


多くの怪我人がなだれこんできた。


「軽傷者はこちらに運んでください!」


「重傷者はこちらです。医師に見せましょう」


「包帯の補充を!」


「手が空いている女中は軽傷者の傷の手当てをお願い。やり方はエマに教わって!」


レーク城のホールは蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。


予想以上に怪我人が多い。



ーー多くの兵が帰ってきたのに・・・グユウと重臣の姿が見えない。


「ジム、グユウさんはまだ帰ってこないの?」

勇気を出してジムに聞いてみた。


ジムは兵から戦の状況を聞き込んでいた。


何かしら情報を得ているだろう。


「グユウ様と重臣達は・・・戦の最前列にいたので引き返すのが遅くなっています」

ジムが苦しそうに話す。


最前列にいたとしたら、撤収の際は敵に背中を見せることになる。


襲われたり、狙われる危険性が高い。


「なぜ、領主と重臣達が最前列に・・・」

シリは唇をギュッと噛む。


「グユウ様は15歳で初戦をしてから、ずっとそうです。1番危険な場所で争います」

ジムが淡々と話す。


「無事に・・・帰ってきたら説得します」

シリが強い瞳で答えた。


シリの回答にジムが微笑む。


「シリ様らしい」


女が戦の方法について口を出す。

この時代、あり得ない事だった。


けれど、ジムにとってシリの発言はありがたいと思った。


誰よりも剣技を極めていグユウは、

責任感が強く、命知らずで無茶な戦い方をしていた。


領主が最前列で戦うことは、危険で怪我が絶えない事なので、

ジム自身が何度もグユウに止めるように説得していた。


ーーシリ様なら・・・グユウ様を変えることができるはず。


ジムは心強く思った。


静かな余韻が、ホールに一瞬だけ流れた。


その空気を、鋭く裂くように。



「グユウ様のお帰りです」

家臣のカツイが声を張り上げる。


帰ってきた!!


シリは玄関に駆け寄ると、驚きのあまり目を見張った。


紺色の軍服の左側は血で染まっていた。

細かい傷跡が無数にある。


グユウの瞳がシリを捉える。


そこには痛みと、微かな安堵が交差していた。


黄金に輝く髪は、作業の邪魔にならないように

真紅のリボンで頭に巻き付けてあった。


恐ろしい戦場から帰ってきたグユウにとって、

飾り気がない黒い生地の服をまとっていたシリの美しさが目に沁みた。


「シリ・・・」

グユウが掠れた声を出して後に床に座り込んだ。


歩けなくなったのだ。


「問題ない。疲れただけだ」


そう言い張るグユウを、皆が抱えて医療室まで運んだ。


ホールに、短い沈黙が落ちた。


ーー勝者などいない戦だった。


そう誰もが感じていた。


そのときーー 


トナカも帰ってきた。


シズル領はワスト領よりも傷病者が多い。


「シリ、負けてしまった」

トナカが悔しさを滲ませてつぶやく。


足は怪我をしているようで引きずっている。


「トナカさん、シズル領がいて心強いです」

シリは微笑みながら伝えた。


背中をさすりながら医療室へ案内した。



トナカの足音が廊下に消えると、ふたたび喧騒が押し寄せてきた。


重臣達が続々と帰ってきた。


オーエンの左腕は矢が刺さったままだった。


その矢を抜こうと兵達が取り囲んでいる。


「オーエン!!」

シリが叫んで駆け寄る。


「大丈夫です。太い血管に当たってない」

オーエンは話すけれど、痛みで冷や汗を流している。


兵が矢の先端を切り、刺さった矢を引っ張って抜いた。


痛そうに顔をしかめるオーエンに、シリが清潔な布を渡す。


「早く医療室に!!」


周囲を見渡すと・・・重臣が1人欠けていることに気づく。


ジェームズがいない。


「ジェームズは・・・」

質問をすることが怖かった。


シリの質問に皆がうなだれる。



「討死しました」


重臣のひとり、サムが目を潤ませながら伝えた。



ジェームズ、離婚協議の時に同行した重臣だった。


一緒に困難を乗り越え、アップルパイを食べた・・・。


明るい人柄で多くの家臣達を励まし、鼓舞するような存在だった。


「・・・遺体は」

掠れた声でシリはつぶやいた。


「撤収する暇がなかった。戦場にある」

オーエンが腕を押さえながら答えた。


ジェームズの遺体は野晒しになっている。


「あぁ・・・」

シリは悲痛な声を絞り出した。


医療室の扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。

皆が黙った。

騒がしかったホールに、奇妙な静寂が満ちる。


その沈黙を破ったのは、怒声でも悲鳴でもなかった。


「ミンスタ領の兵が動いています!!」

家臣カツイが叫び声を上げた。


いつもの散歩コースである馬場まで駆けてみると、

レーク城の西側にミンスタ領の兵が押し寄せてきていた。


ーー城攻めの準備をしている!!


予想していた事だったけれど、実際に目にすると底知れず怖くなる。


シリの足はワナワナと震えた。


「すぐに重臣会議を始めましょう」

ジムが落ち着いた声で話す。


青ざめたグユウが隣に立っていた。


ーーグユウさん、怪我は大丈夫?


そう思いながらも、シリは質問を口にすることができなかった。


それどころではない雰囲気が充満している。


「明日の早朝、ミンスタ領はレーク城を攻めるそうだ」

ミンスタ領の旗印がついている羊皮紙を見せ、グユウが淡々と話した。


「承知」

オーエンをはじめ、皆がうなづく。

重臣達は足並み揃えて、レーク城内に入った。


1人取り残されたシリは、涙を抑えながらホールの窓に頬を寄せた。


熱くほてった頬に冷たいガラスが心地よい。


ーー気持ちを落ち着かせよう。


休んでいる場合ではないのだ。

死者を弔っている時間もない。

泣いている暇はない。


それは・・・平和な時にできる事だった。


明日の早朝には城攻めが始まる。


シリは唇を噛み締めた。


籠城の備えが少なく、多くの非戦闘員を抱え、負傷者が多いこの状況。


ーーとてもじゃないけれど勝ち目はない。


子どもたちを、そしてこの城を、守らなければならない。


どうやって乗り切ろう。


不安で見上げた空には一番星が輝いていた。


次回ーー


血に染まった城に、ミンスタの使者キヨが現れた。

「明朝、城を攻めます。姫様と子を連れて私と逃げましょう」


シリは即座に拒む。

だが――ユウとウイの名を口にされた瞬間、心が揺らいだ。



明日の17時20分 敗北 子供達と一緒に逃げましょう

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